【21】蹂躙
〈シュウ視点〉
「げっげっげっげっ!」
「——っ!?」
俺という鎖から解き放たれたことで、獰猛な本性を剥き出しにしたガエルの正面にいた刺青男が、表情を引き攣らせた。
直後に……バキンッ!
刺青男の白刃が、中性的な少年の手で飴細工のように『握り潰され』る。
「……はっ? いやオイ待て、なんだよそのちか——」
悲鳴混じりの疑問は、中途半端に途切れた。
刺青男がそれを言い終えるよりも先に、自分よりも頭二つぶんは小さい少年から放たれた半円を描く上段回し蹴りが、男の両腕を枯れ木のように『へし折った』からだ。
「——ぎゃあああああっ!」
悲鳴が、暗闇に響く。
「げっげっげっ!」
「チ、チクショウ! ふざけんなよクソガキぃ!」
一瞬、痛みに怯んだ様子を見せつつも。
それなりに経験を積んだ魔力技能者なのか。
両手をあらぬ方向へと折り曲げた青年は、苦痛を怒りで塗り潰すと、軍靴の先端から……ジャキンッ!
仕込み刃を噴出。
「シッ!」
無防備なガエルの頭部へ、鋭いハイキックを叩き込んだ。
「……んーっ?」
「んなッ!?」
けれど方錐形の先端は、少年の頭部を貫けない。
輪郭系の魔法技能によって変質した魔力皮膜を貫通できずに、皮膚の表面で停止していた。
風圧でゆらりと、太い三つ編みに結われた金髪が、僅かに揺れた程度である。
「いま、なにかしたぁー?」
「このッ……バケモノがぁッ!」
罵声を吐きながら刺青男が退いたことで、再びガエルの手番が回ってくる。
「げひひひっ!」
容易く振るわれる褐色の暴力が、すでに戦意を喪失した刺青男の両足を、順番に蹴り砕いていった。
「い、いだぃいっ! あッがぁああああっ!?」
両手両足を粉砕されて、芋虫のようにのたうつ刺青男を……
「あっはぁ!」
ズガンッ!
小柄な少年が、常識はずれの脚力で蹴り飛ばす。
ボールのように空高く打ち上げられた青年は、ジンヤの展開する魔力障壁の天蓋へと激突。
数秒間の滞空を経て……グシャッ!
地上に落下した。
「あっ……がっ……」
ビクビクと、痙攣。
血泡を吐きながら、呻いている。
魔力技能者なだけあって、さすが頑丈だな。
「よし、えらいぞエル。ちゃんと生きてる。しっかり加減できてるじゃねぇか」
「げひひひひっ!」
言いつけを守って見事に『八割殺し』程度に留めている弟分に近づき、手触りのいい頭を撫でてやった。
「……んー」
ガエルの中性的な顔に、可愛らしさが戻る。
目を細め、気持ち良さそうに頬を緩めていた。
「その調子で、残りも頼むわ」
「……んっ。任せて、にぃや!」
ぐっぐっ、と。
何度か足を撓めてから。
「げっ……ひひひっ!」
「ンノォオオオーッ!?」
黄金の三つ編みを翻し、砲弾のように飛び出したガエルは、次の白人男性へと肉薄。
掲げられたトンファーのような魔導具ごと、防御の構えをとった白人の両腕を、圧倒的な暴力で粉砕する。
「マイガァッ!? アメージング、⚪︎ァッキンモンスターッ!」
「げっげっげっげっ!」
無邪気な子どもが、虫の羽を捥ぐように。
哄笑する獣が、捧げられた供物を蹂躙していく。
その隙に俺はアキラを連れて、安全な場所まで移動。
以心伝心でジンヤもユウヤの確保に向かっていたので、合流しておいた。
「シュウ……」
「わりっ、待たせたな。大丈夫か?」
「……う、ううん、全然! 大丈夫だよ!」
馬鹿野郎。
大丈夫なわけあるか。
目を赤く腫らして、口元には血痕。
腹部には酷い痣が浮かんでいる。
内出血で済んでいればいいが、息をするだけでも酷い激痛に苛まれているはずだ。
(……ッ!)
