【02】二周目の始まり
〈シュウ視点〉
「まあ再開の挨拶はこれくらいにしておいて、この簡易異界は、滞在時間が限られているのだ〜♡ だからサクサクと、話を進めさせてもらうのだ〜♡」
あまりに無様で。
不毛で。
救いようのなかった。
クソみたいな、男の人生。
それを『一周目』と表現した、存在だけが感じ取れる眼前の上位存在……リスキーは、何がそんなに嬉しいのか。
上機嫌に。
幼い声音を、弾ませる。
「まずシュウくん♡ キミが『一周目』で経験した30年の人生は——」
「……28歳だ」
「——ん?」
「俺はまだ、28歳……アラサーじゃ、ねぇ」
「んん? そんな細かい数なんて、どうでもいいのだーっ!」
「そうかよ」
やっぱりな。
上位存在から見た、下位存在の認識なんて、そんなもんか。
「それよりも、一周目の人生が、夢や幻なんかじゃなくて、ちゃんと『現実』だったっていう、自覚はあるのだ〜?」
「……ああ」
それは、間違いない。
(夢や、幻なんかで、あるもんかよ……っ!)
あの痛みは。
苦しさは。
後悔は。
苦悩は。
死は。
全部、間違いなく……本物だった。
本当に、クソッたれな。
俺の人生だった。
「それじゃあ、ネクストクエッションなのだっ♡ 一周目のときに、リスキーちゃんがシュウくんに『聞いた』ことを、覚えているのだ〜?」
「ああ、もちろん覚えているよ」
忘れるものか。
あそこから二十年前……
つまり当時の俺が、8歳のとき。
かつては『神隠し』などと呼ばれていた、突発的な異界に迷い込んだ俺たちは、遭遇した上位存在に、ある質問を投げかけられたのだ。
「——『キミたちの願いをひとつだけ叶えてあげる』、だろ?」
「うんうん、その通りなのだっ♡ それでキミは、リスキーちゃんに、何を『願った』のだー?」
「……」
「ほらほらぁ♡ 恥ずかしがらずにぃ♡ これは〈権能〉の確認も兼ねているのだから、正直に、答えるのだぁ♡」
……クソったれ。
上位存在なら、下位存在の思考程度。
簡単に読み取れるはずなのに。
どうやら底意地の悪い上位存在は、俺自身の口から、それを確認したいらしい。
(だけど主導権は、あっちにある)
今はこの場を切り抜けることが、最優先だ。
「たしか、『みんなを守りたい』……それが、俺の願い……だった、はずだ」
「うんうんうんっ♡ そうなのだっ♡ その通りなのだ〜っ♡ だから優しいリスキーちゃんは、シュウくんに、何よりも大事な『未来の情報』を、〈権能〉としてプレゼントしたのだ〜っ♡」
武力でも。
魔力でも。
財力でもなくて。
情報という、曖昧で強大な力。
それが俺に、上位存在より与えられた〈権能〉の、正体であるようだった。
(クソッ……そういうことだったのか)
おかげで長年の疑問が、ひとつ解けた。
(一周目の人生で、同じ神隠しにあった幼馴染は全員〈権能〉を覚醒させてたのに、俺だけがずっと覚醒していなかったのは、そういう理由だったのかよ!)
〈権能〉とは、異界に潜り続けた冒険者や、特殊な血統、あるいは今回のように上位存在から気まぐれで与えられた、一般的な魔力技能の枠には収まらない、超常の力を指している。
前回の人生では、リスキーによる神隠しから解放されたのちに、幼馴染たちは次々と強力な〈権能〉を、覚醒させていった。
だから当然、俺だって。
いつかそれが芽吹くと、信じていたし。
周りもそれを、期待していた。
でも……結局。
求めていた才能は、開花しなかった。
(ははっ、なんてこたぁねえな!)
ネタを明かされれば、簡単な話だ。
だってそもそも、種は、芽吹ける状態ではなかったのだから。
俺の、死によって。
一周目の終わりによって。
初めて開花する〈権能〉なんて。
そんなもの……
(……わかるわけ、ねぇじゃねえか!)
