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【16】集会③

〈シュウ視点〉


 予定通り。


 昼前から開始した魔力鍛錬を、ひと通り終えて。


 夕方に差し掛かる頃には……ポツポツ、と。


 深尾神社の境内には叛星會の若い連中以外にも、このあたりに住む年寄り連中が、農作物などの手土産を持参して集まり始めていた。


「クケケケ! 良き哉、良き哉! 苦しゅうないぞ!」


「ははぁーっ!」


「ありがたや、ありがたや」


 土地の魔素濃度が、上昇したことで。


 魔力生物が非魔素適合者にも目視できる『受肉』を果たせるようになる以前から……この深尾神社にお参りしていたという、信心深い氏子うじこたちから崇められているクズノハは、大層にご満悦な様子である。


 右手の盃には、奉納された御神酒を。


 左手は、稲荷寿司をつまんで。


 もっちゃもっちゃ、と。


 忙しなく、口を動かしている。


 賽銭箱に小銭《信心》が投じられて祈りを捧げられるたびに、フッサフッサと、黄金の二尾が揺れていた。

 

「これ、ハルカよ! わっちの可愛い氏子たちに、しっかり恩寵を授けるのぢゃぞ!」


 本人は拝殿の内陣に居座りながら、下陣げじんへ向かって大上段に声を飛ばす。


「んもーっ! わかってるよぉ!」


 錫杖を掲げたハルカが、不満そうに声を荒げた。


「ちゃんとしっかり、やってるからぁ! クズちゃんはもっと、魔力をちょうだいよぉっ!」


 ハルカは治癒魔術を行使できる、希少な生態系の魔力技能者だ。


 さらに〈権能保持者〉でもあるため、体内魔力量は常人の比ではない。


 とはいえ今は魔力鍛錬として、クズノハからの魔力接続パスを通して送り込まれる魔力のみを使用しているため、普段のような力任せができずに四苦八苦していた。


「ケーッ! ならん、ならんぞ! 贅沢は敵ぢゃーっ! そも、うぬは恵まれ過ぎておるのぢゃから、少ない魔力で遣り繰りするすべを、ちゃんと身につけておかんかいっ!」


「そんなこと言ってぇ! せっかく集めた信心《魔力》をケチってるだけでしょ!」


「クケケケッ! さぁて、なんのことかのぉー?」


「むっかー! けちんぼーっ!」


 すっとぼけるクズノハに、ハルカが口先を尖らせていると……


「……悪いねぇ、ハルカちゃん」


「こんな老ぼれに、手間ぁかけさせちまってぇ」


 下陣に敷かれた茣蓙ござのうえに、腰を下ろしている老人たちから、申し訳なさそうな声が上がった。


「あんまり無理は、しなくていいからねぇ」


「クズノハ様を、困らせるんじゃないよぉ」


 奉納品の対価として。


 参拝を終えた、氏子たちは。


 恩寵と称して、クズノハから魔力を受け取ったハルカによる治癒魔法を受けることが、恒例となっている。


 また茣蓙の上にはハルカ以外にも、叛星会の魔力技能者たちが待機しており、各々の魔力技能を用いることで老人たちの体調回復や改善に努めていた。


「そ、そんなことはないから!」


「そうぢゃぞ、わっちの可愛い氏子たちよ!」


 老人たちの恭しい態度に、少女と妖狐が揃って狼狽する。


「むしろ、こっちこそごめんねだよ! 魔法の練習に、付き合ってもらっちゃって! っていうかちゃんと効いてる!? 大丈夫!?」


「そうぢゃとも! 氏子たちにはこれからも、末長く、わっちを奉じてもらわねばならぬのぢゃ!」


 む、いかんな。


 なんだか良くない方向に、エスカレートしているぞ。


「ねぇ、クズちゃん!」


「うむ! そのためならばこの程度の魔力、惜しくもない! 大盤振る舞いぢゃ——」


「——はい、ストップ」


 パンッ、と手を叩いて。


 一人と一体の暴走を、堰き止める。


(……ったく、念の為に様子を見にきてよかったぜ)


 ユウヤと境内を見回っていた俺は、腕を組み。


 勝手な真似するハルカに、呆れ顔を向けた。


「ハル」


「うっ……」

 

「何度も言ってるけど、治癒これはボランティアじゃなくて魔力鍛錬の一環なんだって、わかってんのか? 人数分の必要な魔力量は計算してるんだから、余計なマネすんなって」


「で、でもぉ……」


「でももクソもねぇ」


 じろりと睨みつけて、二の句を継がせない。

 

「これが俺の方針だ。文句あんのか?」


「……うぅん」


 口先を尖らせるハルカは不服そうだが、それ以上の口答えをする様子はなかった。


(俺的にはむしろここで、ちゃんと自分の意見を貫いてほしいんだけどなぁ)


 みんなの役に立ちたい、という優しさは。


 誰にも嫌われたくないという弱さの。


 裏返しでもある。


 このぶんだと一周目と変わらない彼女の問題改善には、まだ時間がかかりそうだ。


 さておき、今度は……

 

「……クズもさぁ、あんまりコイツを甘やかさないでくれよ。人には過ぎたるは及ばざるが如しって格言があること、知らねぇの?」


「ケーッ! 相変わらず、小生意気なボウズぢゃのぅ!」


 従順なハルカとは違って、クズノハは大層にご機嫌斜めである。


 二本の黄金尻尾を逆立てて、魔力まで迸らせてやがる。


 顔も若干、獣化じゅうかし始めていた。


「ちょ、シュウ!? クズノハ様にそんな口の利き方をして、大丈夫なの!?」


 あからさまな威圧の態度を前にして、免疫のないユウヤなどは、腰が引けているが……


「いいんだよ」

 