だけど……ユウヤは、男として意地を張っている。
だったら俺も野暮は言わずに、上半身を拘束していた荒縄を解いていった。
「ごめん、僕——」
「——いいから。ちょっと黙ってろ」
たぶん、今は。
どんな励ましや、慰めの言葉も、コイツには届かない。
必要なのは、ただ時間だ。
ユウヤにも。
俺にも。
「——げっげっげっげ!」
早くも白人男性をボロ雑巾のように転がして、次の獲物へと襲いかかるガエルに、躊躇いの気配は微塵もない。
ガエルは強敵と戦うのも、ザコを甚振るのも大好きな、生粋の暴力主義者だ。
連中はストレスの発散に、精々利用させてもらう。
「ふ、ふざけるナッ!」
じきに仲間を盾として逃げ回っていた糸目男が、金切り声をあげた。
「オマエたち、ワタシたちが誰か、わかてるカ!? ドミニオン、敵に回す、後悔するヨ!」
「あ? 何処の、誰だって?」
丁度いい。
ユウヤたちをジンヤに預けて、喚く糸目男に歩み寄りながら、問い返してやる。
「ドミニオンなんて組織、聞いたことねぇよ」
「哈ッ、所詮、世間知らずの餓鬼ネ——」
「テメエら『黒月組』や『龍牙盟』の傘下って感じでもねえし……『狼の同胞団』とか『デビルズハンド』の連中ってことも、ねえよなあ?」
「——哈ぁ? 哈啊啊啊ッ!?」
見た目はガキに見える俺の口から、この辺りで有名なヤクザや帮、マフィアやギャングの名前が出てくるとは思っていなかったのだろう。
切れ長の目が、大きく見開かれていた。
「大手から弾かれた半端モンがせこせこと徒党を組んで、ガキ相手にイキってんじゃねえよ!」
「……ッ!」
図星、か。
怒りで口をパクパクさせながら、顔を真っ赤に染め上げる糸目男。
何にせよ、こんなガキにカマかけられた程度で狼狽えるド三流なんて、ろくな輩じゃない。
「う、五月蠅い! 五月蠅いウルサイうるさいネッ! チョーシに乗るな、臭小鬼ッ! こちにはまだ、人質が——」
「——テメエ、それしか能ねぇのか?」
天丼は、お笑いだけで十分だ。
会話の合間にも、糸目男がドミニオンの連中とは毛色の違う、怯えた様子の少年少女たちのもとへ接近していたのには気づいていた。
「ジン」
パチンと、指を鳴らす。
「はい、兄さん!」
即座によく通る美声が響いて、身を寄せ合っていた少年少女たちは、ジンヤの生み出した新しい結界に包み込まれた。
「糞がッ! ナンだコレ!? 去你的ッ!」
境界系の〈権能保持者〉であるジンヤなら、複数の魔力障壁を同時展開する程度は造作もないことだ。
汚い言葉を喚き散らしながら、糸目男が魔力障壁を殴りつけているが、たとえ専用の魔導具を用いてもアレを破ることは不可能である。
ジンヤの結界は敵を閉じ込める棺桶であり、仲間を守る盾だった。
「——エルぅッ!」
糸目男が恐慌している隙に、一息で数メートルの距離を詰める。
基礎的な魔力技能だけでも、この程度の肉体強化なら十分に可能。
「……っ!? 疾ッ!」
糸目男が袖元から繰り出した、暗器による一撃を回避しつつ……
(……お返しだッ!)
動けない、ユウヤに代わって。
ガラ空きの土手っ腹に、渾身の一撃を叩き込む。
「うぼホぉッ!」
痩せぎすとはいえ、成人男性の身体が数メートルほど宙を舞った。
でも……硬い。
相手の魔力皮膜を貫通できなかった手応え。
これでは決定打に至らない。
(——チィッ、やっぱり俺のチカラじゃ、この程度かよ!)
所詮はニセモノ。
ホンモノには及ばない。
だから。
「……あっはぁ♡」
投げられたフリスビーに飛びつく狩猟犬のように、空中に放られた玩具に本物が飛びついた。
「や、やめ——」
——ズドドドドドッ!
