【24】後始末〈表〉②
〈シュウ視点〉
「え? そりゃガチギレてるよ?」
鬱から躁に切り替わったことでハイテンションに見えるものの、やはりアキラがドミニオンの連中から受けた恐怖が薄れているわけではない。
俺の位置から表情は伺えないが、声音には沸々とした怒りが宿っていた。
「ぶっちゃけアンタを思いっきり罵って、ぶん殴って、クソ男どもにひん剥かれて肌を触られても抵抗できなかったアタシの惨めな気持ちを、少しでも味合わせてやりたいっていう、気持ちはあるよ?」
「う、うん……っ! そう、だよね……っ! うんっ!」
「……でもさぁ」
チラリ、と。
一瞬アキラは振り返り、俺に視線を寄越す。
「すぅぅぅ……」
それから深く、息を吸って。
「ふぅぅぅ……」
長く、吐き出して。
「……んっ!」
それで、意識を切り替えたのか。
声音からユリカを責める色を消した。
「ぶっちゃけさぁ、ユリカもキツかったよね?」
「……ッ!?」
「まあ、部活ではぁ? たしかにアタシも、ウザいとこあっただろうし? これでお互い、チャラにしようよ!」
「そ、そんなっ! だってわたしが、よ、よわくて、ひきょうだったから——」
「——はいストップ!」
溢れそうになる懺悔を、堰き止めて。
アキラはユリカを抱き締めた。
「……っ!」
息を呑む少女の背中を撫でながら、諭すように語りかける。
「うんうん。実はさぁ、今日これ言うの実は二回目なんだけど……そうやって自分を否定する言葉は、口に出しちゃダーメなんよ。繰り返していくうちにどんどん自分で思い込んで、ホントになっちゃうから、反省はしていても、外に出す気持ちはちゃんと選ばないとマジでダメなの」
それは俺がかつて、自暴自棄に陥っていたアキラに伝えた言葉だった。
「——ですよね、カイチョー!」
「あ、あぁ……よく、覚えてたな」
「モチっす! これ、アタシのバイブルなんで、一生言い続けますよ!」
「……いや、それはちょっと勘弁してくれ」
普通に恥ずい。
ちょっと道を迷っていただけの少女に、精神的中年が偉そうにかました人生論なんて、黒歴史以外の何者でもない。
「えへへ! こればっかりはカイチョー命令でも、無理ですね!」
珍しく俺の言葉を拒絶したアキラは、笑顔を腕の中へと注ぐ。
「だからユリカも、頑張りなよ。頑張って……もっぺん、立ち上がりなよ。アタシだってできたんだから、ユリカにだってできる。もし無理そうなら……ちょっとぐらいなら、アタシでも手伝えるからさ!」
「い、いいの……だって、わたし……?」
「だっては禁止! 次言ったら、それこそ許さないかんね!」
「うん……うん……あっ、あり、ありがとぉおおおおっ! うぇーんっ!」
「よしよし」
とうとう涙腺が決壊したユリカを、アキラは苦笑いで抱きとめる。
「……いいのか、それで?」
少し甘すぎる気もするが、少女は迷わず首を振った。
「カイチョーが、いつも言ってるじゃないですか! 自分が救われたって思うんなら、そのぶんいつか、誰かを救ってやれって。たぶん今が、そのときですよね!」
「……そっか」
「それに差し引きで言ったら、ちょっと怖い思いしたくらいで新しいダチができて、カイチョーの服をゲットできて、ちょっとしたお姫様気分まで味わえたんだから、むしろプラスじゃないですか!? ねっ!」
背後で息を呑む気配。
お姫様から感謝を送られた白馬の王子様が、一体どんな顔をしているのか、わざわざ確認するほど野暮ではない。
(だったらこっちは、これで終わりだな。あとは……)
無言で睨みつけると……ビクッ!
