【17】帰路
〈ユウヤ視点(三人称)〉
「んあぁ〜っ! 今日も、たんのしかった〜っ!」
夜の空気に満ちた街中を、街灯に照らされる少年と少女が並んで歩いていた。
「やっぱ集会、サイコーっ!」
夜空に両手を、伸ばしながら。
満足げに、表情を緩めるのは。
「久々に、学校じゃ会えない叛星會とも絡めたし、星はヤバいし、クズノハちゃんは可愛いし、おじーちゃんとおばーちゃんは優しいし、カイチョーは相変わらずカッコ良過ぎるし!」
オフショルダーのシャツに、タイトなパンツとブーツ。
明るいパーマの髪から漂う甘い香りと、形の良い耳元に輝く校則違反のピアスという、その一挙一動に華やかな空気を纏わせる少女であった。
「……ねぇ、ユウヤもそう思わない!?」
垢抜けた少女が話しかけるのは、こちらはポロシャツにジーパンという、野暮ったさが抜けきらない小柄な少年……ユウヤである。
「う、うん……」
しかし、反応は鈍い。
(一体……僕とシュウの間には、どれだけの差が、開いてるんだろう)
思考は、ぐるぐると。
同じところを、巡っていた。
(どうすれば……あんな人間に、なれるんだ?)
無論、シュウが自分などよりも遥かに優れた人間であることに疑いはない。
目指すべき目標としては、十分過ぎるほどだ。
だが……その天凛があまりにも、常識からかけ離れている。
あの年齢で叛星會という組織を作り上げ、圧倒的なカリスマで星や會員をまとめ上げていること。
独自の視点で従来の魔素力学を超える理論を編み出し、仲間たちを鍛えていること。
住民たちと繋がりを持って、地域に貢献する集団として認知させていること。
魔力生物と交渉できる……どころか口論できるほど、強い信頼関係を築いていること。
さらには信用できる知人を通じて、株式投資や金の売買など、資産運用にも手を出しているらしい。
密かに有名なトレーディングカードを収集している程度、ご愛嬌だろう。
とにかく。
聞けば聞くほど。
知れば知るほどに。
その存在が……計り知れなかった。
(僕はシュウに、追いつけるの?)
ユウヤがスカウトされた目的は、最初に明かされている。
それを承知で飛び込んだ世界だが、現状では……隣に並ぶどころか、追いつける気配すら欠片も抱けていない。
期待はずれ。
役立たず。
面と向かって、言われたことはない。
しかしそう評価されていてもおかしくはないほどの無能を晒し続けていた。
(僕は……一体、何をやってるんだろ)
これから羽ばたく魔力技能者の雛として、希望と自信を胸に、中学校の門を叩いた。
そこで知り合った自分よりも遥か格上の少年に、少しでも近づこうと、背中を追いかけてみた。
しかし現実を、突きつけられるほどに。
影は、遠のいていくばかりである。
(こんなんじゃあ……そのうち、捨てられちゃうかも)
はぁ……と。
何度目かのため息が、口から溢れた。
その時である。
「……っ!?」
脇腹に、電流が走った。
「ア・タ・シを、シカトすんじゃねーっ!」
「ちょ、やめっ、あはっ、あはははははっ!」
必死に身を捩っても、意外と力強い少女の手は、脇腹から離れてくれない。
かといって、異性の身体を突き飛ばすような真似もできない。
しばらく、コチョコチョと。
両脇腹のくすぐりに蹂躙され続ける。
「……はぁ……はぁ、酷いよ、トウジョウさん……こんな、急に……」
「……やっべ。なんか、チョー可愛いんですけど……」
最後には脱力して、へにゃへにゃと腰砕けとなってしまった。
へたり込むユウヤを見下ろす少女の瞳には、妖しい輝きが宿っている。
「つーかさぁ、アタシのことは苗字じゃなくて、名前で呼んでくんない? 好きくないんだよね、苗字」
「……あ、アキラさん?」
「ん? 別に、呼び捨てでいいよ?」
「いや、それは……ちょっと、ごめん……ムリかも」
「きゃははは! マジメくんだねーっ!」
んっ、と。
差し出してきた少女……アキラの右手を。
ユウヤが握り返すと。
(……っ!? 手ぇ、ちっちゃ! それに柔らかいっ!)
