【33】模擬戦③
〈シュウ視点〉
一般論として境界系の魔力技能者が展開した魔力障壁を打ち破るには、現象系による高火力や輪郭系によるパワーのゴリ押しの他、同系統による中和が最適解とされている。
つまり第三中学の拠点を守るジンヤに対して、レガリアの境界技能者であるレイカをぶつけるのは、戦術としては正しい判断だ。
さらに特定の魔道具には対象の魔術を打ち消す効果が付与されているため、たとえ自力では多少劣っていても、輪郭技能者のオボロと一緒に急襲すれば勝ち目があると踏んでいたのだろう。
だがその目論見はアユムに初手を取られ、ユウヤに相棒を引き剥がされた時点で破綻している。
「きぃいいい! な、なんなんですの、このふざけた魔力密度は!?」
「……」
刀型の魔道具を地面に突き刺したまま、無言で佇むジンヤを中心として張り巡らされた魔力障壁を、レイカは崩せないでいた。
何度となく刺突剣で突き、斬り裂き、魔力干渉によって中和を図ろうとするものの、凄まじい精度と密度で練り上げられた目の前の結界にはまるで歯が立たない有様だった。
仮にもレガリアの次席である。
〈権能保持者〉である双子の兄には及ばずとも、自らの才能と実力には、相応の自信を持っていたのだろう。
それが全く、意味を為さない。
というか相手にされていない。
「……」
カタナから手を離し、腕を組んで何やら思案している様子のジンヤは、そもそもレイカを見てすらいなかった。
「このっ! 馬鹿にしてっ! ふざけるんじゃありませんわよっ! ワタクシを……無視、するなぁッ!」
屈辱と羞恥が入り混じった瞳には、涙すら浮かんでいる。
高慢な態度が鼻につくものの、せっかくの整った顔立ちも台無しだ。
それでも目の前の醜態に対し、沈黙するジンヤは眉根ひとつ動かさない。
相変わらず、俺以外の他人に対する共感能力が皆無である。
マジで人の心がねぇな、コイツ。
(でも硬過ぎる『殻』ってぇのは、何かの拍子に罅が入ると案外脆いんだよなぁ)
たったひとつを選んでその他全てを切り捨てる生き方は、迷いなく強固だが、同時に余裕がなくて危うい。
末長くジンヤという『駒』を『運用』していく上では、なんとかしておきたい課題だった。
ともあれ。
(まあこのぶんなら第三中学の守りは大丈夫だろ)
俺は処理能力を上げる思考加速に加えて、思考を分裂させる並列思考と、さらに空間を五感ではなく魔力で認識する魔力知覚を同時に発動している。
同じ精神系の魔力技能者であるユウヤもこれらの魔力技能を用いて、フィールド中央から戦場の隅々までを把握しているはずだ。
さらに俺ならば、この体育館全体をカバーすることができる。
脳内には多角映像のように、複数の戦場の様子が同時に映し出されていた。
「あははははっ♡ ザぁコっ♡ ザコ過ぎっ♡ アンタそんなザマで、おにぃにイキってたのっ!? 勘違いすぎてウケるんだけどっ!」
「……ッ!」
フィールドを端から端へと移動して、レガリア陣営の最奥。
絶え間ない上空からの魔術爆撃によって、こちらは電磁結界を展開するディフェンダーが苦戦を強いられていた。
「……舐めるな、下郎がッ!」
レンジもただ、一方的に攻められるだけでなくて……キュイイインッ!
電磁結界で周囲の石板を覆ったまま、槍型の魔道具を上空に構えて先端から電磁光線を射出。
いかに魔力皮膜で覆われ、プロテクターを装備した魔力技能者であっても、直撃すればタダでは済まない破壊力を帯びた紫電の突貫であるが、アユムは縦横無尽の機動力を活かして回避していた。
「ぶわぁぁぁぁかっ! どこ狙ってんだよ、ノーコン野郎が!」
口元には相変わらず、八重歯を剥いた小生意気な笑みが浮かんでいる。
「無様に無駄打ちしやがって! そんなにアユムちゃんのパンチラが見てぇのか!? 残念、ウチのパンツはおにぃ専用なんだよッ!」
やめろ。
事実無根の風評被害を垂れ流すな。
(……でもあの感じだと、アユムもちゃんと気づいているっぽいな)
一方的な蹂躙にも見えるが、しかし不用意に距離を詰めてはいかない。
常に安全射程を置いて攻撃魔術を放つアユムは、レンジの中に渦巻く膨大な魔力を察知していた。
(あからさまに魔力を溜め込みやがって……なんか一発逆転でも、狙ってんのか?)
