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残機十六の勇者  作者: よつはし
第一章
2/3

#1

「僕が勇者に…ですか。」

「ああ。」

 カグヤの脱力しきった顔色に対して騎士は目も当てられない様子で棚の薔薇の花瓶を見つめていたが、話を繋ぎ止める思いで言葉を紡ぎ出した。

「申し遅れたが、私はランデムル王国騎士団長のリゴッドだ。」

「存じ上げております。団長様がわざわざ御足労ありがとうございます。」

 カグヤが深々と礼をすると、リゴッドは困憊と皮肉を噛み締めたような表情で手のひらを振った。

「いや、未来の勇者殿にお伺いするのだから当然の事だ。出発は七日後となるから、詳しいお話はまた後日伝達する。それでは、私はこれで失礼いたします。」

 リゴッドはカグヤの母に目をやった。彼女は項垂れたまま声を上げることもなく佇んでいる。彼はカグヤと母に対して直角に頭を下げた後、その面持ちを隠すようにして玄関の扉を静かに閉ざした。



 リゴッドが立ち去った後、朝光から閉ざされた玄関には再び沈黙が流れた。カグヤは部屋に踵を返した後、学校用品一式を薄汚れたバッグに詰め込んで玄関に立ち戻った。母はカグヤの足音に微かに小さく丸まった体を反応させたが、暗がりに顔を伏せたままカグヤの顔を正面から見据えようとしなかった。

「とりあえず、学校へ行ってくるよ。」

「…ええ、いってらっしゃい。」

 いつも明るく透き通った母の声。この時は、老婆のか細い喉から絞り出されたように聞こえた。



——ランデルム国立魔法高等学校。

 学内に立ち入ると、既に多くの学生に勇者の事が知れ渡っていたらしい。正門を潜り抜けた途端に道ゆく学生からの視線が判然と感じられた。人目構わぬ振る舞いで歩を運ぶカグヤの身体が動くにつれ、学生達の視線も連動している様がカグヤにはひしひしと伝わっていた。

「(僕は今、大衆の奇異の目に当てられているのだろうな。でも、どうして僕が勇者に選出されたことがもう広まっているんだ?)」

 校内への道すがら、カグヤが学生達と目を合わせるのを好まないばかりに掲示板に咄嗟に目を留めた。普段は地域活動やら学内新聞が貼り出される掲示板の中心に陣取っていたのは「この学校からの第百一代勇者」の貼り紙だった。

「これが原因だったのか。傍迷惑な貼り出し物だよ、まったく。」

 カグヤは軽い苛立ちを覚え、貼り紙を破こうと手を伸ばしたが、途端に周りの目があることを思い出し、ひとまずはその手を引っ込めることにした。

「(彼らが僕を見るその瞳には、興味関心が映っているのだろうか。それとも、哀れみや慈愛が映っているのだろうか。…そんなことは考えても無駄だ。)」

 カグヤは脳内に浮かんだ要らぬ思考を振り払うように足早に学長室へと足を運んだ。



——学長室。

 カグヤが室内に足を踏み入れると、学長室には学長の他に三名の先客がいた。眼鏡の男と、華々しい宝石を身につけた女。そして、もう一人はカグヤも良く知る少女だった。

「(ヒカネ、どうしてお前もここにいるんだ…?)」

 ヒカネは潤沢に熟れた林檎のような赤色の髪を揺らして振り返り、カグヤの顔に目を凝らした。口元には辛い現実を嘲笑うかのように少し盛り上がった口角だけが残されており、彼女の強張った瞳は綺麗な紅色を失ってカグヤの瞳を茫然と覗いているだけだった。カグヤもまた、事切れたような絶句と共に揺らいだ視線を地面に落とすことしかできなかった。

「カグヤくん、いらっしゃい。どうぞこちらへ。」

 学長のメルクが入り口付近に立ち尽くすカグヤに小さく手招きをした。カグヤはふらりと顔を上げると、小幅で歩みを進めてヒカネの横で立ち止まった。

「本日皆さんを集めたのは他でもありません。皆さんには勇者としての使命を果たしていただきたいのです。この学校から四名もの勇者が選出されたことを私は深く誇りに思います。あなた方が魔王を討伐してくださることを、心から祈っております。」

 学長の話はそれっきりだった。長話を想定していたカグヤは肩透かしをくらい、これはこれで勇者という存在が軽んじられすぎではないか。と思案した。



 学長室から出るなり、眼鏡の男が苛立ちを隠せないとばかりにつま先を地面に何度も軽く叩きつけながら尖った口を開いた。

「勇者だがなんだか知らないが、何が誇りだ。あんた達はこの国の生贄ですよ、と正直に言ってくれた方が幾分マシだ。生還した勇者は未だ一人もいないというのに。」

 眼鏡の男は丸みを帯びた銀髪に似合わぬ刺々しい言葉を吐き捨てた。目元も鋭く、全てをこき下ろすような冷たい光を宿している。学者のような体裁の整えられた羽織を身につけ、身長もカグヤより一回りほど大きく、カグヤにとってその不躾な態度はより一層威圧的な物に捉えられた。