今まで感じたことのない感触に目を剥いた。
「あ、ありが、とう……?」
「きゃはは! だからなんで、感謝するし!? ユウヤをコショり倒したの、アタシなんですけど!?」
まあ、それはその通りなのだが。
(別に……嫌じゃ、なかったっていうか……)
苦しいのに、嫌いではない。
名状しがたい感覚を言葉にして伝えることは、今のユウヤには少し難しかった。
「でもさぁ、さっきの『ひどい』にはツッコましてもらうんよ!」
ビシッ、と。
カラフルにデコレーションされた指先を突きつけて、ほぼ同じ高さにあるアキラの目線が、ユウヤを射抜く。
「こんなに可愛い女の子とデートしてんのにさぁ、ずっと上の空とか、そっちのほうがフツーに『ひどく』ない!?」
「あ、うん、そうだね……それは、ごめんなさい」
「いや『可愛い』を、スルーすんなし。ちゃんとツッコめよ」
「あ、ご、ごめん……」
「いやだから、マジ反応で謝んないでよ……」
どうにも、すれ違っている。
叛星會のノリとは異なるユウヤの対応に、アキラの顔も赤く染まっていた。
「あー、もーっ! チョーシ狂うなぁ!」
わさわさと、パーマを掻き上げながら。
羞恥心は最終的に、怒りへと転嫁されたようだ。
「これだから、マジメくんは! もっと柔軟に、空気読めよし! そんなんじゃあこれから先、會でやってけないよぉ!?」
「あ、ご、ごめんなさ——」
「——ごめんは禁止!」
咄嗟に。
口から溢れかけた、謝罪の言葉。
アキラの人差し指が唇に近づいたことで、飲みこまざるを得なくなる。
(ち、近い……っ!)
彼女の体温が、口先に感じられた。
「ダメだよ、ユウヤ」
逸れかけていた意識を、アキラの真剣な眼差しが引き戻した。
「そういう、自分を否定するような言葉は、思っていても簡単に口に出しちゃダーメ。そうやって繰り返していくうちに、どんどん自分で思い込んで、いつかホントになっちゃうから。だから反省をしていても、外に出す気持ちはちゃんと選ばないと!」
「……」
「……って、アタシもカイチョーの受け売りなんだけどね!」
「……いや」
だとしても。
「ありがとう」
「んっ!」
その言葉は、折れかかっていたユウヤの心に沁みた。
(そうだよ……何、勝手に諦めかけてんだよ)
自分で、選んで。
自ら挑んだはずなのに。
人生で初めて直面した大き過ぎる壁に、できない言い訳を並べ始めていた。
なんて……情けない。
「……っ!」
パチン、と。
自分の両頬を叩いて、気合を入れ直す。
「え? ど、どったの!?」
「……うん、目が、覚めただけだよ」
「いや、意味わかんねーし。マジメくん、ちょっと面白すぎない!?」
きゃははは、と。
アキラが笑い飛ばしてくれたおかげで、場の空気が和らいだ。
「でもさぁ……ぶっちゃけアタシはユウヤに期待してんだから、簡単に、挫けたりしないでよね」
「……っ!」
トクン、と。
鼓動が、跳ねる。
「えっ……僕に? ど、どうして?」
「んー……アタシと、同じだから?」
「お、同じ? アキラさんと同じ、学生寮組だってこと?」
第三中学に通う叛星會のなかで、学生寮に寄宿しているのは、ユウヤとアキラだけである。
だからこそ二人は集会のあと、こうして一緒に帰路についているのだ。
「んーん。そうじゃなくてさぁ」
アキラは首を横に振る。
「ほら、さっきアタシ、苗字が嫌いって言ったよね? アレってつまり、実家と上手くいっていない的な意味で、他県でもないのにわざわざ学生寮から通ってるのって、まあ、そういうことなんよ……」
「あ、ああ……そうなんだ」
「そっ。んでね、実はアタシの親って、ケッコーな金持ち。だからボンボンのクソガキが荒れてヤンキー堕ちとか、テンプレ過ぎてウケるよねー」
