【03】葛藤と決意
〈シュウ視点〉
【——ふざけるなッ!】
グツグツ、と。
沸騰する、溶岩のように。
魂の底から湧き上がってきた怨嗟の声と共に、脳裏に浮かんだのは、前回における忘れられない『記憶』だった。
『——わかりました、兄さん』
そう言って、俺の指示で死地へと向かった幼馴染は、二度と顔を合わせることはなかった。
『——もうおにぃのこと、信じらんねぇよ』
軽蔑するように吐き捨てて、俺から離れてった幼馴染は、紆余曲折を経て裏社会の住人となり、悲惨な最期を遂げた。
『——にぃや、飽きた』
いとも容易く俺を見限った幼馴染は、数年後には無謀な異界攻略の過程で、あっけなく異界に呑まれた。
『——だってにぃにが、可哀想だったから……』
同情心から最後まで傍に残ってくれていた幼馴染も、一浪した俺と違って、ストレートで大学に合格していたため、進学した先で知り合った男に心も体も奪われて、俺の元から去っていった。
最後にはどうなったのか……わからない。
噂では、海外で彼女と似た女優が発見されたらしいが、アングラ情報なので、真偽の程は定かでない。
ともかく、だ。
俺のせいで死んだ幼馴染。
あるいは、俺を見捨てた後で、碌でもない人生を送った幼馴染たち。
彼らを、今の俺なら……破滅から。
救うことが、できるのかもしれない。
むしろそのための『一周目』だったのだ。
それなのに……
【……許せない!】【ふざけるな!】【俺を見捨てたお前らなんか、死んで当然だっ!】【苦しめ!】【もっと苦しめよっ!】【俺はその何倍も、何十倍も、苦しんだんだ!】【苦しんで、苦しんで、苦しんでぇ……無様に、死にやがれ!】
脳裏に響く、怨嗟の声。
醜く、爛れた、男の絶叫。
意識を塗り潰すような、ドス黒い憎悪の本流。
思わず胸を、掻きむしる。
これは……
「……お、俺の、声なのか?」
「ピンポンピンポン! 大正解、なーのだっ♡」
身体をくの字に曲げる、俺の頭上から。
あくまで陽気な、リスキーの声が降り注ぐ。
「それは前回の、キミの『魂』なのだっ♡ それが今回のキミの魂に癒着することで、記憶を共有しているのだから、感情だって、共有していて当然なのだーよっ♡」
「……っ!」
だとしても。
呑み込まれるな。
今の俺は、今の俺だ。
(たとえ……同じ、人間の魂であっても、前の俺とは、違うんだ……っ!)
俺は、幼馴染たちを。
たとえ血はつながらなくても、こんな俺を『兄』と慕ってくれていた義家族を守るために、この力を、欲していたはずじゃないのか。
それなのに……こんなふうに。
大事な幼馴染を呪うような、男なんて。
俺じゃない。
認められない。
「いやいや、それもまた、キミなーのだ♡ 自分の嫌なところから目を背けているようじゃあ、ただでさえ下等な下位存在なんて、一生、成長なんてしないのだ〜よ〜っ♡」
「……っ!」
「それに、前回のキミは〈権能〉として固定されているから、時間と共に忘れることなんて、できないのだ〜っ♡ でもそのおかげで、前回の情報も劣化することはないっていう、安全安心の、親切なリスキーちゃん設計なのだっ♡」
つまり、俺は。
この先ずっと。
この醜い感情を抱えたまま、幼馴染たちと、付き合っていかなければならないのか……?
