【19】闇の中で輝く光
(※)今回で鬱展開は終わりますが、不快な表現が多いので、苦手な方は本文をスキップして〈作者の呟き〉を確認してください。
〈ユウヤ視点(三人称)〉
少し前までのユウヤであれば、大人の言動に逆らうだなんて、考えもしないことだった。
パパやママ。
学校の先生や、先輩たち。
そうした人生の先達は子どもたちの指針であり、彼らの言葉に背くことは間違っている。
そうだ。
子どもとは、幼いのだ。
そして幼いとは、弱さである。
だから大人の言うことを聞いておけば、間違いない。
強い大人に逆らったところで、弱い子どもは勝てないのだから、最初から大人しく従順な姿勢を見せるべき。
今でもその認識全てが、間違っているとは思わない。
だが……
(……コイツらは、違う!)
叛星會と関わりを持つことで知った。
子どもは決して、弱い存在でない。
大人が思いのほか、間違っている現実も目の当たりにした。
何よりも。
子どもにだって、大人に立ち向かえる権利《強さ》があることを、証明してもらった。
だから。
「アキラさんから……みんなから、手を、離せよ!」
立ち向かう。
逃げない。
たとえ勝てないと、分かっていても。
最初から諦めることなんて、絶対にできない。
大きな壁から逃げ出すような人間には……なりたくない。
(もし、ここで折れちゃえば、それこそシュウになんて、絶対に届きっこない!)
数分後には、後悔しているかもしれない。
しかし今は、胸に宿る『熱』に従いたかった。
「哦」
身体を震わせながらも、はっきりと睨みつけてくる小柄な少年。
その視線を受け止めた糸目の男……チャンは、少しだけ目を見開いて、驚きの声を漏らした。
「なんと勇敢な、少年ネ!」
パンパンパン、と。
大袈裟に拍手を打ち鳴らす。
「しかも呪縛縄に巻かれたまま、魔力技能を使う、いや驚愕ヨ! 大したものネ! よほどいい老師に恵まれたカ!」
やはり上半身を拘束する荒縄は、対象の魔力を阻害する魔導具のようだった。
以前のユウヤであれば、魔力を練り上げることはできなかっただろう。
だがシュウに叩き込まれた魔力運用が、縛縄の拘束力を上回っていた。
「ふぅぅぅ……しゅぅぅぅ……」
細く、長い呼吸を繰り返す。
体内の魔素を正しく循環させて、無駄なく丹田へと流し込み、最大効率で魔力へと整えていく。
そうすることで、生まれた『熱』が。
魔力技能となり、勇気となって、両足を支えていた。
「へぇー、ガキンチョにしては、やるもんっすね」
「この状況で、ワタシたちに啖呵切る、見上げた度胸ネ!」
首筋から顔にかけて刺青を入れた男……ミツルの驚きに、チャンも同意して、賞賛を口にする。
(……ッ!)
ただし男たちの瞳に映るのは、露骨な愉悦だ。
「んじゃあそんな張り切りマンくんには、人生の先輩として、社会の厳しさを教えちゃおっかなー?」
「……ッ! ……ッ!?」
暴力の気配を滲ませたミツルが踏み出すと、猿轡を咬まされた半裸の少女……アキラが暴れるが、すぐに白人男性たちに取り押さえられてしまった。
「哦っ? もしかしてあの少年、アナタの男朋友カ? だたら見かけの割に、いい趣味してるネ」
動揺を隠せないアキラの態度に、爬虫類めいた男が嗜虐の色を深める。
「んだよ、ガキのくせに色気付きやがって」
パキパキ、と。
指を鳴らすミツルは、不快そうだ。
ユウヤの目の前まで移動すると、立ち止まって、無遠慮な視線を這わせる。
「ツラぁ見りゃわかるけどよぉ、テメエ、いいとこのボンボンだろ? それがナニ? 魔力技能者に認定されて、悪いトモダチもできて、ついでに可愛い彼女までできちゃったから、チョーシ乗っちゃったのかな?」
「別に、か、彼女じゃ……ありませんよ!」
「うわ、童貞ムーブ丸出しじゃん! キッモ!」
周囲の大人たちからも一斉に「ヒュー!」「プリティー!」「チェリーボーイっ!」などと、下卑た野次が飛ぶ。
(……ッ!)