「……」
「でもさぁ……叛星會って基本、そういうファッションヤンキーじゃなくて、ガチじゃん? だからどうしても、みんなは気にしないって言ってくれても、アタシ自身が勝手に引け目を感じちゃってんだよねー」
「うん、それはわかるかも……」
ユウヤも會員たちと交流を重ねるうちに、自分では『当たり前』だと思っていたものが、実はそうではなかったという事実に衝撃を受けていた。
そうでない自分が、彼らに対する罪悪感のようなものを覚えている。
「ま、あっちからすればそれこそ『勝手に哀れむな』ってガチギレ案件なんだろうけどさぁ、そういう生い立ちってどうしようもないじゃん? だからアタシとしては、似たような境遇のユウヤを、カイチョーが直々にスカウトして、こうして會に馴染もうと頑張ってくれてんのって、めっちゃ嬉しいし応援したくなんだよね!」
「あ、ありがとう……?」
「いえいえ、どーいたしまして。でもこれはアタシが勝手にシンパってるだけだから、あんま気にしないで……んっ?」
ヴヴヴッ、と。
二人の会話を断ち切ったのは、アキラが肩から下げるショートバッグから放たれる振動音だ。
「ちょ、ごめんね!」
鞄から携帯電話を取り出すと、通話を始める。
「……はっ!? いやだから、それは前に断ったじゃん!? ……いやいや、そうかもしんないけどさぁ……」
通話内容は聞き取れないが、あまり気持ちのいい内容ではないらしい。
「……だぁかぁらぁーっ! そんなこと、アタシに言われても……」
アキラが、声を荒げるたびに。
ゆらゆら、と。
部室に飾られている神棚の狐像をデフォルメしたような、携帯用のマスコットが、明滅する街灯に照らされ揺れていた。
「……あー、もう、わかった! わかったから! 一旦、直に会って話そ! そのコンビニに、いるんだよね!?」
ややあって通話を終えたアキラが、申し訳そうな顔を向けてくる。
「ごめん、ユウヤ! ちょっとアタシ、寄り道していい!?」
「あ、うん……いいけど、何か問題?」
「別に大した用事はないんだけどさぁ、なんか部活の子が會に興味があるらしくって、話を聞かせてくれってうっせーのよ」
しかもその子は近くのコンビニで、待機しているらしい。
「ちょっとハナシつけてくるから、ユウヤは先、帰ってて!」
「いや……僕も、一緒に行くよ」
「……いいの?」
シュウにはなるべく、帰宅時は一緒に行動するよう言われていた。
だけど、そうでなくとも……なんとなく。
今はもっと、アキラと話したい気分なのだ。
「うん。アキラさんが、よければだけど」
「全然っ! むしろ嬉しいしっ! さんきゅっ!」
ちょっとだけ、踏み込んでみた申し出を。
満面の笑顔で、受け入れられて。
「……っ!」
緩みそうになる頬を、必死に抑えつける。
そうしてユウヤはアキラとともに、指定されたコンビニへと向かうため、街灯が途切れた夜道へと差し掛かったところで……
(……ッ!?)
バヂヂヂッ!
全身を貫くような激痛。
さらに背後から顔面を布に覆われて、甘い匂いが鼻腔をついた。
魔力技能を使うこともできずに、全身から力が抜けていく。
「……っ! んーっ!」
隣でアキラも襲われているが、身体が動かない。
急速に意識が、遠のいて……
………………
…………
……
〈作者の呟き〉
糖分を入れ過ぎたので、少しは辛さも補充しないとネ!
そしてこれにて、第三章も終了!
第四章はダークな展開から入りますが、本作にバッドエンドタグはついていないので、少し我慢しながら読み進めていただけると嬉しいですね。
m(_ _)m




