【30】晩餐会②
〈ユウヤ視点〉
「……見つけたぞ、カナタ・シュウ!」
シュウがアユムをお仕置きしたことで、ジョウが湿度を増したものの、ようやく不穏な空気が収まりかけた食堂に響き渡ったのは力強い少年の声だった。
「こんなところに隠れていたのか!」
ドスドスドス!
合同合宿に参加している生徒や関係者たちの視線を割るようにして、靴音荒く歩み寄ってくるのは、中学二年生とは思えないほどに鍛えられた身体に黄金の短髪を宿した、精悍な顔つきの少年である。
背後には同じ金髪を豪奢なドリル状の巻き髪にして揺らす少女と、前髪で目元を隠した少年が従っていた。
(あれは……確か、レガリアの首席!)
東京第三中学校の伝統的な黒い学ランとは対照的な、レガリア・アカデミアの近代的な白制服に身を包んだ少年……タチバナ・レンジの視線は、驚くユウヤを通過して、背後の少年へと注がれている。
「よぉ、レガリアの首席くん。初めましてだな」
「……ッ! オレに馴れ馴れしい口を利くな、下衆がッ!」
「あ゛ッ!?」
「ステイだ、アユ。いいからいいから」
シュウが手で制して、前に出る。
「他のみんなも、ここは俺に任せてくれ」
ハルカが瞳から輝きを消し、ガエルが膝を撓め、ジョウがゾッとする微笑みを浮かべる中で、シュウだけが緊張感のない笑みを向けていた。
「で、なんだよ首席くん? 初対面の人間をいきなりゲス野朗呼ばわりとは、穏やかじゃねえなぁ」
「事実だろうが! 知っているぞ! お前は〈権能〉に目覚めた幼馴染を、自分のためにレガリアからの勧誘を蹴らせてまで、同じ学校に入れたんだろうが!」
「あぁ……まぁ、否定はしねぇよ」
「そんな! 全然違うよ、にぃに!」
「そうだよおにぃ! ウチらが自分の意思で、勝手におにぃに付いて行ったんじゃん!」
「いや『今回』はそうだけどよぉ……でもオマエらがレガリアからの勧誘を蹴ったのは事実だし、その理由が俺っていうんなら、そういう見方をされることもあるってこった。んでもってこういう頭でっかちには何を言っても無駄だから、テキトーにスルーしとけ」
「まぁ! なんという口の利き方! やはり下郎は、口の利き方がなっておりませんわね!」
売り言葉に買い言葉なのか。
普段にも増して、露悪的な態度を見せるシュウ。
非難の言葉を発したのは、レンジと同じ髪色の少女であった。
気の強そうな吊り目に、ド派手な縦巻き髪。
傲岸な態度を見せる少女を前にしても、少年の余裕は崩れない。
「アンタは……タチバナ・レイカだっけ? そこのデクノボウとは双子って聞いてたけど、あんま似てないのな」
やはり、用意周到なシュウである。
レガリアの双子兄妹のことは、下調べをしていたらしい。
「兄妹で学年ツートップっていうから、オツムの出来は悪くねぇんだろうけど、マナーがなっちゃいねぇな。人にケチつける前にまずは自己紹介をって、親から教わらなかったのか?」
「ワタクシ卑しい下郎に名乗る名など、持ち合わせておりませんの!」
「ははっ、流石『元』タチバナエレクトロニクスのお嬢さんだな。大した気位の高さじゃねえか」
「……ッ! お黙りなさいっ!」
「よせ、レイカ。下衆の戯言に耳を貸すな」
激昂する少女と、厳しい顔でそれを諌める少年の態度から、ユウヤの頭で情報が連結されていく。
(あぁ、そっか! この人たちって、タチバナエレクトロニクスの血縁者だったんだ!)
魔力という新たなエネルギーの登場によって、科学社会から魔力社会へと切り替わりつつある情勢下では、新しい時代に適応できず切り捨てられてしまうものもある。
かつては国内有数の電子部品製造メーカーだったタチバナエレクトロニクスもそのひとつであり、市場が科学と魔素力学を組み合わせた魔導具の開発に移り変わる過程で、初期対応を間違えたがゆえに経営が立ち行かなくなり、数年前に海外企業から買収されたことは、誌面を騒がせていたものだ。
吸収合併の際に、血縁者で固められていた経営陣は全員解雇。
一般人に過ぎないユウヤにとって、上流階級から転落したタチバナ家の末路など知るよしもなかったが、皮肉なことにその中から魔力適合者としての才に目覚めた者が、こうして目の前にいる少年少女たちということらしい。
「貴様のような卑怯者にはわからないだろうが、オレたちには守るべき『一族』がある」
厳しい声音で語られる言葉には、確かな重みがあった。
「本来であれば貴様の周りにいる〈権能保持者〉たちは、レガリア《こちら側》にいて、オレとともに高みを目指しているはずだったのだ。それを我が身可愛さで邪魔をした貴様を下衆呼ばわりするのは、当然の権利だろうが」
「ははっ、言うねぇ。テメエみたいな頭でっかちのボンボン崩れが、うちのアホどもを躾られるのかよ?」
「無論だ」
断言である。
金髪の少年は、自身の器と才能を欠片も疑っていない。
(いやいやジンヤくんたちがシュウ以外の言葉なんて、聞くはずないじゃん?)
