【25】後始末〈裏〉①
〈シュウ視点〉
ジンヤたちを護衛につけてユウヤとアキラ、それにユリカを含めた不良連中を一足先に帰宅させたため、廃墟のボウリング場は閑散としている。
敷地内を覆っていた結界が解除されたことで、薄闇に覆われた広場には、本来の静かな夜の闇が沈澱していた。
「あ……うぅ……」
ようやく静寂を取り戻した闇の中に、無粋にも男の呻き声が響き渡る。
「……っ! って、痛ぇええええッ! な、なんだよ、これッ!?」
「お目覚めか? クソ野朗」
「もがッ!」
耳障りな青年の悲鳴を塞ぐため、大きく開かれていた口元に、靴先を捩じ込んだ。
「選べ。このまま顎を砕かれるか、自分で黙るか」
「……ッ! ンーッ! ンーッ!」
必死の形相で首を縦に振る刺青男を見下ろしながら、少しの間を置いて、ゆっくりと靴を引き抜く。
(……うわ、汚ったねぇな)
これもお気に入りの靴だったのに、もう履けないかもしれない。
なにせ俺の靴には刺青男以外にも、ここに転がっているドミニオン連中の唾液がべったりと付着しているのだ。
「ったく、どうしてくれんだよ。テメエらの所為で汚れちまったじゃねぇか。弁償してくれんのか?」
「だ、だったらオイラが舐めて、キレイにしましょうか……?」
「……」
おいおい。
変わり身早すぎだろ、この刺青野朗。
依然として手足をぶち折られたまま、魔力を阻害する魔道具に拘束されている現状から一瞬で己の不利を理解したのか、最初に目にしたヒール面からは想像できないほど卑屈な笑みが浮かんでいる。
(一体どういう人生送ったら、こんな負け犬思考になれるんだよ)
弱者を虐げ、強者に媚びる。
そういった連中にも様々な生い立ちがあるのだろうから、一概に否定するつもりはないが、しかしあっちから絡んできたのなら話は別だ。
気分は乗らないが、外道の弱肉強食に従ってやるよ。
「次、ふざけたことほざいたら、歯ぁ全部へし折るからな」
「……ッ! す、すいませんでしたッ!」
コクコクと、必死の形相で頷く刺青男。
青年の醜態から視線を切ると、再び誰もいないボウリング場のプレイヤー席に戻り、腰を下ろした。
目に見える範囲には、まだ気絶したままか、刺青男と同じく自ら沈黙を選択したドミニオンの連中が、黒縄で拘束された状態で転がっている。
「……っ!」
俺の言葉通りに黙ったものの、忙しなく周囲を見渡している様子の刺青男に、先んじて告げておいた。
「無駄だよ、テメエ程度じゃエルの隠形は見破れねぇ。変な真似しようとした瞬間にまたオモチャにしてやるから、楽しみにしとけ」
ま、嘘だけど。
ガエルもジンヤと一緒に帰宅させたから、ここにいるのは俺ひとりだけ。
だがこう言っておけば、先ほど散々と圧倒的な暴力に晒されたドミニオンの連中は、刃向かう気なんて起きないだろう。
今も暗闇から微かな物音が響くたび、意識のある屈強な成人男性たちが、過剰に反応していた。
「あ、あのぉ……」
その中でも刺青男は、まだ根性がある方なのだろう。
情けない笑みを浮かべながら、声をかけてきた。
(……いや、勇気なんかじゃねぇ。コイツはただ『強者の機嫌を伺う術』に長けているだけだ)
油断のない瞳からは、打算の色が覗いている。
視線、雰囲気、態度、言葉遣い……
そういった諸々で『俺がこれ以上手を出すつもりがない』ことを察したのだろう。
胡散臭い媚びた笑顔を浮かべたまま、刺青男は『交渉』を持ちかけてきた。
「お、オイラたち、これから一体どうなるんでしょうか……?」
「どうなると思う?」
俺も少しばかり手持ち無沙汰だったので、戯れに問い返してみる。
「あ、だ、大丈夫っす。もちろん皆さんにはもう手を出しませんし、このシマからも、手を引きます! なんならアンタらの下についても——」
「——あっ? フザケてんのかテメエ?」
「さ、サーセン! 失礼しました!」
