【31】模擬戦①
〈シュウ視点〉
「ふ、ふざけるなよ、下衆!」
波乱となった晩餐会の翌日。
合宿のスケジュールに従って、俺たちは各校ごとに入れ替わりながら、サッカースタジアムほどもある巨大な魔力技能者用の強化体育館で、模擬戦闘訓練を行っていた。
そして第三中学とレガリアの初戦。
各校から代表となる三名の生徒が進み出たことで、対戦校の首席……レンジが、怒鳴り声を上げたのだ。
「別にふざけてなんかいねーよ」
応じる声は進み出た代表選手……ではなく。
挨拶を終えてフィールドから去っていく集団の中から挙がっていた。
「言ったろ? 模擬戦は『うちのトップスリー』だって」
ひらひら、と。
煽るように手を振りながら皮肉めいた笑顔を浮かべる俺に、顔を真っ赤にしたレンジが吠える。
「下衆め……それが、貴様のやり方か! 仲間を隠れ蓑にしてまで敗北を避けるとは、心底下劣な性根だな!」
「あぁん? 誰が敗北だってッ!?」
「兄さんを侮辱する数々の暴言、もはや赦しの余地はありません」
模擬戦で使用する長方形のフィールドから、外縁をぐるりと囲う二階の観戦席へと上がる俺に向かって怒鳴り散らすレンジに、一階に居残るアユムとジンヤが噛み付いた。
二人とも現在は手足や胴体、頭部に、黒い保護具を着用しており、対戦相手となるレガリアも同規格の白い保護具を装備している。
「ポンコツのジンヤはともかく、ウチがテメエらなんかに負けるわけねぇだろうがッ!」
「鉄砲玉のアユムさんはともかく、僕がいる限り兄さんに敗北など有り得ません」
「あぁん!? ンだとぉッ!?」
「事実です」
「あ、あの、二人とも、協力しましょうよ……ねっ?」
幼馴染たちの中でも特に相性の悪い二人組に挟まれて、ユウヤが右往左往していた。
「……おい、ジン! それにアユも!」
鼻息を荒くする幼馴染たちに、俺は二階の階段から鋭い視線を注ぐ。
「この試合、ちゃんと『わかって』んだろうな?」
「はい、兄さん! 勿論です!」
「……うー。でもちゃんとやれたら、あとでご褒美頂戴よね!」
「考えとく」
一応『取り決め』は覚えているらしいので、ユウヤに目を向けると……
「……ッ!」
よし、こちらもやる気は十分。
小さく頷いた眼鏡の奥が、力強く輝いている。
「チッ……連携すらろくに取れていない、下郎どもめ!」
他方、公衆の面前で反目する幼馴染たちの姿に憤りを覚えているのは、金髪を逆立てる少年であった。
「そのようなザマで、オレたちに敵うはずないだろうが! コケにするのも大概にしろッ!」
「その通りですわ! 下郎ども、恥を掻く前に立ち去りなさいな!」
「あ、その方がボクも、う、嬉しいかもです」
レンジと同様に保護具を装備した双子の妹……レイカや。
前髪で目元を覆った痩せ型の少年……オボロも。
見るからに連携が取れていない第三中学の代表を前にして、苛立ちや期待感を深めているようだ。
「まぁまぁ、折角の機会なんだ。そう急くこともないじゃないか」
仲裁の声は、フィールドから上がっている。
生徒たちが身につける画一的な保護具とは異なり、自分専用に改造した冒険者装備。
大剣を背負う二十代後半の男性……カイトの言葉だった。
「互いに不満があるのなら、まずはぶつかって、己の意見を貫いてみせようか。それが冒険者の流儀というものだよ!」
現在の日本における数少ない金等級の冒険者であり、この模擬戦においては審判役を務めている青年の言葉を、否定する声は上がらない。
「……」
「……」
第三中学とレガリアの成績上位者が互いにメンチを切りながら、フィールドの配置についていく。
試合前から物凄く、殺伐とした気配だ。
「うーん、若いっていいですねぇ」
「若さが眩しいよねぇ」
とはいえフィールドの外縁部には、万が一に備えて、カイトが率いる冒険者パーティー〈白銀の樹〉の面々が控えている。
カイト以外は銀等級という話だが、実戦を潜り抜けてきた冒険者はやはり面構えが違う。
「こら皆さん、ちゃんと集中してください! 生徒さんたちに何かあったら一大事なんですからね!」
とくにパーティーメンバーを叱咤するショートヘアの女性……ヤシマ・ミカは、副団長でもあり希少な治癒士でもあるので、彼女が現場にいるのは心強い。
「……えっ!? ハルカさんって、もう上級の治癒魔術を使えるんですか!?」
「えへへ〜っ、じつはそうなんですよぉ〜っ♡」
「普通に凄っ!」
「やっば!」
「さすが〈権能保持者〉っすね!」
「えへへへ〜っ♡ もっと褒めてぇ〜♡」