少年の傲慢と自信がない混ぜになった顔つきは、魔力技能者としての将来を信じて疑っていなかった、かつての自分と重なった。
「すでに終わったことだから今回はこれで不問に伏してやるが、高校入学はない。これ以上、オレの邪魔をするな」
わざわざそれを伝えるために、この場を訪れたのだろう。
好き勝手なことを告げて、踵を返そうとするレンジに……
「……ははっ、面白ぇ」
シュウが、嘲笑を浮かべた。
「そこまで言うんなら……ちょいと、ゲームでもしねぇか?」
「ゲームだと?」
嘲りの声音に、レンジの足が止まる。
「ああ、明日の模擬戦で、散々見下してくれた第三中学とレガリア、どっちが格上なのか白黒つけようじゃねぇか。んでもって負けたほうが、この合宿中は『なんでも言うことを聞く』ってのはどうよ?」
「……下らん。如何にも育ちの悪い下郎が考えつきそうな、下衆の発想だ」
「はは、こちとら親なしの孤児院育ちなんでな。育ちがよろしくねってことは否定はしねぇよ、お坊ちゃん……いや、『元』お坊ちゃんか」
「……」
やけに挑発的な言葉を並べるシュウ。
しかしその露骨な態度が、かえってレンジに警戒心を抱かせてしまったようだ。
(なんか……らしく、ないな)
ユウヤもあからさまな言動に、違和感を覚えている。
(もしかしてシュウは、タチバナくんを『煽ってる』の?)
だとすると、このままでは不発に終わる……
「……全く、ダメじゃないか親友」
するり、と。
ユウヤの耳に、湿り気を帯びた声が流れ込んできた。
「弱い者イジメだなんて、キミらしくもない。というかそんなに対戦の相手が欲しいなら、親友であるキミは、まずはボクを指名するべきじゃないのかな?」
「お、おいっ!? 何すんだ、急にひっついてくんなって!」
「んっ? 何を今更、照れているんだい? ボクとキミの仲じゃないかっ♡」
唐突に少年たちの会話に割り込んだ桜陵学園の主席は、制服の上からでもわかる豊かな身体を、わざとらしく密着させている。
「……ッ!」
瞬間、レンジの目の色が変わった。
ブチブチと、何かが千切れるような音が聴こえた気がする。
(あ、もしかしてこれ……)
桜陵学園とレガリア。
共にこの辺りでは有名な学校の代表同士、以前から面識があったとしてもおかしくはない。
そしてジョウは、誰もが息を呑む美少女だ。
一般的な感性の男子として、レンジが彼女に惹かれていたとしてもなんら不思議はなかった。
「……だ、だめですよぉ、レンジくん?」
「……お兄様。ここはお気を確かに」
「……ああ、わかっている!」
背後に控えている目隠れの少年や、双子の妹に宥められて、なんとか堪えてはいるものの……
「……あ、ああ、そうだな!」
シュウの顔に、凶悪な笑みが戻った。
「だったらこんな腰抜けどもより先に、ジョウに対戦を申し込んでみても、いいかもしれねぇな!」
「んー、良くないよ、親友。それは良くない。本当によろしくないね」
首を横に振る少女の瞳には、獲物を捕えた蛇のような、妖しい光が宿っている。
「キミにはちゃんと、ボクがキミだけに赦した、二人だけの『特別な名前』があるじゃないか。まさかそれを忘れてしまったのかい?」
「……お嬢」
「うんうん、そうだね! やっぱりキミからそう呼ばれるのは、胸が弾むよっ♡」
絞り出された少年の声音を注がれたことで、黒薔薇の笑みが輝きを増す。
「それに親友の頼みなら、ゲームなんて関係なく、ボクは何でも——」
バキンッ、と。
ついにレンジの中で、何かが砕けた。
金髪の少年が、噴火寸前の火山の如く震えている。
「……いいだろう、下衆。その挑発、受けてやる!」
「お兄様っ!?」
「レンジくんっ!?」
同伴する少年と妹の静止を振り切って、レンジが吠えた。
「明日の模擬戦で、レガリアとの格の違いを叩き込んでやる! 覚悟しておけ、下衆風情が!」
「はいはい、そっちこそちゃんとフルメンバーで挑んでこいよな? あとで『じつは手ぇ抜いてたんです』とか、通用しねえぞ?」
「貴様こそ、自らの手で成長の芽を摘んだ幼馴染どもを率いて、敗北の責を噛み締めることだな!」
「ははっ、うちのトップスリーはテメエらなんかに負けねぇよ」
「ほざけ、道化めがッ!」
「お、お兄様……」
「行くぞレイカ! オボロ! もうこの場での問答は無用だ!」
「あ、あぁ……もう、なんでこんなことに……」
最後に一度、ジョウに視線を走らせて。
気遣わしげな表情を浮かべる双子の妹と、頭を抱える少年……オボロを引き連れて、レガリアの首席は自分たちのテーブルへと引き返していった。
その背中を見送りながら……
「……ねぇ、シュウ」
「ん? なんだよユウヤ」
ここまで全く会話に参加できていなかったユウヤは、ひとつだけ確認しておかなければならない。
「その、明日の模擬戦? は、第三中学からトップスリーを出場させるって言ってたけど、あれってどういう意味?」
「どういう意味も何も、うちから首席と次席に三席を、ぶつけるってことだよ?」
へばりつくジョウを引き剥がしながら。
ニヤリ、と。
嘲笑ではなく、いつもの意地悪で楽しげな笑みを浮かべるシュウに、ユウヤは眩暈を覚えた。
「それってつまり……」
「ああ、明日はよろしく頼むぜ、第三席くんっ!」
キリキリと、狂おしいほどに胃が痛む。
〈作者の呟き〉
可愛い子ほど曇らせたくなるのは(以下略)。




