【34】模擬戦④
〈シュウ視点〉
どおおんっ、と。
地響きを立てて、筋肉ダルマの巨漢が倒れた。
技能者の気絶とともに魔術が途切れて……ブシュゥゥゥ。
蒸気を漏らしながら、膨れ上がっていた体格が元のサイズへと縮んでいく。
「……ッ!」
精神系技能者が、輪郭系技能者に近接戦で勝利する。
フィールド中央で起きた想定外の光景に表情を顰めたのは、レガリア陣営で石板を守護していたレンジである。
「——レイカぁ!」
判断は迅速だった。
雷鳴の如き叫び声は広大なフィールドを貫通して、対角にある第三中学陣営へと踏み入っていた双子の妹にまで届く。
「しょ、承知いたしましたわ、お兄様っ!」
即座にジンヤの展開する魔力障壁への攻撃を中断したレイカが距離を取り、頭上に刺突剣を掲げる。
剣先の上空が歪み、魔力空間が形成されていく。
(消費されてる魔力量……ありゃ、ただの魔力障壁じゃねえな)
何か細工がある。
そして仲間を失い、数的に不利に陥った瞬間にとったこの策こそが、おそらく双子兄妹の切り札だろう。
(——正念場だぞ、ユウヤ!)
今回、アユムとジンヤには予め『試合中はユウヤの指示に従え』とだけ言い含めている。
本気を出した幼馴染なら一人だけでもゴリ押しでレガリアを圧倒することは可能だが、このような機会は滅多にないので、レンジたちには悪いがユウヤの実践訓練に付き合ってもらう。
使用できる魔力量の上限も設定しておいた。
そのうえで、現場の戦況判断はユウヤに一任してある。
つまり……これから先の駆け引きは、頭脳係の手腕にかかっている状態だ。
「——かぁあああああッ!」
他方、ここで全ての魔力を振り絞るつもりなのか。
石板を覆う電磁結界を維持しながら、体内で練り上げていた大量の魔力を、得物である長槍へと注ぎ込んでいく金髪の少年。
バチバチと空気が爆ぜ、魔力圧で暴風が吹き荒れている。
全身に血管が浮かび、片目には血が滲んでいた。
「……っ! 団長っ!?」
「いや、このままだ!」
試合の監督役である冒険者チーム〈白銀の樹〉がフィールド脇でざわつくが、リーダーである金等級冒険者……カイトの一喝で静まり返る。
「レンジくんに負荷はかかっているが、魔力制御は乱れていない。大丈夫、責任は私が取るからこのまま見守ろう」
しかし青年の額にも、汗粒が浮かんでいた。
幼少期からチート知識で鍛え続けてきた幼馴染たちには及ばずとも、さすが稀有な〈権能保持者〉である。
現役の一流冒険者をして緊張感を抱くほど、高密度な魔力だった。
「……ッ! アユムさん!」
「あいよっ!」
時間にすれば数秒程度。
その間に精神系の魔力技能を総動員して情報収集を終えたユウヤは、極限の集中で大量の汗を吹き出しつつ、感応共有で繋がったアユムに思念伝達で指示を出す。
直後に……チュドドドドドッ!
「ひゃははははーっ♡ 丸焼きだぜーっ♡」
魔杖に腰掛けて空に滞空する少女のもと、これまで以上の密度と火力で降り注ぐ多種多様な属性魔術が、盛大に地面を抉り電磁結界を叩いた。
「……ッ!」
舞い上がる粉塵で視界が埋もれるほどの集中豪雨のなか、レンジは歯を食い縛り、攻撃魔術の嵐に耐える。
アユムも魔力量を制限された魔術では、強固に張り巡らされた電磁結界を打ち破るには至らない。
「お兄様っ!」
おそらく本人の体感では何十倍にも引き延ばされていたであろう十数秒を耐えると、レイカの頭上に生成された虹色の魔力空間から……ピッ!
一条の光線が伸びる。
虹色の光帯が粉塵を貫き、電磁結界に覆われたレンジの元まで届いた。
視界不良の中、刻まれた魔力導線を頼りに、凝縮された雷撃魔術が解き放たれる。
「うォおおおおお——ッ!」
ドギュゥウウウウウンッ!
