【20】闇を切り裂く光
〈ユウヤ視点(三人称)〉
ドサリ、と。
無抵抗な少年を一方的に甚振っていたはずの巨漢が、糸の切れた操り人形のように、力無く崩れ落ちた。
「んなっ!?」
予想外の光景に、間近で賭けという名の私刑を野次馬していた刺青男……ミツルが、目を剥いている。
(……今だッ!)
希望を捨てず。
理不尽な暴力に、耐えて。
最善手の時間稼ぎを続けたことで、ユウヤに千載一遇の好機が訪れていた。
この機を逃せばもう逆転の目はない。
「——うぉおおおっ!」
胸に宿る炎の猛りに身を任せて、鉛のように重い足を、咆哮で無理やりに叱咤。
困惑するミツルへと突撃する。
「……ッ! 舐めんなッ!」
しかし相手もまた、荒事慣れした裏稼業の住人である。
両手を封じられていることも災いして、ユウヤの吶喊はいなされ、あえなく組み伏せられてしまった。
(でも……せめて、コイツだけでもッ!)
先ほど身体の奥に芽生えたばかりの『熱』に、再び魔力を注ぎ込もうとして……
「……させっかよッ!」
ズガンッ、と顎に痛烈な衝撃。
一瞬、意識が飛びかける。
違和感を覚えたミツルが、密着していた身体を引き剥がしざまに、容赦無く靴先を叩き込んでいた。
「カハッ!」
口腔に広がる鉄錆の味。
バキンと、何かが砕けた音がする。
「このクソガキぃ、精神系の魔力技能者かよ!? でもこんな簡単に個人の魔力皮膜を貫通する魔法なんて、聞いたことねぇぞ!?」
一瞬の接触で、実戦経験の豊富な刺青男は、ユウヤの仕掛けた一手を正確に見抜いているようだ。
「哦っ! だたらそれ、レアな魔法……もしかすると〈権能〉かもしれないネ!」
「クソッ、ボンボンがよォ!」
仲間が倒れても心配するどころか、喜色を滲ませる糸目男……チャンとは対照的に、ミツルの表情は険しい。
「恵まれてんなァ! 神サマはどんだけ、不平等なんだよ!」
喚くミツルの瞳には、先ほどまでにはなかった純粋な怒りが灯っている。
「金もねぇ! 学もねぇ! 魔素適合者って才能も、チヤホヤされんのは最初だけで、すぐにその他大勢に埋もれちまう! テメエが! テメエらみたいなのがいるから、オレは——」
「——ミツル!」
理不尽な恨み言を撒き散らながら追撃を加えようとする刺青男を制したのは、叱責の声だ。
「……チッ、わかってますよ、チャンさん」
個人的な感情よりも。
組織の上下関係が優ったのか。
怒りを飲み込んでみせる、刺青男。
「まあいい、予定変更だクソガキ。テメエは持ち帰って、たっぷりと、調教してやる」
しかしその判断は、決してユウヤの安全には繋がらない。
「好! ワタシたち『ドミニオン』は、優秀な人材、歓迎するヨ!」
「い、やだ……」
勝手なことをのたまう、腐った大人たちに。
ユウヤは心の中で、激しく唾を吐きかける。
「ぼ、くは……叛星會の、ユウヤだ……お前らの、手先になんて、なる、もんか……っ!」
「叛星會? ああ、この辺りではしゃいでる、お遊戯会のことネ?」
「んなクソガキのお遊びと、大人たちのドミニオンを、一緒にすんじゃねぇよ」
シャリン、と。
冷たい金属音が鳴った。
ミツルの片手剣が、再び抜刀される。
「とりま、両手足を刻んで動かなくしてやるから、それでも威勢を吐けるもんなら吐いてみろよ」
「……ッ!」
身体にまだ、力は戻らない。
さっき無理をした反動なのか、指先ひとつ動かせそうになかった。
動けない獲物を見下ろして、ゆっくりと近づいてきた狩人が、鈍色の刃を掲げる。
「そんじゃま、まずは一本目——」
無情な銀閃が、薄闇に円弧を描く……途中で。
「——ッ!?」
ビタリと、停止した。
「……やるじゃん」
不自然な姿勢で硬直するミツル。
剣先を見上げるユウヤの耳には、ここにいるはずのない、少年の声が届いていた。
「——が、ガエルくんっ!?」
「げっげっ」
喉を、痙攣させるような。
奇妙な笑い声とともに、目の前の空間が揺らぐ。
「な、なんだぁ、テメエ!?」
おそらくは輪郭系の魔力技能で、自身の肉体を覆う魔力を変化させ、周囲の光景に溶け込んでいたのだろう。
擬態の解除とともに姿を現したのは、振り下ろされた刃を素手で受け止める、褐色肌の少年……ガエルだった。
「げっげっげ」
喉を鳴らして。
少年は、嗤う。
それがユウヤの健闘に対する賞賛なのか、狼狽するミツルに対しての嘲笑なのか、本人にしかわからない。
「クソったれが……離せよッ!」
唐突に現れた、不気味な少年に向けて……ズドンッ!