一斉に身体を震わせる、先輩たち。
しかし俺は彼らから視線を外して、まずはアキラに頭を下げた。
「……すまん」
「ふぁっ!? か、カイチョーっ!?」
次いで振り返り、ユウヤにも頭を下げる。
「ユウヤも、すまねぇ」
「えっ!? な、なんでシュウが、頭を下げてるのさ!?」
衆目の前で頭を下げ続ける俺の姿に、二人は目を白黒させているようだが、ここは譲れない。
「……本来、この件を裁くのは被害者であるお前らだ。でもこの通り、今回だけはその裁量を、俺に任せてくれ」
「だからそうアタシら、さっきからそう言ってますよ!」
「シュウが頭を下げる必要なんかないって! いいから、頭を上げてって!」
「いいや、これは『ケジメ』だ」
権利を譲渡されるのではなく、許しを請うこと。
何よりも、この一件について詫びること。
どちらも必要な行為だ。
「俺はこれから、お前らには関係ねぇ『私情』でコイツらを裁く。そもそも今回の件は、俺の見通しが甘すぎた所為でもあるんだ。そういうのを引っくるめて、まずはちゃんと謝らせてくれ」
「そ、そんなこと——」
「——あるんだよ」
ユウヤの反論を、押し潰す。
事情を知らないコイツらが理解できなくても、俺だけは、俺を甘やかすことなんてできやしない。
(なにせ〈権能《一周目》〉っていうアドバンテージを持っていても、このザマなんだ)
現時点ではチートのおかげで周りから一目置かれているが、こんなヘマを続けていれば、いずれは前回のように見捨てられるだろう。
所詮この辺りが、秀才の限界。
だけど前回の俺はそれを認められずに歪んでしまい、結果として、より多くの不幸を量産してしまったのだ。
今回こそは失敗から目を背けずに、受け入れて、自分自身を厳しく律していかなければならない。
「それが組織のトップの、責任ってやつだ」
だからこそ、俺の代わりに叛星會を率いてくれるかもしれないユウヤには、ちゃんと筋を通したかった。
そして仮に、このあとの私情に塗れた俺の判断が、間違っていたとしても。
そうした失敗や、愚かしさが、少しでも本物の糧になってくれればそれでいい。
「とにかく今回の件は貸しひとつってことで、呑んでくれると有り難い」
「……まぁ、それでシュウの気が済むんなら」
「じゃあアタシは逆にカイチョーから貰いすぎてるんで、やっとひとつ返せたって感じですね!」
「……すまねぇ。あんがとな」
顔を上げると、二人の顔に安堵の笑みが広がる。
全く……こんなクソ野朗には、勿体無い仲間たちだ。
「……つーワケで、だ。アンタらには俺から罰を、与えさせてもらうぜ」
ともあれ、二人からの同意は得た。
改めて俺は正座している先輩たちに向き直り、判決を告げる。
「今度の中間試験で全員が、全教科90点以上をとれ」
「「「 ……? 」」」
無数の瞳に浮かぶのは、困惑と疑問符。
「あ、あの……え? テストで、90点?」
ややあって、彼らのリーダーでもある赤髪坊主頭の少年が、戸惑いがちに問いかけてきた。
「おぅ、聞き間違いじゃねぇよ。あとそれから最低でも一年間は、俺たちの部活に協力してもらおうか」
「そ、それはつまり、オレたちに會入りしろってことで……?」
「馬鹿野郎! なんでテメーらを、會に入れなきゃなんねぇんだよッ!?」
そもそも俺が第二ボランティア部を作ったのは、コイツらを叛星會の事情に巻き込まないようにするためだ。
今回は配慮が裏目に出ちまったようだが、ちょっと火遊びをしている程度のガキどもが、これ以上闇に染まる必要はない。
「……ッ!」
俺に拒絶された坊主頭は、表情を引き攣らせている。
「それに……これってぶっちゃけ、かなりハードル高いぞ? アンタらみたいなド低脳のうち、誰か一人でも点を落としたら、今度はちゃんと叛星會流のケジメをつけさせてもらうからな? 俺の期待を裏切ったら絶対に勘弁しねぇ。脅迫りにガジって、人生詰めてやるから、ラストチャンスだと思って死ぬ気で気張れッ!」
ま、そんな気はないけれど。
とにかく彼らには一度、死ぬ気で何かに、取り組んで欲しいのだ。
なにせ前世の俺は、中学校を卒業した彼らから散々と愚痴を聞かされている。
あのとき、ああすればよかった。
あの頃からもっと、努力をしておけばよかった。
途中で逃げ出すんじゃなかった……と。
そういう後悔を抱えるくらいなら、俺が今、コイツらのケツを蹴り飛ばしてやるべきだろう。
「謝罪とか、金とか、媚びとかそういうのは通用しねぇから、ただ『結果』を出せ。それが誠意っつーもんだ。もしこれくらいの根性すらみせらんねぇクソどもなら、もう容赦しねーぞ?」
「も、もしも……」
「あん?」
「もし……オレたちがその条件をクリアできたら、會に、入れてくれますか……?」
「……」
だから何で、そうなるよ?
「あ、甘ったれんな! まずは結果を出してからだろうが!」
「は、はいッ! その通りっす、あざま……ありがとう、ございますッ!」
勢いよく坊主頭の少年が頭を下げると、他の仲間たちも頭を下げてくる。
「か、カイチョー……」
「シュウ……」
「……わりぃ、今は何も言ってくれるな」
動揺のあまり噛んでしまった俺は、怖くて二人の顔が見れない。
それに、腑抜けた処置だという自覚はある。
でも精神的な中年としては、更生の芽がある若人たちにどうしても甘くなってしまうのだ。
(だけどまぁ……コイツらは、前哨戦だ)
そのぶんガキを食い物にする本命どもは、一切容赦しねぇけどな。
〈作者の呟き〉
ちなみにシュウが頭を下げている間のジンヤの表情に気づいた人は、幸いなことに、ガエル以外にはいませんでしたとさ(^^)