滞空中にも関わらず、驚異的な体幹を発揮するガエルは、恐怖の表情を浮かべる糸目男を……殴打殴打殴打殴打ッ!
「あばばばばッ!」
的確に急所を外しているため気絶することさえ許されず、数秒間のうちに百近い激痛を叩き込まれた糸目男は、受け身を取ることもできずに墜落する。
「……あっ……がはぁッ……」
細かく痙攣して、動き出す気配はない。
「ミ、ミスター・チャン!?」
「ミツルだけじゃなくて、チャンさんまで!?」
「不行了、快逃ッ!」
刺青男と糸目男が精神的な支柱だったのか、ドミニオンを名乗る連中はもはや総崩れだ。
「げーっげっげっげっげっ!」
叛星會の暴力装置を止められる魔力技能者は、もうこの場にはいないらしい。
逃げ惑い。
捕まっては。
次々と蹂躙されていく。
一致団結して抵抗するどころか、ただ喰い散らかされるだけの無様な獲物である。
(……趨勢は、決したな)
残党狩りに見切りをつけて、ユウヤたちのもとへ踵を返した。
「……やっぱり、凄いな。シュウは」
ぽつり、と。
俯くユウヤから、こぼれ落ちた声音。
俺への賞賛と、自責の念が込められたそれを——
「——んなこと、ないって!」
迷うことなく、アキラが蹴飛ばした。
「ユウヤだって、チョーカッコよかったし! マジでイケてた! アタシが保証するって!」
「……っ! そ、そうかな……?」
「うんうん♡ バッチバチに、イケ散らしてたぞっ♡ これぞオトコノコって感じで、今でも思い出すと、ドキドキするもんっ!」
「そ、そっか……あはは」
可愛い女の子から全力の肯定を受けて、健全な少年らしく、何とか気持ちを持ち直したらしいユウヤ。
はにかみながら、伏せていた顔を上げると。
「……ッ!」
薄暗いうえに。
メガネがないこともあって。
これまで意識から外れていたアキラの姿……
座り込むユウヤを前屈みになって覗き込む、下着と靴下だけを身につけた美少女を、改めて意識してしまったらしい。
ボッ、と。
一瞬で顔が茹で上がった。
「……あ、あははは! やーん、えっちぃっ♡ 的な?」
少年の反応でアキラも自分の状態に気づいたのか、両手で身体を隠しつつ、小さく舌を出している。
「……」
ユウヤが再び前屈みになった。
これはマズい。
「おい、アキラ」
「なんですかカイチョー……っ!? きゃっ♡」
「女が夜に、肌を晒すもんじゃねぇよ」
応急処置として、俺が羽織っていた上着を渡す。
「えー♡ きゃー♡ ありがとカイチョー、超大事にするねっ♡」
そそくさと、袖を通して。
わざわざ汗が染み込んだ襟周りに、アキラが小さな鼻を埋めた。
「……すんすん……カイチョーの、匂いだぁ……っ♡」
やめてぇ。
緊張からの解放で変なテンションになってるのはわかるけど、俺の上着をそんな風に嗅がないでぇ。
「……ッ!」
あと、ジンヤよぉ。
上着を貸したぐらいで、そんな睨むなって。
「……ジン」
「はい、兄さん!」
「あとでなんかメシ作ってやるから、我慢しとけな」
「わかりました! 約束ですよ!」
いちおう嫉妬心高めの番犬にも、釘を刺しておく。
(……あっ)
そこでふと、気づいた。
「……」
感情の抜け落ちた、ユウヤの表情。
「……えへへっ♡ これ、やっばぁ……アユムさんたちの言ってたの、ガチだわぁ〜っ♡」
ハイライトを失った瞳は、俺の上着に顔を埋めながら、何やら不穏なことを呟くアキラに釘付けとなっている。
(ごめん……なんか、ごめんっ!)
気まず過ぎる現実から目を背けるようにして、俺の意識は、今回の救出劇の起点となった数時間前にまで飛んでいた。
〈作者の呟き〉
可愛い子ほど曇らせたくなるのは、作者の悪い癖です。