刺青男が、魔力強化を受けた前蹴りを放つ。
「げっげっげ」
だが……動かない。
嗤う少年は、微動だにしていない。
「ぐぅ……っ!?」
むしろ攻撃したミツルのほうが足を痛めて、悶絶している。
至近距離から繰り出された蹴りの威力よりも、無防備なガエルの肉体を強化する魔力技能のほうが、圧倒的に優っている証拠だった。
「げっげっげっげっ」
ただそこにいるだけで、空気を変質させる異物に、ミツルが『ドミニオン』と呼んだ男たちがざわめき始める。
「なんだコイツ、どこから現れた!?」
「ワッツ!? エネミーッ!?」
「落ち着きなサイ、皆サン!」
抑制の声は、彼らの頭目らしい糸目男から挙がっていた。
「無問題、おそらくその少年は、少女の仲間ネ! だたら、人質はマダ——」
「——とことんクソ野郎だな、テメエ」
直後にアキラを拘束していた白人男性が、崩れ落ちた。
白人から解放され、抱き止められた半裸の少女が目を輝かせている。
(……ッ!)
ほんの少しだけ回復した魔力で、視覚を強化したユウヤも、目から溢れる熱を抑えられなかった。
胸中に安堵が広がっていく。
「……シュウ!」
「おう、待たせたな」
呼び声に、応えてくれた少年は。
こんな惨状でも、冷静に落ち着き払っている。
唐突に放り込まれた闇の中、いつもと変わらない絶対的な安心感が、心の底から有り難い。
「よく頑張ってくれた。さすが俺の、見込んだ男だ」
「……ッ!」
今度こそ涙腺が決壊した。
熱い想いが頬を伝って、滴り落ちていく。
「カ、カイチョーっ!」
シュウが手にする短刀で猿轡から解放されたアキラも、感極まって抱きついていた。
「よしよし……アキラも、すまねぇな。とんだ貧乏くじを引かせちまった」
「……っ! ううん、そんなことないです! ただアタシが、ヘマうっただけで——」
「——んなことあるか!」
アキラを優しく庇い立てながらも、シュウの鋭い視線は、周囲の大人たちを見据えている。
「こんなのどう見ても、おまえらが被害者だろうが!」
闇を射抜く瞳は、鮮烈にして苛烈。
激情に滾っていた。
「……とにかく、反省会は後だ。今はとりあえず、このクソ野朗どもを片付けるぞ」
「哈、哈啊っ!? 何、言てるネ! 餓鬼が二匹、紛れ込んだ程度デ——」
「——ジン」
「はい、兄さんっ!」
バギィィィンッ……と。
空間が、軋む。
一流の冒険者たちが十人単位で発動させるような、強力な境界系の魔法技能によって、ボウリング場が外界から隔離されたことによる魔力の悲鳴だ。
吹き荒れる異常な魔力の中心には、床に突き刺した刀を起点として、白髪を靡かせる美男子……ジンヤの姿がある。
「兄さんに刃向かうゴミ虫は、一匹たりとも逃しません!」
「つーわけだ、エル。掃除の時間だ、『殺さない程度に壊して』いいぞ」
「げっげっげっげっ!」
主人からの許しを得て……ゆらゆら、と。
黄金の三つ編みを揺らしながら。
狂獣が、獰猛に嗤った。
〈作者の呟き〉
そしてヒーローは遅れて現れる。
……これも大事だと、思います!




