表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大宋英雄譚 ――借金まみれの農民が、腐った貴族どもをぶっ飛ばして皇帝になった件――  作者: ブキ
大宋英雄譚 ――借金まみれの農民が、腐った貴族どもをぶっ飛ばして皇帝になった件――

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/19

第五話「淮水の策戦」

盧循の大軍を前に、さすがの俺も「正面から突っ込む」だけでは勝てないことくらいわかっていた。


数万対三百。

さっきは勢いで言ったが、こればかりは狂気では覆せない壁がある。


「穆之、お前の知恵を貸せ」

「ようやく私の出番か」


劉穆之は皮肉めいた笑みを浮かべ、地面に棒切れで図を描き始めた。


「盧循の強みは三つ。第一に数。第二に船。第三に『正統性』だ」

「正統性?」

「彼は范陽盧氏という名門の出だ。ただの反乱軍なら民はついてこないが、貴族が『腐敗した朝廷を正す』と旗を掲げれば、話は別だ。知識人も、地方の豪族も、彼の側につく」


なるほど、と俺は唸った。

力だけでなく、大義名分まで持っているのか。


「だが、弱点もある」

「なんだ」

「船だ」


劉穆之は淮水の流れを指さした。


「盧循は水軍を主力としている。孫恩から受け継いだ船団は確かに強力だが——それを維持するには莫大な物資がいる。特に、船を停泊させるための『良港』と『補給拠点』がな」

