【35】ハプニング
〈シュウ視点〉
「……っ!」
ゼロ距離から強制感応を叩き込まれて崩れ落ちるレンジと重なるように、ユウヤもまたその場に倒れ込んだ。
直後に上空からアユムの攻撃魔術が降り注ぎ、レガリア陣営の石板を全て破壊するが、このゲーム最大の功労者はピクリとも動かない。
(無理もねぇ、あんだけ魔力技能を多重発動させていたうえに、切り札を二回も使っちまったからな)
魔力技能を用いた戦闘体系の発達によって、精神技能者は『単体としての戦力の低さ』を『連携による戦力の上乗せ』という形で克服した。
一方で『消費魔力の増加』という課題も浮き彫りになっている。
なにせユウヤは今回の戦闘で思考加速に神経鋭化、感応共有に魔力知覚という精神系の魔力技能を使い続けていたのだ。
単純に考えて、消費される魔力量は単独で扱う場合の四倍以上。
そのうえで通常魔術よりも燃費の悪い固有魔術まで使用している。
文字通り、精神と魔力を使い果たしたのだ。
気絶《ガス欠》は仕方のないことだった。
(さすが連中、この時代の最先端をいく魔力教育機関の上澄みなだけはあるよ)
一見すると第三中学が圧倒したようにも見えるが、ユウヤが率いるチーム戦として見ると、幼馴染という鬼札二枚を投入したうえでようやく手の届いた薄氷の勝利である。
(それでもユウヤはちゃんと第一目標だった『仲間を使い熟した』うえで、第二目標だった『可能なら自分の手で決着をつける』までキッチリ果たしやがった)
大したもんだよ、ほんと。
これでまだまだ成長途中ってんだから、空恐ろしいよな。
「うぉぉぉ!」
「やったぁあああ!」
「レガリア、ざっまぁっ♡」
「エリートのボンボンどもが、カイチョーらにシゴかれた叛星會を舐めんなっつーの!」
「イエスイエスイエスッ! フォオオオオッ!」
「ちょ、アンタら! まだ審判がジャッジしてないんだから、浮かれちゃダメだし!」
周囲で叛星會の星候補たち……金髪と銀髪の少年たちや、盛り髪と巻き髪の少女、大柄な黒人の少年たちが歓喜の声を上げるが、逸る仲間たちをアキラが席から振り返って諌めた。
しかし少女の口元も緩んでいることを、俺は見逃さない。
(んー、甘酸っぺぇ)
周囲にはアキラが俺に惚れていると邪推しているヤツもいるようだが、前回の感性をある程度引き継いでいる俺とすれば、それは少し違うと思っている。
確かに彼女が向けてくる感情は好意に間違いないのだけれど、おそらくそれは愛なんかじゃなくて、尊敬や憧れに近い感情だ。
自分で言うのも恥ずかしいが『推し』というヤツなのかもしれない。
少なくともこの試合中ずっとフィールドではなく俺に注がれていた、桜陵学園から放たれる粘ついた視線とは大違いである。
一方で、アキラがユウヤに向ける感情は等身大だ。
ユウヤなど語るまでもない。
たぶんアキラだって満更ではないんだから、さっさと告っちまえばいいのによぉ。
(……なんて考えちまうのは、余計な老婆心なのかねぇ)
さすが、中身が精神的中年だ。
若者の恋路に口出ししたくてたまらないのでござる。
ともあれ。
(お、カイトさんたちも動いたな)
この模擬戦で審判役を務めている金等級冒険者が、彼が率いる〈白銀の樹〉の面々や、ハルカを始めとする各校の治癒士たちを引き連れてフィールドへと踏み込んでいた。
試合時間はまだ残っているが、レガリアの選手のうち二名は昏倒。
残る一人の金髪ドリルヘアの少女も、腰を抜かして呆然としている。
もう彼女に戦う気力はないだろう。
石板も全て破壊されている。
これでカイトが判定を下せば、第三中学の勝利が確定する……
「……ッ!」
最初に勘付いたのは、俺の隣に座るガエルだった。
椅子にもたれかかっていた上半身が跳ね上がる。
俺も反射的に魔力技能を展開し、遅れてその『異変』に気付いた。
直後に……ゴッ……ゴゴゴッ……
「……きゃっ!?」
「えっ、揺れてる!?」
「アースクウェイクッ!?」
体育館全体を震わせる、大地の鳴動。
フィールド上のカイトたちが、不安定な足場の中でも、慌てて意識のない生徒たちのもとへと向かっている。
だからこそ……
(……ッ! クソッ、マジかよ!?)