あと、各校の生体系魔力技能者の生徒たちに賞賛されて有頂天になっている、頭はスカスカでも腕だけは一流のハルカも、いちおう治療班として〈白銀〉の皆さんと一緒に控えているしな。
これだけの治癒士が揃っていれば、たとえ模擬戦中に手足が吹き飛んでも、即死しない限り命は保障されている。
(ま、そうなる前にカイトさんが試合を止めてくれるんだろうけど)
折り返しのある長い階段を登りきると、一階のフィールドを一望できる二階バルコニーへと到着した。
観戦席と空中の境目は薄膜のような光で区切られており、この簡易魔力障壁のおかげで、フィールドからの余波をある程度軽減する設計だ。
俺の後ろをついてくるガエルくらいの魔力技能者であれば簡単にぶち破れる強度だが、一般的な水準であれば十分に機能してくれる。
実戦を想定しているため競技用のアスファルトではなく、均された剥き出しの地面を照らすのは、夜間でも使用できるようにと天井に設置された無数の照明器具。
見渡すほどの広大な空間ながら、空調も快適に効いていた。
(改めて見ると、マジで金かかってんなぁ)
普段は冒険者たちも訓練に使っている訓練施設らしいが、今の時代でこれだけの魔力設備を整えようすれば洒落にならない金額になるはずだ。
それを学生たちのために貸切するあたり、日本……というか世界がいかに、これからの魔力技能者育成に注力しているのかが窺える。
だけど……
(……まあいい、焦るな。まだ時間はある)
意識をフィールドへと切り替える。
これから執り行われる模擬戦は、オーソドックスな『石板崩し』という団体競技を模したもの。
各陣営は自陣に『石板』と呼ばれる目標を複数設置し、制限時間まで自陣の石板を守り抜きつつ、相手の石板を破壊することが基本的な勝利条件となる。
今回参加できるのは、各校三名ずつ。
おそらくはディフェンダー、アタッカー、サポーターという、試合に必要な最低限の役割が割り振られるはずだ。
(さぁて、あっちがどんな編成でくるかねぇ)
手頃な観戦席に腰を下ろすと、まずはガエルが隣に着席。
「ラッキ♡ カイチョーのとなりゲッチューっ♡」
反対側にはアキラが腰掛けてきた。
試合に出ない俺たちは学校指定のジャージ服なので余計な飾り気がないぶん、彼女本来のプロポーションの良さが際立っている。
遅れて周囲にゾロゾロと第三中学の面々……もとい、見慣れた叛星會の連中が着席していく中で、アキラが興奮を隠せない声音で語りかけてきた。
「それでそれで、カイチョーはどっちが勝つと思いますか!? もち、叛星會っスよね!?」
「おいアキラ、だから人前でその呼び方はよせって」
「え〜、いいじゃないですか〜っ! 観戦席には誰もいないんだし〜っ!」
確かにレガリアの生徒はフィールドを挟んだ反対側に座っているし、今回は観戦組の桜陵学園たちとも距離が離れている。
「……」
じとっ……と。
桜陵学園のエリアから身に覚えのある粘着質な視線を感じるが、断固として無視だ。
「そっすよ會長!」
「今くらい、いいじゃないっすか!」
背後の席に座る金髪と銀髪の少年たちからも請われてしまったので、まぁいいかと、今回は不問とすることにした。
「オフコース! ビクトリーはミーたちに、決まっているヨォ!」
「昨日だって遅くまでバッチリ作戦会議、したもんね!」
「ユウヤくんなんてカイチョーから直々に悪巧みを吹き込まれていたみたいだし、ヨユーっしょ!」
「おいこら、悪巧みとか言うなし」
大柄な黒人少年や、盛り髪と巻き髪の少女たちは、なんか好き勝手なこと言ってくれてるけど。
俺とユウヤは直接的な戦闘タイプではないので、事前準備やプランニングは必須なのだ。
「頼むよー、ユウヤくん! 初戦で勝って、弾みをつけてよねーっ!」
ちゃっかりとアキラの隣に腰掛けているショートボブの少女……ユリカが言う通り、この後も続く模擬戦全体のことを考えても初戦の勝ち星は大きい。
フィールドに注がれる生徒たちの視線は熱を帯びていた。
(ま、やれるだけのことはやったんだ)
特にユウヤのここ一年の成長ぶりは目覚ましい。
理論は十分なので、あとは実戦で経験を積むだけ。
お手並み拝見といこうじゃないか。
「……それではこれより、各校対抗の〈石板崩し〉を執り行う! 皆さんにはそれぞれ、スポーツマンシップに則った健闘を期待するよ!」
カイトの宣言からやや遅れて……ビィィィーッ!
試合開始を告げるブザーが、鳴り響いた。
〈作者の呟き〉
こういうオリジナル設定の競技を考えるの、しんどいけど、嫌いじゃないです。