「つまり、補給線を断てば弱るのか」

「そうだ。ただし——」

「ただし?」

「我々の兵力は三百。正面からの補給線攻撃など、簡単に包囲されて終わりだ」


「じゃあ、どうするんだよ」

檀が口を挟んだ。


劉穆之は一呼吸置いてから、短く言った。


「火だ」


---


その夜、俺と檀は精鋭十名だけを連れ、淮水の支流を密かに下っていた。


「大将、まさか俺たちだけで船団に火をつけに行くのかよ」

「まさか。それは囮だ」


「囮?」

「俺たちが派手に騒ぎを起こす。その隙に、穆之が別働隊で本命を叩く」


劉穆之の作戦はこうだった。


盧循の補給拠点は三つある。いずれも淮水沿いの小城塞で、互いに連携して守りを固めている。


一つを攻めれば、残り二つから援軍が来る。正面から三つ全てを落とす兵力はない。

だが——援軍が「出払った後」ならどうか。


「まず俺たちが一番南の拠点を夜襲する。敵は援軍を送るために他の拠点から兵を動かす。そこを——」


「穆之たちが空っぽになった拠点を落とすってわけだ」

「そういうことだ」


月のない夜。淮水の水面は闇に溶け、小舟の漕ぐ音だけが静かに響く。

俺たちは闇に紛れて、最初の標的——南の補給拠点へと近づいていった。


---


城塞の守備兵は二百ほど。

対して、俺たちは十一名。


だが、夜襲において数は関係ない。混乱させれば、こちらの勝ちだ。


「檀、手筈通りにな」

「あいよ」


俺は単身、城壁をよじ登った。見張りの兵が二人、松明を掲げて巡回している。


一人目——背後から近づき、口を塞いで首を絞める。静かに沈む。

二人目——振り返った瞬間に、刀の峰で後頭部を打つ。崩れ落ちる。


門の内側から閂を外し、仲間を招き入れる。

ここまでは完璧だった。


「よし、火をつけろ」


乾燥した藁と油壺を倉庫に投げ込み、火を放つ。

一瞬で燃え上がる炎。


「火事だ!!」

「敵襲——!!」


城内が騒然となる中、俺はあえて大声で叫んだ。


「南の拠点を制圧したぞ!! このまま北へ向かえ!!」


もちろんハッタリだ。だが、混乱した敵には真実かどうか判断できない。


「て、敵は北へ向かうだと!? 急いで北の拠点に伝令を!!」


よし、騙された。

伝令は北へ走る。北の拠点は援軍を出すために手薄になる。


「大将、そろそろまずい!! 敵が集まってきてる!!」

「わかってる。ずらかるぞ!!」


俺たちは城壁を飛び降り、待機させていた小舟へと走った。

背後から矢が降り注ぐが、闇に紛れて狙いは定まらない。


「全員いるな!?」

「ああ、なんとかな!!」


小舟が岸を離れ、流れに乗って下る。

振り返ると、燃え盛る城塞が夜空を赤く染めていた。


---


翌朝、合流地点で待っていた劉穆之は、満足げな表情で俺たちを迎えた。


「作戦は成功だ。北と東の拠点を無傷で制圧した。捕虜は五百、物資は船団ごと押さえた」

「こっちの囮は上々だったってわけか」

「ああ。見事な狂犬ぶりだったと聞いている」


俺は苦笑いしながら、草の上に腰を下ろした。


「だが、まだ盧循の本隊は無傷だ。これで戦力差は縮まったが、まだ数倍はある」

「それについては、次の策がある」


劉穆之は一通の書簡を取り出した。


「投降した兵の中に、盧循の側近の親族がいた。そいつを介して、盧循に停戦交渉を申し込む」

「停戦?」

「もちろん、本気ではない。時間稼ぎだ」


「時間を稼いで、どうする?」

「北の桓玄が動くのを待つ」


俺は眉をひそめた。


「桓玄? あいつが俺たちに加勢するわけが——」

「加勢させるんじゃない。利用するんだ」


劉穆之の目が、冷たく光った。


「桓玄は盧循の反乱を黙認していた。反乱軍の勢いが増せば、朝廷は桓玄に頼らざるを得ない。つまり、盧循の存在は桓玄にとって『政治的な餌』なのだ」

「つまり、俺たちが盧循を倒しちまったら、桓玄の目論見が外れるのか」

「そうだ。桓玄は、盧循が滅びる前に介入してくるだろう。自分の手柄にするためにな」

「で、その援軍と共闘するふりをして——」

「君が真っ先に敵将の首を取れば、手柄はこちらのものだ」


なんというか、劉穆之の頭の中はいつも何重にも策が巡らされている。

俺には到底真似できないが——信頼はできる。


「よし、その作戦に乗った」

「決まりだな」


---


数日後、淮水のほとりで盧循との会見が実現した。


敵の大将は、噂に違わぬ貴公子だった。白い衣に身を包み、物腰は柔らかく、どこか詩人のような風情がある。


「そなたが劉裕か。たった三百で私の補給拠点を落としたというのは、冗談かと思っていたが——どうやら本当らしい」


「お褒めにあずかりどうも」


俺はぶっきらぼうに答えた。

こういうインテリ貴族とは、どうも馬が合わない。


「して、停戦の条件は?」

「互いに兵を引き、一ヶ月の猶予を置く。その間に恒久的な和平を話し合おう」

「ふむ……時間稼ぎ、か?」


盧循は笑った。見抜いている。


「だが、乗ってやろう。私も時間が必要でね」

「何の時間だ?」

「決戦の準備さ。君とまともに戦うには、まだ準備が足りないのでね」


そう言って、盧循は杯を掲げた。


「劉裕、そなたは面白い。一兵卒から成り上がり、貴族を殴り倒す。その姿は、まさに私が求めている『新しい秩序』そのものだ」

「買いかぶりだな」

「いや——だからこそ、いつか必ず決着をつけたい。君と私、どちらの描く未来が正しいのかを」


その目は、どこか悲しげでもあった。

この男は、本気で「腐った国を変えたい」と思っているのだろう。

ただ——その方法が、俺とは違う。


「あんたは頭が良すぎるんだよ」

俺は立ち上がりながら言った。


「頭でっかちは、いつか足をすくわれる。それが戦場だ」

「ならば、その時は君が私の首を取るといい」

「ああ、遠慮なくな」


奇妙な友情のようなものが、一瞬だけ流れた気がした。


---


会見を終え、陣に戻る道すがら、檀が言った。


「大将、あの盧循って男、なかなかいい奴じゃねえか」

「ああ。だから困るんだ」


「困る?」

「敵なら憎ければ憎いほど戦いやすい。だが——」


俺は淮水の流れを見つめながら、ぽつりと言った。


「ああいう男を斬らなきゃならない時が、一番嫌だ」


水の音だけが、しばらく二人の間に流れていた。


---


その夜、陣に急報が届いた。


「桓玄軍、出陣。数は三万。このまま南下し、盧循の背後を突く構え」


劉穆之の読み通りだった。

桓玄が動いた。自分の手柄にするために。


俺は刀を取り、立ち上がる。


「明日、決戦だ」

「ああ」

「盧循の首は——俺が取る。誰にも渡すな」


「わかってるよ、大将」


窓の外では、淮水が静かに月明かりを映していた。


——戦場は、いつも静かな夜から始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