「んー? ゲンミツには、前回のキミが終わるまでなのだー? そこまで行けば〈権能〉の効果が、リセットされるのだーっ♡」
だとしても、やはりあと20年近くも。
俺はこの悍ましい感情と、向き合っていかなければ、ならないのか……
「いやいや別に、無理をしてまで、前回のしがらみに付き合う必要なんて、ないのだよー?」
「……もう、ナチュラルに、心を読んでくるのな」
「だってだって、本当に、異界消滅が近いのだー! 無駄は省略、省略なのだ〜っ!」
「……」
「いひひっ♡」
悪びれなく。
リスキーは、嗤う。
「どうせ前回では、好き勝手な理由で、シュウくんを見捨てた幼馴染たちなのだ! だったら今回は、端から相手にしなければ、いいのだよ〜っ♡」
「ふ、ざけるな! だったら俺は、なんでこんな〈権能〉を、獲得したっていうんだよ!?」
「そんなの知るか、なーのだーっ♡」
「……っ!」
とくに、罪悪感もなく。
昆虫を虫籠に放り込む、無邪気さで。
上位存在は、下位存在の人生を。
掻き乱す。
「リスキーちゃんはただ、たまたま目に留まったキミたちの願いを、叶えてやっただけなのだー。気に入らなかったから、文句を言うなんて、それは悪質なクレーマーなのだーっ!」
「で、でもよぉ!」
「だったら、〈権能〉を取り消しにするのだー?」
「……っ!」
「当然その場合は、この一連の流れも白紙! きっとお馬鹿なシュウくんの二周目は、一周目と同じく、地獄まで一直線なのだ〜っ♡」
「そ、れは……」
許容できない。
俺だけじゃなくて、幼馴染たちにも。
あんな悲惨な人生を……二度も。
辿らせるわけには、いかない。
「さぁて、そろそろ本当に、時間切れなのだ〜♡ それで、どうするのだ? 今なら優しいリスキーちゃんが、お邪魔な〈権能〉を、削除してあげるのだーよ?」
「……いや、いい」
「ん? なになに、よく聞こえないのだ?」
「このままで……いや、このままが、いいです。お願いします」
「んっ、おけおけ♡ りょーかいなーのだーっ♡」
けっきょく俺は。
前回の俺を。
今の俺と。
同居させる道を、選んだ。
もしかするとこの選択を、後悔する日が、来るかもしれない。
でも……あんな、未来を知ってしまったなら。
無視することなんて、できない。
(……クソッ。やっぱりコイツの手のひらで、転がされんのかよ!)
心の中で、悪態をつくと。
他人の人生を好き勝手に狂わせてくれた上位存在が、愉快そうに笑う。
「そうなのだよ? 所詮下位存在は、上位存在たちの見せ物でしかないのだっ♡」
どこまでも悪意のない、声音には。
ただただ、事実だけがあった。
「せっかくリスキーちゃんが構ってあげたのだから、精々今回『も』キミたちには、面白おかしく、踊り狂って欲しいのだ〜っ♡」
……やっぱりか。
この上位存在、植え付けた〈権能〉を通して、俺たちの人生を鑑賞してやがった。
(だったらコイツ、舞台演出が気に入らないからって、勝手に脚本家まで、気取ったりしてねえだろうな?)
そうだよ。
もしかしなくても。
前回でやたらと降りかかってきた不幸。
あれって実は、コイツの仕込みだったんじゃないのか?
「いやいや、それは逆に、興醒めなのだ〜っ! リスキーちゃんは素材の味を大事にする、天然嗜好なのだ〜っ!」
ここにきて、初めて。
マジ声で否定してくる、上位存在だった。
いや、お前の中の、優先順位よぉ……
「だいたい、そんなことは必要ないのだ!」
「あ? なんでだよ」
「いひひっ♡ だって、これだけ強力な〈権能〉が群れてたら、リスキーちゃんが何もしなくても『因果律の歪み』が起きて、勝手にイベントが、発生していくのだ〜っ♡ むしろ前回はそのへんが、途中からショボショボだったから、今回は期待しているのだぞ〜っ♡」
「はっ!? なんだよそれ、ふざけんな——」
「それじゃあ、バイバイなのだ〜っ♡」
唐突に、光が弾けて。
意識が、遠ざかっていく。
(——チクショウが! ふざけんな!)
胸の内から湧き上がる、怨嗟の声は消えない。
【許さない!】【くたばれ!】【死んで詫びろ!】
醜いそれらに、抗うようにして。
(俺は今度こそ、アイツらを、守ってみせる! たとえそこに俺がいなくとも……どれだけ、嫌われようとも! アイツらは、アイツらだけは、今度こそ、俺が絶対に守り抜いてみせる!)
俺は、俺自身に。
固く誓うのであった。
↔︎
それからおよそ、四年後。
「ねーねー、にぃにーっ♡ 今日こそデートしよっ、デートぉ〜っ♡」
「はい、おにぃ♡ 今日発売の週刊誌、買っといたよ♡」
「……にぃや、ひま」
「みんな兄さんから、離れてください。邪魔ですよ」
一周目よりも。
やけに、馴れ馴れしい態度で。
幼馴染たちに囲まれる、俺がいた。
(……)
いや、なんでこうなったぁ!?
〈作者の呟き〉
邪悪幼女の手のひらでコロコロされたいだけの、人生でしたとさ。
また、これでプロローグが終わり、次話から第一章が始まります。
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