 生憎と、俺とクズノハは。


 そういった間柄ではない。


「このエロババアは狐のくせに耳が遠いんだから、言いたいことははっきり言ってやんねぇと、伝わらねぇんだ」


「ケーッ! なんたる不遜ッ! 不敬なり! 斯様な口の利き方など、いかにわっちの信徒とはいえ、許されるものではないぞ! あまり思い上がるなよ、人間ッ!」


「おぅおぅ、テメエひとりじゃろくに信心を集められなかったへっぽこ妖狐が、随分とイキってくれるじゃねえか! つい最近まで一尾のビリっけつだったヘボ妖狐が、二尾になったくらいで、チョーシくれてんじゃねえよッ!」


「ききき貴様ぁ! 言うては! いかんことを、言うたなぁ! そこへ直れ! 躾ぢゃあ! わっちが直々に、そのひん曲がった根性を、躾し直してくれようぞ!」


「上等だコラぁ! テメエこそ天狗でもねぇのに伸びた鼻っ柱、叩き折ってやんよ!」


 互いに遠慮の欠片もない罵り合い。


「あ、あわわわ……」


「はわわわ……」


 ユウヤとハルカは揃って、泡を吹いているようだが……


「……えぇんよぉ、クズノハさま」


「シュウちゃんの言う通りだからねぇ」


 水を注いだのは、代々この神社に通っているという年配の氏子たちである。


 俺たち向けられる皺に埋もれた瞳には、透徹した、優しい光が宿っていた。


「人を育てるにはねぇ、こういう厳しさも、ときには必要なんよぉ」


「甘やかすだけじゃなくて、ちゃんと、守るべきこと、我慢することを、教えてあげられる人は、立派なもんさねぇ」


「……いや、俺は別に、そういうのじゃないんだけど」


「えぇからえぇから」


「でもシュウちゃんはもう少し、素直になったほうが、可愛げがあるかもねぇ」


「……」


 ダメだ。


 やっぱり口先では、前回の俺の分を合わせても、その倍近くも生きている老人たちに勝てる気がしねぇ。


 口答えすればするほど、なんか目つきが、優しくなっていくんだもん。


 無敵かよ。


「……ふんっ。氏子衆に、救われたのぅ」


 クズノハも諍いを続ける気が失せたようだ。


 尻尾の逆立ちと共に、魔力を鎮めていく。


「ぢゃが勘違いするでないぞ、シュウ。確かにわっちは、うぬに多少の恩がある……とはいえ、だからといって全てを許容しておるわけではないのぢゃ。ちゃんと相応の、適切な礼節と言うものを、弁えるがよい」


「そっちこそ、勘違いすんなよな。俺とアンタは、協力関係なんだ。どっちかがどっちかに、忖度や依存してるわけじゃねえ」


 かつての、公園爆破事件以降。


 手頃な魔力鍛錬の場所を探していた俺たちが目をつけたのが、そこそこの広さがあり、土地としての魔力の巡りが良く、定期的な清掃活動を条件として宮司の許しを得ることができた、この深尾神社だった。


 しかしそこに少年少女好きの妖狐クズノハが祀られており、彼女のお眼鏡に叶ったことで、こうして協力関係を取り付けることが叶ったことは、本当に偶然である。


 もしかするとこれも『因果律の上振れ』なのかもしれないが……


 とにかく。


 この妖狐一族は放っておくと前回みたいに妖魔化して、人喰いになりかねないから、可能なら手懐けておくに越したことはない。


(現時点でも俺たちに、そこそこの『メリット』はあるからな)


 それにどのみち俺は、いずれこうした管理職の立場から、フェードアウトする気満々である。


 だったら尚更に、俺個人がクズノハの好感度を稼ぐ意味はない。


 むしろ俺をダシにして、他の有能な人間への好感度を稼いでおきたいくらいだ。


 だからこその、これほどまでに強気な態度と発言である。


「……っ!」


 ……だからよぉ、ユウヤ。


 そんなキラキラした目で、俺のこと見ないでくれる?


 あと老人たちの世話をしていた會員たちからも、視線が突き刺さってんだよね。


(でもこのタイミングで何を言ったところで、もう下手くそなツンデレにしかなんねぇしなぁ)


 はぁ……と。


 嘆息がこぼれ落ちる。


「……はいはいはい! とにかく、さっさとジジババどものリハビリを片付けてメシにするぞ、メシ! ノルマ達成できてねぇヤツは、メシ抜きだからなーっ!」


 先ほどから境内には、美味そうな匂いが漂っていた。


 この場にいないアユムたちが、参拝者たちが持ち寄った食材の一部を使用して、夕食の支度を行っているためである。


 星たちによる、魔力鍛錬のあとは。


 地域の住人たちと一緒に、食事をとる。


 これが叛星會《俺たち》の、定例行事《集会活動》だ。


「働かざるもの、食うべからず! でもって食う時はちゃんと食材と、それを提供してくれたみなさんに感謝しろよーっ!」


「は〜いっ♡」


「……スンスン。この匂い、今日は豚汁かのぉ」


「いや、クズよぉ。おまえまだ、食うつもりなのかよ……」


 笑顔を取り戻したハルカはともかく、食い意地の張った妖狐には呆れる他ない。


(……まあ、いいや。利用できるものは、なんでも利用させてもらうさ)


 とはいえ、だ。


 多くの人と、関わるほどに。


 多くの魔力が、集まるほどに。


 形成された力はうねりとなって、大小の波を作り出す。


 因果律の歪みなどではない、人々の悪意が、このあと俺たちを襲うのだった。


〈作者の呟き〉


 おばあちゃんには、勝てなかったよぉ……。 

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