恥ずかしくて、アキラを見られない。
でも、それでいい。
そのぶん恐怖に負けじと、目の前の刺青男を、強く睨みつける。
「……ムカつく目だ」
ユウヤの視線が、癇に障ったのか。
ミツルの眉間に皺が寄る。
「世間を知らねぇ。屈辱を知らねぇ。自分はまだ、何にでもなれるって信じてやがる。お前さぁ、この期に及んでまだ、ここからなんとかなるって、期待してるだろ?」
饒舌に語る口元には、酷薄さが浮かんでいた。
「ここはテメエらを拉致った場所から、車で1時間以上も離れてる。当然テメエらの携帯は潰してるし、魔導具の有無も確認済みだ……だから助けなんて、来ねぇよ。諦めろ」
現実を、叩きつける。
心を折りに来る。
「今ならまだ、カンベンしてやる。土下座して、チョーシくれてすいませんでしたって、詫び入れろや。そうやって可愛げを見せれば、オイラたちだって、鬼じゃねえ。少しくらいは手心を加えてやんよ」
そしてほんの少しだけ……妥協を見せてきた。
圧迫からの懐柔は、洗脳の常套手段だ。
とはいえ。
「……ふ、ふざけるなよ。どう考えても謝るのは、そっちじゃないか!」
ユウヤにそんな戯れは、通じない。
なまじ状況を理解できているからこそ、この誘いが毒餌であることを見抜けてしまうのだ。
(この人はただ、僕たちをオモチャにして遊びたいだけだ)
だから、逃す気なんて毛頭ないし。
抵抗すればするほどに、壊したくなる。
(でも、それでいい)
今はただ、一秒でも長く。
時間を稼ぐ。
それがユウヤにできる、唯一の抵抗だ。
「あっそ」
案の定、ミツルはあっさりと態度を翻した。
「チャンさーん? コイツ、やっちゃっていいっすよねー?」
「顔はダメね。ヤルなら、見えないとこヨ」
「了解っすぅー」
「オウ、ミツルサン! レッツ、⚪︎ァックタイム! ミーの出番ですカー!?」
「いいや、ボブのマグナムはもうちょい後だ。まずはオレの拳を、ぶち込んでやらねえとな」
ドクンドクンと、動悸が煩い。
心臓が痛いほどに、高鳴っている。
「ん〜♪」
ゆっくりと、焦らすようにして。
ミツルは腰元から抜刀した片手剣で……ガリガリ。
床に、線を刻む。
「もう離していいぜ」
ミツルの指示で、ユウヤを押さえつけていた黄色人種の男から解放された。
「なあおい、これ。これな? この足元の線、見えてるよな? そこにオマエさんの踵を合わせてみ?」
言われた通りに。
靴下すら剥ぎ取られた素足で、冷たい床の傷跡に、踵を揃える。
「そうそう! んで、ルールの説明な!」
刺青男の中でこのやり取りは、もはや一方的な拷問と化していた。
「三発だ」
見せつけるようにして。
片手剣を納刀した拳を、硬く握り締め。
腰だめに構えるミツルが、口元に昏い三日月を刻んだ。
「たった三発、オイラの拳に耐えれたら、オマエさんの勝ちだ。潔くオイラは手ぇ引いてやるよ」
「……ッ!」
「じゃ、ゲームスタートっ♡」
直後に衝撃。
強化魔法を纏っていない無防備な腹部に、容赦ない青年の一撃が突き刺さる。
「ケッ……か、はぁッ!」
「お、さすがエリート坊ちゃん、ガンジョーだねーっ♡」
たった一撃で、視界が歪む。
ボタボタと、涎が滴り落ちた。
(でも……耐えたっ!)
足元に刻まれた境界線は、超えていない。
「しかも、ナッマイキ〜っ! 他を捨ててまで足元だけ魔力強化するとか、やるじゃんっ!」
でなければ、衝撃で。
小柄なユウヤは吹き飛ばされていただろう。
すでに視覚の強化は解除している。
今の自分に練り上げられる、ほんの僅かな魔力を足元に全集中させることで、なんとか後退を防いでいた。
「おけおけ、じゃあ二発め〜んっ♡」
再度の衝撃も……耐える。
「よっしゃ、ラスト!」
三回目も、耐え切ってみせた。
「けひはぁっ! はっ、はぁ……っ!」
「おー、凄い凄い、見た目によらずガッツあるじゃねえか、クソガキ!」
パチパチパチ、と。
軽薄な拍手が、薄闇に響く。
「不好。ミツルの拳、ヘボいだけヨ」
「へへっ、サーセン」
呆れたチャンの指摘にも、ミツルの浮ついた態度は崩れない。
やはりこれは……
「イヤー! では、プレイヤーチェンジ! ネクストは、ミーの番ですネーっ!」
案の定、ミツルと入れ替わるようにして、筋肉隆々の黒人がユウヤの前に歩み寄ってきた。
「……チッ。ホント、可愛げのないクソガキだなー。少しはビビれよ」
微動だにしないユウヤに、刺青男が白けた表情を浮かべる。
(……まあ、そうだよね)
ミツルが提示した条件は、あくまで彼『個人』の話だ。
ゲームを語る以上、他の参加者にも権利があるという論理で推し進めてくるのは明白。
勝敗のジャッジだって、相手の胸三寸で決まってしまう。
端から勝ち目などない。
「……」
「オウ! そんな怖いアイズで、見つめないでくださーい! 大丈夫、ボブは腹パン得意だから、きっとボーイも、気にいるヨォ!」
嫌過ぎる特技だ。
一体どれだけの被害者を、生み出してきたのだろうか。
想像するだけで、反吐が出る。
恐怖よりも、怒りが勝る。
胸の炎がより一層に燃え盛る。
(負ける……もんかっ!)
不屈の闘志。
激しい感情。
洗練されて絞り出された、魔力の結露。
それらのピースが……カチリ、と。
噛み合う感覚があった。
胸の奥で『何か』が産声を上げる。
積み上げられてきた歯車が、一斉に回り始めた。
「では、ネクストゲーム、レッツ、スッタートォ!」
風を切る、重くて硬い拳が、腹部に撃ち込まれた。
胃袋がひっくり返り、吐瀉物と血が口元から滴る。
だが……ユウヤは、立っている。
「……」
ドサリ、と。
白目を剥いて崩れ落ちたのは、拳を振るったはずの巨漢であった。
「んなっ!?」
刺青男が目を剥いている。
(……ッ!)
瞳を滾らせる少年の胸には、轟々と、燃え盛る炎の渦が吹き荒れていた。
〈作者の呟き〉
追い詰められてからの覚醒。
……あると、思います!




