【29】晩餐会①
〈ユウヤ視点〉
ひとつの山を丸ごと改造した魔力技能者用の巨大訓練施設。
百人規模を収容できる大食堂で、晩餐会が催されていた。
本格的な合同訓練の開始は翌日から。
今日は一週間を共に過ごす仲間たちとの顔合わせとなっている。
「うんうん、いいじゃないか親友。その学ラン、わざわざ引っ張り出してきたのかい?」
「しゃーねーだろ、ドレスコードだっていうんだから。こんな学ランに、伝統もクソもねぇだろうによぉ」
「いやいや、とてもよく似合っているよ。いつもは写真越しだけど、やはり実物は一味違うね」
「そりゃどーも……って写真? あれ、俺、ンなもんオマエに送ったっけ?」
「送ってくれないから盗撮させた」
「サラッと犯罪行為をゲロるのやめてくんない?」
立食形式の食事で軽く腹を満たしたあと、シュウに『知り合いを紹介してやる』と牽引されて他校のテーブルを訪れたユウヤは、居心地の悪さを覚えていた。
(なんか場違い感が、すごいんだけど……)
訪ねた先は、超名門校と名高い私立桜陵学園である。
魔力によって世界情勢が一変した後でも、伝統と格式を重んじる風潮は未だに健在。
世界の上流階級を非適応者たちが占める限り、この基本構造は変わらないだろう。
そんな名家の子息令嬢たちが通う桜陵学園の世界に堂々と踏み込んだシュウは、あろうことか学園代表である黒髪の少女……ジョウに話しかけたのだから、周囲が注目するのは仕方のないことだった。
「いいじゃないか、親友」
無数の視線の只中で、ゾッとするほどの美貌を湛えた少女が、黒薔薇の笑みを咲かせている。
「ボクとキミの仲だ、堕ちるのならどこまででも付き合うよ」
「いや、マジでやめて。俺は平穏に生きたいの。頼むから泥沼に引き摺り込まないでくれ」
「ふふっ……それは無理だ。無理だよ。ああ、無理というものさ。キミという宝石を、世界が放っておいてくれるはずない」
最初に紹介されてからというもの、会話に置いてけぼりにされているユウヤでも察していた。
(……湿度、高くない?)
距離感が近い。
好感度が高い。
犯罪臭もする。
シュウからは『ちょっとした知り合い』と聞いていたのだが、とてもそうは見えなかった。
「「「 ……っ!? 」」」
むしろそうした彼女の態度を『驚愕』を通り越した『絶句』の表情で見つめているのは、同じ学校である桜陵学園の生徒たちである。
例外といえば、二名のみ。
「いやマジでハルカちゃんなら、カレシなんぞより取り見取りやない? つーかおらへんのなら、ワイが立候補するし!」
「ご、ごめんねぇ! あーしはにぃに以外の人と、お付き合いするつもりはないのぉ〜っ!」
「ほんならカレシやのうて、ボーイフレンドってことでひとつ! 連絡先くらい、教えてぇなぁ!」
シュウを追ってきたハルカの行手を阻み、詐欺師顔負けの話術で粘着する関西弁の少年と。
「……っ!」
「……ッ!」
先ほどから……ミシッ、ミシィッ!
ガエルと握手を交わして骨を鳴らす、剃り込み坊主頭の少年である。
(えっと……これ、どういう状況?)
とりあえずは少年の圧に負けて携帯電話を取り出そうとしているハルカの救助に向かうべきかを悩んでいると……
「……お前たち」
視線はシュウに固定したまま、血色の良い唇から、目の前の少年に向けるそれとはまるで異なる冷たい声が漏れた。
「いつまで遊んでいるんだ。客人に、自己紹介くらいしろ」
少女の命令を受けて、少年たちが動き出す。
「へいへい、アネさん。……ほなハルカちゃん、あとでメアド教えてぇな〜♡」
「ひ、ひーんっ! にぃに、どうしよ〜っ!?」
「無視一択だよ馬鹿野郎。相手にすんなって、いつも言ってんだろうが」
粘着していた少年があっさりと踵を返したことで、ハルカがシュウに泣きつき、流れるように叱られている。
「……」
「……」
ガエルと握力勝負していた坊主頭の少年も、互いに無言で頷いた後、こちらに歩み寄ってきた。
「ほな會の新入りクン、ワイはサカガミ・リュウケンっちゅーもんや。見ての通りアネさんの舎弟やっとるんで、よろしゅうな」
「……ゴジョウ・コテツです。よろしく」
「あ、は、はい! オワリ・ユウヤです! 初めまして!」
「こちらこそだよ、ユウヤくん。親友から聞いているけど、大した活躍ぶりだそうじゃないか。その調子でしっかりと親友を支えてくれたまえ」
「あ、そ、そうなんだ……恐縮です……」
