【12】部活①
〈ユウヤ視点(三人称)〉
「……おい、新入りぃ! おにぃがいないからって腑抜けてんじゃねーぞ!」
「兄さんが用意してくれた設備を使っている以上、資源と時間を無駄にしないでくださいね」
「は、はいっ!」
左右から飛んできた叱責に、ユウヤは慌てて背を伸ばす。
小学校まで暮らしていた地元を離れ、魔力適合者たちが集められた東京第三中学校に学生寮から通い始めてから、およそ一ヶ月。
入学早々にシュウが立ち上げたこの『第二ボランティア部』に所属してからは、三週間ほどが経過している。
校庭に設置された運動部用の部室棟ではなく、文芸部が集められた校舎内の一角。
放課後になって活気づいた生徒たちの声に、パソコンの稼働音とリズミカルな打鍵が混じり合って、部室に響いていた。
(……はぁ)
入学前は意気揚々と、目の前に広がる素晴らしい未来図になんの疑いを持っていなかったユウヤだったが、今ではその表情に翳りが差している。
(僕は一体……何を、勘違いしてたんだろ)
1999年に発生した大異界蝕以降。
魔素が地上に溢れたことで、ダンジョンやモンスターが世界中に発生。
かつてない混乱の最中に、多くの命が失われた。
一方で、それらを攻略や討伐することで得られる資源や素材は、今や世界の新たな金脈となっている。
魔力に翻弄される世界情勢。
時代を牽引する魔力適合者たちに、人々の期待や羨望、不満や嫉妬が集中するのは必然だった。
『——大丈夫、お前なら「パパたち」と違って立派な魔力技能者になれるさ!』
『——ママたちはずっと、応援しているからね!』
ユウヤの通う第三中学は、学力や家柄だけで入学できるような学校ではない。
大事なのは『魔力』であり、国の定期検査で一定水準に満たない者は、たとえ合格点を取っていたとしても足切りされるという噂すらある。
言ってしまえば選民思想の萌芽だが、これからの時勢で『持つ者』と『持たざる者』の社会的な格差が開いていくのは明白。
そして近年の魔素力学によると、人類が魔素に適応するためには、幼少期から成長期にかけての『適度な魔素負荷』が重要らしい。
つまり大異界蝕以前に生まれた多くの大人たちは、魔素適合の機会すら与えられていないのだ。
(パパやママに褒められて、浮かれてたんだなぁ)
適合者に至れなかった大人たちの、適合者の子どもに向ける感情が肥大化してしまう事例など、珍しくもない。
そうして周囲から歪んだ愛情や期待を注がれ続けた若芽が、歪んでしまうことも……
(……魔力適合者になれた『だけ』で、すごい人間になんて、なれるわけがないのに)
ここ最近溜まり続けていく一方の苦味が、またしても口から溢れ出た。
「おいテメエッ、まァたため息かァ!? やる気ねぇんならさっさと帰れよッ!」
「……っ! ご、ごめんなさいっ!」
カタカタ、と。
ネイルアートで彩られた指先を、キーボードの上で器用に踊らせて。
ブラインドタッチのため作業中にもかかわらず、形の良いアーモンド型の瞳でユウヤを睨み付けてくるのは、カラフルな髪をツインテールにまとめた小麦肌の少女……アユムだ。
「何度も言ってるけどウチらはまだアンタのこと、叛星會だって認めてねーから! おにぃのお気にだからってチョーシこいてると、許さねえぞ!」
その可愛らしい見た目とは裏腹に、ユウヤに対する風当たりは強い。
シュウの勧誘を受けるかたちで、まずは部活動に『お試し期間』として参加するようになって以降、ずっとこの調子である。
「一体どんな手ぇ使っておにぃにゴマ擦ってんのか知らねぇけどよぉ、ウチらの目が黒いうちはナメたマネさせねぇからな! なッ、ジンヤぁ!?」
「僕は別に、興味ありませんよ」
同意を求める声に視線も寄越さず答えたのは、中学生らしからぬ長身と美貌を有する白髪の美男子……ジンヤだ。
淡々とした声音には。
好き嫌い以前の問題として。
言葉通りに、関心が存在していなかった。
「彼がどんな人間であれ、兄さんの役に立つのなら問題ありません」
カタカタカタ、と。
機械のような正確さで打鍵を続ける少年の机上には、シュウから託された紙束が、山のように積み重なっている。
「いずれにせよ、兄さんにとって一番有用なのは僕ですから」
時折、資料に視線を落としては、目にも止まらぬ速度で情報を入力していく。
「僕はただ、それを証明し続けるだけ。それ以外の評価なんて全て無価値ですよ」
「はぁぁっ!? おにぃが一番頼りにしてくれてんのは、ウチだし! 言われた雑務しかこなせない無感性君は黙ってろよ!」
「……別に、やろうと思えば僕にだって創作はできますよ。ただ余白が少々、物足りないだけで」
「あぁん? エンタメにとっては、その余白こそが大事だってぇの! ガチガチに理論で固めた青写真なんて誰も興味ねーから!」
「……要は、棲み分けの問題です。キミはそのエンタメ能力とやらを活かした広報の質で、僕は処理能力を活かした事務作業の量で、それぞれ兄さんの役に立てばいい。評価は兄さんが決めてくれます」
「上等だぁ! 負けたらアイス、奢りだかんな!」
「お受けしましょう」
「……」
途中から。
完全にユウヤを置き去りにして。
勝手に盛り上がる二人だが、会話の最中も指先は一切止まらない。
おそらくシュウから教わった魔力技能『並列思考』を、恒常的に使用しているのだろう。
こうした魔力技能を無意識レベルで使い続けるには、才能だけでなく、相応の修練が必要なはず。
(凄いなぁ、ふたりとも)
この三週間ほど。
シュウから直々に、手ほどきを受けてきたからこそわかる。
彼が独自に構築したという常識外れの魔素力学と、いとも容易くそれを使いこなしている幼馴染たちの異常性は、それまで『特別だ』と自惚れていた慢心を粉々に打ち砕いていた。
しかも彼はそれを独占せずに、會員たちに分け与えて、組織を強く育てようとしているのだ。
行き場のない人たちを束ねて、新たな居場所を作り上げようとしている。
利己ではなく、他者のための献身。
それは家族や学校といった、小さな世界でしか生きていなかったユウヤが、これまで気づきもしない視点だった。
(シュウも、星の人たちや會員のみんなも、本当にすごいや)
シュウの指示で、掛け持ち部員として様々な部活に散っていった會員たちも、この一ヶ月ほどですでに様々な成果を上げている。
珠玉の才能に、晒されて。
心を折られることなく。
むしろその輝きに近づこうとする姿は、魔力適合者という肩書きに自惚れかけていたユウヤの心を、鮮烈に抉っていた。
(……よっし!)
軽く頬を叩いて、気合いを入れ直す。
(僕だって、負けないぞっ!)
とにかく今はひたすらに、研鑽あるのみ。
シュウの計らいで部室には、合計四つのデスクトップPCが設置されている。
奥の部長席に一台。
残る三台は部員用で、現在はアユム、ユウヤ、ジンヤの順に、並んで使用中だ。
部活用のHP作成。
プログラミングの練習。
頼まれた資料の入力、と。
それぞれの作業にしばし没頭。
「「「 …… 」」」
無言で集中する三人の少年少女たちを、部室の神棚に祀られた狐の像が、静かに見下ろしていた。
〈作者の呟き〉
このように本作は、主人公(一人称)とそれ以外(三人称)で、進めていく予定です。
そして余談ですが、本日は作者の誕生日なので、2話更新いたします。
(^^)v