咆哮とともに長槍の先端から放たれたのは、それまでの光線とは比較にならない電磁砲と呼ぶべき光の奔流だ。
「——んんんんんッ!」
魔力導線を辿る形で、フィールドを端から端まで貫いた光の帯の終点は、レイカが上空に生成した魔力空間である。
一瞬で光を飲み込んだ虹色の魔力空間が、歪み、撓み、渦巻きながら存在感を増していく。
魔術生成の段階でわかっていたことだが、あれは空間と空間を区切る単純な魔力障壁ではなく、おそらくは内部空間を湾曲させて圧縮する収束の役割を果たしている。
(ただでさえあのふざけた威力の雷撃魔術を、さらに加圧、圧縮して撃ち出されたら、ジンの結界でも貫通されちまうな)
ジンヤの頭上まで移動した歪曲空間が、輝きを増していく。
数秒ほども虹色鏡面の内部で加圧された超電磁砲の光点は、全部で三つ。
その全てが魔力導線によって正確に、第三中学の石板へ定められていた。
だが……
「……ッ!?」
射出の直前でレイカも気付くが、もう遅い。
虹色の射出口から石板までを繋ぐ魔力導線を遮るようにして、ジンヤが頭上に『漆黒の魔力空間』を生成している。
(悪いけど加工の技術なら、ジンも負けてねぇんだわ)
きっとレイカは純粋な魔力障壁の生成ではなく、ああした空間の加工に特化した特殊な魔力技能者なのだろう。
そして同系統の魔術を用いるからこそ、わかってしまう。
たとえ情報を解析したユウヤからの指示があり、この状況を想定していたとはいえ、自分よりも後出しで瞬時に『同レベルの加工空間』を生成してしまえるその規格外っぷりを。
——ビギュゥウウウンッ!
気付いたところで、今更に射線を変更できるはずはない。
虹色空間から解き放たれた三本の光帯が、軌道上の暗黒空間に呑まれた。
直後に……ビギュゥウウウンッ!
闇の中から飛び出したのは『空間内で軌道を反転した超電磁砲』だった。
(正解。守りを固めても貫かれちまうんなら、逸らしちまえば問題ねぇよ)
とはいえ暗黒空間の生成と維持は、魔力障壁のそれとは比べ物にならないほどの魔力を消費する。
使用できる魔力量が限られている条件下では、長時間の展開は不可能だ。
すなわち反撃のチャンスは一瞬のみ。
そのタイミングを見事に読み切ったユウヤの指示と、それを実行できるジンヤの、見事なコンビネーションだった。
バギィイインッ!
上空へと軌道反転させられた光帯は、フィールドを覆う魔力障壁を粉砕して、巨大体育館の天井まで到達。
強化素材で造られた屋根を貫通して、光条が青空へと消えていく。
余波でグラグラと、照明器具が悲鳴をあげていた。
(うわぁ……エッグぅ……)
あんなのが直撃してたら、石板なんて跡形もなく蒸発していた。
(派手にやってんなぁ……魔力障壁は魔力が充填されれば再展開されるけど、壊れた建物や備品はそうはいかねぇぞ?)
これだけの最新設備が整った、体育館の損害賠償。
考えるだけでゾッとしない。
(……学校の保険とか、適用されるのかな?)
ともあれ。
「……ッ!」
まさか兄妹で連携した渾身の一撃が、無傷でいなされるとは思っていなかったのだろう。
電磁砲によって粉塵が払われた先の光景を、愕然とした表情で見つめるレンジ。
無理もない。
(確かに普通の対戦相手なら、あれで詰みだろうよ)
火力の要であるアユムを自身が惹きつけ、ジンヤを守備配置に釘付けにして、サポーターが時間を稼いでいる間に決め技の準備を整える。
レンジの戦略そのものは、間違っていなかった。
ただ、致命的に読み違えていたのは……
(……生憎と叛星會で揉まれた精神系は、普通じゃねぇんだよ!)
盤面はすでに詰んでいる。
もともと残る魔力を振り絞るようにして放った雷撃魔術だ。
そのうえ精神まで揺らいでしまっては、電磁結界に綻びが出てしまうのも無理はない。
「……シィィッ!」
それを『見越して』超電磁砲の発射前からアユムの爆撃で撒いておいた粉塵を、再度の『目眩し』として距離を詰めていたユウヤが、魔力知覚で『魔力密度が下がった部分』を正確に捉えた。
「んなっ!?」
流石にアユムのいる上空は警戒していたのだろうが、平面の地上から……しかも軽視していた精神系の魔力技能者が接近してくるというのは、想像の埒外だったのだろう。
短刀で電磁結界を斬り裂いて眼前に躍り出たユウヤに、レンジが驚愕の表情を浮かべている。
「……ッ! クソッ!」
そんなザマで繰り出された苦し紛れの反撃など、覚悟を研ぎ澄ましたユウヤには届かない。
紙一重で回避され、そのまま肉薄。
短刀を投げ捨てた右手が、レンジの身体に触れた。
「あっ……がぁあああああっ!」
直後に強制感応を叩き込まれたレガリアの首席が、絶叫を上げたのだった。
〈作者の呟き〉
ユウヤくん「もう曇らせないでください」