知らないところでシュウが、自分を評価してくれている。
それだけで、テストで満点を取った時よりも胸が弾んだ。
「え? 俺オマエにそんな情報、漏らしたっけ?」
「え?」
だが本人に心当たりはなかったようだ。
胸に咲いた花が、一瞬で萎んでしまう。
「ボクは親友のことならなんでも知っているからね」
「答えになってねぇんだよ馬鹿野郎」
ねっとり微笑むジョウに辟易としつつ、シュウがユウヤの肩を叩いた。
「でもコイツが将来有望だってのは、間違いねぇよ。つーか俺の代わりに會を背負ってくれるような超有望人材だから、顔だけでも覚えておいてくれや」
「……っ!」
乱高下する情緒がグチャグチャだ。
でもやっぱり……嬉しい気持ちが、勝ってしまう。
「……だからマジで『余計な真似』すんなよ? こうなったからにはしゃーなしで紹介してやるけど、変な色気出しやがったら容赦しねえからな?」
「……ふふっ、それこそ心配無用さ、親友。キミに代わってあの羽虫どもを誘引してくれるというのなら、ボクとしては願ってもない話だ」
顔を赤くする少年の前でヒソヒソと交わされる、穏やかではない会話。
「……? 二人とも、何の話?」
ユウヤが踏み込もうとして……
「……あぁー! やっぱりクソ女が、おにぃに絡んでやがるじゃねえか!」
キンキンと良く通る甲高い声で会話に割り込んできたのは、学年主席と次席ということで各校への挨拶回りをしているはずの幼馴染たちのうち、片割れとなる少女であった。
「……おいアユ。挨拶回りはどうしたんだよ?」
「ンなもん、ジンヤに任せてきた!」
たとえ一人になっても『兄さんの命令ならば』と任務を続行する、美男子の姿が目に浮かぶ。
「それよりも、ハルとガエル! ちゃんとおにぃの露払いしとけよな!」
「ふえぇぇ〜っ! だ、だってだってぇ!」
「……」
関西弁の少年……リュウケンに足止めされていたハルカは涙目となっており、坊主頭の少年……コテツとの力比べに興じていたガエルは、お腹が空いたのか桜陵学園の立食テーブルから食事をとってきてモグモグと口を動かしていた。
「チッ、役立たずどもが!」
ズカズカ、と。
特徴的なツインテールを靡かせて。
幼馴染たちの間を通り抜けてきた少女が、鴉の濡羽色をした黒髪を腰元まで伸ばす少女の目前まで歩み寄る。
「オイこらジョウてめえ、いい加減キモいんだよ! おにぃにウザ絡みすんのやめろや!」
ジョウは女子にしては身長が高い方なので、アユムとは頭ひとつぶんほども身長差があった。
キョロキョロ、と。
わざとらしく周囲を見渡している。
「……ん? なんだ、耳障りな羽音が聴こえるぞ? 実に不愉快だね」
「よし、ブッ殺す!」
わかりやすい挑発に、地毛に4色が絡むツインテールが魔力圧で逆立つ。
「上等だクソ女、今日こそ叩き潰して——」
「——はい、ストップだアユ。空気読もうなー」
「んぎっ!?」
ゴツンッ、と。
脳天に落とされるゲンコツ。
波打っていた少女の髪が、一瞬で沈静化した。
「だ、だっておにぃ、コイツが——」
「——だってもクソもねぇ、先に手ぇ出したほうが負けだっていっつも言ってるじゃねえか。いい加減学べ」
涙目のアユムをすげなく説き伏せたシュウは、何故か瞳の湿度を増しているジョウへと向き直る。
「つーかお嬢もそんな、煽るなって。別に仲良くしろとまでは言わないけど、最低限、空気くらい読んでくれる?」
「……ボクにもそのスキンシップを施してくれるなら、一考しよう」
「スキンシップ? って、ゲンコツのことか?」
「ボクは訓練以外で一度も親友にぶたれたことはないよ?」
「なんでぶたれたがってんだよ。普通に引くわ」
「へへっ、おにぃの愛の鞭は、そんな安くねぇんだよ!」
よくわからない嫉妬をジョウが燃やすことで、アユムの機嫌が回復した。
「……頼むからお前はもっと、反省してくれ。これは純度100%の怒りだから。愛とか欠片もないから」
「えぇ〜っ♡ ごめんね、おにぃっ♡ わっかりましたぁ〜っ♡」
「はぁぁぁ……」
全く悪びれた様子もなく猫のように目を細める少女に、シュウが深々と息を吐く。
「……ズルいなぁ」
ジョウの湿度がさらに増していた。
とはいえ、ようやく落ち着きかけた場の空気を……
「……見つけたぞ、カナタ・シュウ!」
敵意を剥き出しにした少年の声が、容赦なく引き裂いたのだった。
〈作者の呟き〉
メスガキもいい。
ヤンデレもいい。