ともあれここも、もうしばらく戦況は動きそうにない。
となると……
(……戦況を決めるのは、やっぱここか)
ジンヤの結界は安泰。
アユムの集中砲火もレンジを釘付けにしている。
こうした互いの攻撃係と守備係が膠着している状況なら、いち早く遊撃係という手数を得た方が有利になるのは明白だ。
「ふんふんふんふぅううううんっ!」
「……ッ!」
フィールドの中央部。
空気を割り、地面を陥没させ、暴風のように乱舞する巨漢の殴打を、ユウヤが紙一重で回避し続けていた。
「こッのぉ……っ!」
「あははははかゆいかゆいかゆーいぃいいいっ! 全然効きませんねぇえええええっ!」
見上げるほどに肥大化したオボロの猛攻をいなしつつ、隙を見つけては反撃に転じるものの、全身を覆う魔力皮膜に遮られて攻撃がダメージ判定のあるプロテクターまで届かない。
一方のユウヤは今のところ思考加速と神経鋭化で見切りに徹しているため、直撃こそ喰らっていないものの、一撃でも貰えば今までのダメージレースなど容易にひっくり返されるだろう。
そして今のユウヤでは、ここまでの多重発動だと魔力がそう長くは保たない。
薄氷の上で舞う小柄な少年に、筋肉ダルマが高笑いする。
「あははははぁ! やっぱり、キミって純粋なパワータイプじゃあありませんよねぇ!? もしかして、精神系の人ですかぁあああああっ!?」
「だったら……なんだよっ!?」
「残念ですねぇえええええっ! だとしたらボクに敵うわけ、ないじゃないですかぁあああああっ!」
オボロの言に間違いはない。
モンスター討伐やダンジョン攻略といった依頼で冒険者たちが脚光を浴び始めたこの時代、重要視されるのはわかりやすい『火力』だった。
現象系は遠距離から敵を一方的に屠り、輪郭系は圧倒的な攻撃力で捩じ伏せ、境界系は攻防一体の魔力障壁を操る。
生態系ですら治癒や強化でチームに貢献するのに比べれば、索敵や情報収集を得意とする精神系が戦闘で見劣りしてしまうのは、仕方のないことだった。
レガリアの成績上位陣など、まさにその典型だ。
だがそうした初期の評価は……十数年という歳月を経て、魔力を用いた戦闘体系が研鑽されていく過程で、ひっくり返されることとなる。
「……ッ!」
「いただきぃいいいいいっ!」
僅かに、選択を間違えて。
散々と殴打されてデコボコとなった地面に足を取られた……ように『装った』ユウヤが、姿勢を崩した。
すかさず巨漢が、丸太のような拳を打ち込む。
直後に……ガギィイイインッ!
硬質な音が響き渡った。
「……は? あ、いっでぇえええええっ!」
振り下ろされた拳の先には、滑らかな平面が形成されている。
磨き抜かれたガラスのように美しく、一点の曇りもなく澄んだ強固な魔力障壁は、はるか後方に居るジンヤによるものだった。
「な、なんでぇええ——ばばばばばばッ!?」
チュドドドドォオオオンッ!
動揺したオボロの背後を穿ったのは、今度は前方から遠距離射撃されたアユムの攻撃魔術だ。
(よし、ナイス連携だ!)
確かに精神系の魔力技能者は、単独だとその他の系統に劣ってしまう。
しかし並列思考により情報容量を増やし、感応共有によって仲間と思考の一部を共有した場合は、このように正確な座標指定からの連携という、戦闘力の『上乗せ』が可能となるのだ。
個ではなく、群としての戦闘能力の加算。
これが戦闘における精神系の強みだ。
「……ッ!」
さらに対象の魂そのものに干渉できる精神系には、数は少ないものの、他系統にはない独特の攻撃手段もある。
それは一年以上前の、あの夜。
廃ボウリング場で追い詰められたユウヤが土壇場で咲かせた、可能性の萌芽。
大事にそれを育て続け、規格外の〈権能〉とまでは及ばなくとも、十分実戦に耐えられるまでに仕上がった固有魔術を、一周目から引き継いで『強制感応』と呼んでいる。
「んぎぃいいいいいいいいッ!?」
相手の魔力皮膜に防がれてしまうため、魔力や物理的なダメージはない。
しかし直接対象に触れることで、魔力皮膜を無視して魂に注ぎ込まれる『情報』は、魔力拡張されていない容量など容易に焼き尽くしてしまう。
魂に干渉することができる精神系ならではの攻撃手段。
結果として圧倒的なフィジカルを誇っていたオボロだが、脳が情報負荷に耐えられなくなって意識を強制切断。
白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
(……よしっ!)
個体としてのスペックを見れば、相手の方が格上だっただろう。
しかし仲間と連携し、恐怖を勇気で捩じ伏せて、ゼロ距離から隠し球を叩き込むことに成功したユウヤに、軍配は挙がったようだ。
「……ッ!」
小さく拳を握りしめた少年の顔には、力強い笑みが宿っていた。
〈作者の呟き〉
敵を複数で囲うのは、正義戦隊の美学ですので。