残酷な真実を知らぬまま。
ただ、滑稽に。
必死なって。
自分にもいつか〈権能〉が覚醒するはずだと、いつまでも健気に……愚かしく、縋っていた、俺の姿を。
前回のリスキーは、腹を抱えて。
笑っていたのだろうか。
それともこのリスキーは、前回の時間軸とは違うみたいから、記憶を共有できていないのか。
まあ、どっちでもいい。
ただただ、悔しい。
腹立たしい。
「あぁああああああっ!」
ガンッ、と。
何もない空間の床を、叩きつけた。
内から湧き上がる黒い感情を抑えきれずに、ダンッ、ダンッ、ダンッと、何度も拳を、虚空に撃ちつける。
(一体、何だったんだよぉ……俺の、人生ってっ!)
失敗を積み重ねて。
幼馴染たちに見捨てられて。
最後まで縋っていた、可能性まで。
あっさり虚構だったのだと、突きつけられて。
気が、狂ってしまいそうだ。
(いや、マジでもう、狂っちまってんのかもしれねえな)
大体、都合が良すぎるんだよ。
死んだ瞬間に、人生を周回できるだなんて。
死んだ人間の『魂』が一体どうなるのか、魔力学会でも散々と議論されていたが、もしかすると今の俺は、死んじまった俺の魂が見ている、夢みたいなもんなのかもしれない。
「まあ、キミがそう思うのは勝手なのだ〜♡ でも時間が惜しいから、話を進めてもいいのだ〜?」
「……」
……ほら。
やっぱり俺の内心なんて、透けて見えてんじゃねえかよ。
「いひひひっ♡ リスキーちゃんは、心も空気も読める、スペシャルな幼女ちゃんなのだ〜♡」
「……はいはい、そうかよ」
「あとついでに言うと、愛くるしい銀髪ロリで、永遠の10歳なのだ〜♡」
「……」
「えっへん♡ 崇めてくれていいのだぞっ♡」
絶対に嫌だ。
でも、仮に……本当に。
今の俺が〈権能〉によって、時間遡行しているのだとすれば。
(……やっぱり今は、コイツの機嫌を、損ねる訳にはいかねぇ!)
すでに、今更感はあるけど。
せめて、これ以上は。
不興を買うことを、避けないと。
「あ、ああ……気が向いたら、な」
とはいえ前回の感情を引きずっている俺としては、これが精一杯の、反応だった。
「いひひっ♡」
下位存在の葛藤を、見透かして。
可愛らしい幼女の声音が。
上機嫌に嗤う。
「うんうん、身の程を弁えている下位存在は、嫌いじゃないのだよ〜っ♡」
「……」
「それで、シュウくん? キミは一体、これからどうするつもりなのだ〜?」
楽しげに。
語りかけてくる。
「キミは一周目を経て、二周目の『未来』という、絶対的な優位性を得たのだ〜♡」
念入りに。
確認してくる。
「もちろん、今後の行動次第では、バタフライ効果? 的なアレで、細かい未来は変化してしまうかもしれないなのだけど、大筋は、基本的には変わらないのだ〜♡ とくに魔力災害は、世界単位の因果律も絡んでいるから、ほぼ鉄板なのだ〜っ♡」
じっくりと。
覗き込んでくる。
「……ああ、そうだな。それを知っているだけでも、俺の将来は安泰だ」
危険な災害を回避して、命を守る。
上昇する株を買って、資産を形成する。
大成する人間に恩を売って、人脈を築く。
たとえ前回ぶんの20年間までが、先取りの天井だとしても、それだけの『安定した情報』があれば、俺の人生はイージーモード確定だ。
「いやいや、そうじゃないのだ〜?」
だけどリスキーは、そんな薄っぺらい皮算用など、軽く笑い飛ばしてしまう。
追い詰める。
逃がしてくれない。
「本命は、そこじゃないのだよ〜?」
俺からは、認識できない。
しかし確かにこちらに向けられた、好奇の視線で……じっとりと。
深淵を。
心の闇を。
暴こうとする。
「……は? 何がだよ」
「んもう、わかってるくせにぃっ♡ リスキーちゃんが、知りたいのは、そんなどうでもいいことじゃなくて、キミが最初に願った、大切な『みんな』のことなのだよ〜っ♡」
「……っ! あっ、がっ!?」
瞬間、脳裏に。
【——ふざけるなッ!】
熱が。
記憶が。
怨嗟の絶叫が。
(な、なんだよ、これっ……!?)
噴火する、火山のように。
魂の底から、湧き上がってきた。
〈作者の呟き〉
邪神系幼女、書いてて楽しいです(^^)