選手が手傷を負っていないため、彼らの注意は第三中学陣営には向いていない。
しかしこの震動で『先ほど超電磁砲に撃ち抜かれた』天井周辺の照明器具が、激しく揺れている。
このままでは数秒後に落下してしまうだろう。
しかし直下の魔力障壁は再展開中であり、さらにその下には無防備な少女がへたり込んでいる。
試合観戦のため体育館全体を魔力知覚で覆っていた俺だけが、全てを一瞬で把握した。
(——エルッ!)
言葉では遅い。
隣に座っていた褐色肌の少年に触れると同時、感応共有で圧縮された思念伝達を送り込む。
「んっ!」
迷うことなく、俺の手を掴んだガエルが跳ねた。
瞬時の身体強化とは思えない脚力で目の前の魔力障壁をぶち破りながらフィールドの宙に飛び出すと、器用に体幹を制御しながら反転。
勢いそのままに、俺を地上へとぶん投げる。
(——間に合えッ!)
第三中学の陣営へ着地すると同時に、天井から照明器具が崩落した。
大地の振動に頭を抱えているレイカはまだ、頭上の異変に気づいていない。
身体強化と神経鋭化を組み合わせ、俺は最高速度で少女に駆け寄った。
その瞬間……ドォオオオンッ!
大質量の落下音が鳴り響く。
地面が陥没して、土煙が舞い上がった。
あのまま動かなければ直撃コースだっただろう。
保護具越しとはいえ、何の魔力技能も発動していない少女があれを受けていれば、万が一が起きかねない災害だ。
「……ん、んなっ!? あっ!?」
「よし、ケガはねぇみてぇだな」
最初は驚いていた様子のレイカも、俺の腕の中からこちらを見上げて、周囲を見渡して、惨状を理解したようだ。
色白の頬を真っ赤に染めて、口をパクパクと開閉している。
今になって恐怖を感じ始めたのか、長い睫毛に囲われた瞳が急速に潤んでいた。
(ここでギャン泣きしないだけ、上出来か)
丁寧に抱き抱えていた少女を地面に下ろし、手を離そうとすると……
「……ッ!」
はしっ、と。
条件反射的に、腕を掴まれてしまった。
「あ、うぅ……」
本人も遅れてそれに気付き、さらに顔を紅潮させている。
しかし動揺しているのか、手を離してくれる気配がない。
それは俺が孤児院で何度も目にしてきた、自分でも理解できない感情に戸惑う幼子の様子に似ていた。
「……あぁ、もう大丈夫だ。怖くない。振動は収まったから安心しろ」
掴まれていない方の手で優しく頭を撫でながら言い聞かせる。
「……」
そうしていると硬く握られていた手のひらが解け、徐々に力が抜けていく。
しかし今度は俯いて、ブルブルと震え始めた。
泣いてはいないようだが……もしかして、恥ずかしがってるのか?
(あー、いつものクセが出ちまったな)
確かにこれはよろしくない。
俺たちが保護されている孤児院には年下のガキどもが大勢いるので、彼らがゴネたりしたときにはこうやってあやすのだが、いかにも気位の高そうな中学二年の少女に対する対応としては完全に不適切だろう。
(まぁ危ないところを助けてやったんだから、これで勘弁してくれや)
一周目から無神経男ぶりには定評のある俺は、非難の声が上がる前にレイカから視線を外して……
「……おい、ジンッ!」
表情を一変させた。
「テメエ、どういうつもりだッ!?」
あれほどの地震が起きて。
目の前に照明器具が落下しても。
その場から『一歩も動いていない』ジンヤへと、声を荒げながら近づいていく。
〈作者の呟き〉
撫でポは主人公の嗜みですので。