「……」
「ふへへ、オイラ、見ての通り学ナシなんで……」
ああ、やっぱりコイツ。
ふざけた言動をしているけど、頭の回転が早いな。
ピエロに徹することで、俺の警戒感を薄めようとしている。
地頭そのものは悪くないから、変に悪知恵が働くタイプの人間だ。
(ったく、そういう機微をもっと他の場面で発揮できてりゃ、良かったのによぉ)
ここまで堕ちてしまえばもう、手遅れである。
「……なぁ、テメエが考えていること、当ててやろうか?」
こういうタイプをへし折るには、肉体よりも精神だな。
「お前いま、自分たちはまだ助かるって考えてるだろ?」
「い、いえいえっ! そんなことは——」
「——『ここにガキどもがいねぇ』ってことは、つまりコイツは事件に関わったガキどもの『将来』を、守りたいはずだ。だったら自分たちを警察に突き出すと、芋蔓式にあのガキどもの火遊びまでゲロられちまうから、こうやって脅してても、なんやかんやで最終的には解放されるはず……って、そんなとこか?」
「……」
黙り込む刺青男から、先ほどまでの卑屈な笑みが消えた。
瞳は再び、恐怖に濁り始めている。
「甘ぇよ。オマエらは許さねぇし、逃さねぇ。俺たちに手を出した時点で詰みだ、諦めろ」
「そ、そんな……ちゃんとオレ、反省しますから! もうこんな馬鹿な真似、しないですって!」
「ああ、そうかもな。たしかに『これから』は、そうなるかもしんねぇ。未来なんて……まぁ、誰にもわかるもんじゃねぇし……」
「……?」
「……でもよぉ、だからって『過去』をまんま無かったことにはできねぇだろ?」
目の前のテーブルに積まれていた、ドミニオンたちからの押収品。
所有許可をとっていないであろう違法魔道具に、違法薬物、財布や携帯電話の中から……小型のビデオカメラを取り出した。
「ちっと中身を拝ませてもらったけど……今までまぁ随分と、好き勝手やってたみたいじゃねえか」
「……ッ!」
付け加えるなら、すでに他の男から聞き出したパスワードでロック解除した携帯電話の中身も確認済みである。
はっきり言って……反吐が出た。
間違いなくコイツらは、人間のクズだ。
「テメエらの小遣い稼ぎや、気まぐれ、ほんの暇潰しで、人生を滅茶苦茶にされてきた連中のことを鑑みると、どぉー考えてもオマエがこれから更生した程度で、償い切れるとは思えねぇんだけど?」
「だ、だったらどうするんだよッ!? 殺すってのかっ!?」
恭順の演技が通じないことを察して、今度は怒鳴り散らしてくる刺青男。
図星を突かれたときの、実にわかりやすい反応だ。
「言っておくけどドミニオンはなぁ、ここにいるのが全員じゃねぇ! オレたちに手ぇ出したらどうなるか、わかってんの——」
「——なぁ。気づいてるか?」
これ以上、クズの戯言に耳を貸すつもりはなかった。
「さっきから『オイラ』と『オレ』がごちゃ混ぜだぜ? キャラを作るんならもっと、徹底してくれよな」
「う、うっせぇ! テメエなんかにオレの、何がわかるんだよッ!?」
「あ? 知るか、ンなもん。理解する価値もねぇだろうが」
冷たく吐き捨てると、刺青男は悔しそうに歯を噛み締めていた。
だけどもう……時間だ。
コツ、コツ、コツ、と。
暗闇の奥から、足音が響き渡る。
「「「 ……ッ!? 」」」
刺青男を含めたドミニオンたちが過剰に身体を縮こませているが、残念、これはお前らの期待している人間じゃないんだよなぁ。
(コイツらにとっての『死神』ってことに、変わりねぇけど)
やがて、暗がりの中から姿を現したのは……
「……やぁ、親友。今日は月が綺麗だね」
夜を溶かしたような黒髪を靡かせて。
厳つい黒服たちを背後に引き連れた、月光のように冴えざえとした美少女である。
〈作者の呟き〉
男ばかりのむさ苦しい会話なんて、誰も望んでいないと思うのです。