「あなた、またそんな国家反逆の戯言を並べ立てるつもりですのね。もう少しお上品に振る舞えないのかしら。」

 宝石を身につけた女が彼の発言を嗜めるように彼を一瞥した。ウェーブのかかった桃色の髪を持つ女は、その大きな瞳と麗しい口元で余裕の笑みを体現してみせた。

「まあまあ、クロードさんも落ち着けって。そんなこと言っていたら、王国騎士団が飛んできちゃうよ。」

 ヒカネは眼鏡の男・クロードの神経を逆撫でせぬようオーバーなジェスチャーで彼の気を鎮めようとしたが、彼は見てられないといった苦い表情でため息混じりに手を振った。



「なんだ、そのおどけた仕草は?子供扱いするな。…それよりあんた、名前はカグヤだったか?」

 カグヤは咄嗟に名前を呼ばれて心臓が跳ね上がった。

「はっ、はい。カグヤ・フォールドです。」

「年は?」

「一八歳です。三回生です。」

 その言葉を聞くなり、クロードは満足そうに頷いてカグヤの肩をぽんと叩いた。

「俺はクロード、一九歳の四回生だ。先輩が何でも相談になってやろう。悩みはあるか?さあ、聞かせてみろ。」

「は、はあ…。」

 クロードの威勢に気圧されたカグヤに助け舟を出すように、宝石を身に付けた女が続けて口を開いた。

「このバカは気にしないでください。私はセイラ・アルファンタール。三回生で一八歳ですの。この身から溢れ出るオーラの通り、れっきとした貴族ですのよ。」

「そんなに下品にじゃらじゃらと宝石をぶら下げていたら、誰だって成金貴族の端くれだと思うだろ。」

 クロードの嫌味ったらしい言葉ぶりにセイラは間髪入れずに食ってかかった。

「あなたねぇ、アルファンタール家は先祖代々国家議会に名を連ねる名家です。下品に宝石をじゃらじゃらぶら下げていても、かき消せないオーラがあるの!」

「下品って認識ではあるんだ…。」

 ヒカネはぼそりと呟くと、ぎこちない笑顔を浮かべながらカグヤに視線を投げた。言い争いを止めることのないクロードとセイラを横目に、カグヤは微笑ましそうに二人のやりとりを眺めていた。

「面白い人達だ。」



——ランドルム国立魔法高等学校・1Fカフェテリア。

 放課後に再度四人で集まった際にも、クロードは勇者に選ばれたことに未だ納得していないようだった。

「七日後には魔物まみれの外の世界に放り出されるとは、スパルタにも程があるんじゃないか。」

「そもそも、勇者って何のために外の世界に行くんだっけ。」

 ヒカネのその言葉に、他の三人が驚きのあまりその瞳を大きく見開いた。カグヤが眉を顰めて恐る恐る尋ねる。

「もしかして...知らなかったの?」

 ヒカネは恥ずかしそうに顔を赤らめ、舌を出しながら続けた。

「あたし、歴史学の時間はいつも机に伏せて寝たまんまだったからさ。この国の歴史のこと、何にも知らないんだ。」

呆れた面持ちでカグヤはヒカネの発言にすかさず疑問を呈した。

「ヒカネは歴史学どころか、昔からどの授業でも寝ていたじゃないか。」

「その有様でこの学校に入学できたのは、よっぽどセンスがありますわね。」

 クロードは難しい顔で熟考してほどなく、ヒカネに向けて語り出した。

「仕方がない。俺が説明してやろう。」



「五百年程前の話だ。この国に安寧をもたらす女神ティアナと名もなき魔王による大戦争があった。女神ティアナは敗北してその魂は深き眠りにつき、この世界は魔王の手中に落ちた。魔王は邪閻霧(じゃえんむ)と呼ばれる魔法で王国の周囲を覆い始めた。」

「邪閻霧は年々王国の領土をじりじりと追い詰めるように中心へと迫ってきている。邪閻霧に触れた人間はたちまち死んでしまうから、邪閻霧に覆われるまでが王国の存続のタイムリミットというわけだ。王国は邪閻霧発生から四百年もの間、国中の著名な学者達の英知を結集したが、いずれも解決には至らなかった。」

「しかし、今からちょうど百年前のこと。大女神像にて魂を癒していた女神ティアナが復活を遂げた。女神ティアナは「加護」と呼ばれる魔法によって邪閻霧から人間を守る力を有していた。だが、その依代となる身体が存在しないため完全に力を出し切れるわけではない。最も女神の力が強まる女神生誕の日にのみ「十六名」に加護を分け与えることができる。しかしこの速度では、王国が邪閻霧に飲み込まれるまで残り百年。国民全てに加護を分け与えることは到底不可能だ。」

「そのため、王国は邪閻霧の元凶を打ち払う方針を定めた。すなわち、魔王の討伐だ。加護を授かった者を「勇者」として邪閻霧の外の世界の探索を命じたんだ。どうだ、理解できたか?」



 クロードが片目を開いてヒカネに目をやると、ヒカネは寝息をかいて机に顔を突っ伏していた。

「寝てんじゃねぇか!セイラとカグヤもこいつを起こしてくれ!」

「こんなに気持ちよさそうに寝ているのに起こせるわけないでしょう。ねぇ?」

セイラ同意を求められたカグヤはたじたじになりながら頷いた。

「起きろヒルネ野郎!」

 クロードの怒号にヒカネは素っ頓狂な声を飛び起きると、口元から垂れた涎を拭いて平謝りになった。

「ごめんなさい、クロードさんの声が存外心地よくってさ。それと、あたしは昨晩勇者に選ばれたことを伝えられたから…昨日はよく眠れなかったんだ。」

 その言葉に、クロードはおもむろに窓の外に目をやった。見下ろせば幸福そうに遊ぶ学生達の姿や美しい街並みが目に留まるが、遠方には黒みがかかった邪閻霧がすぐそこまで迫っている。

「それは俺もだ。現実から目を背けたくなるような一抹の不安がまだ消えないわけではない。」

そこで言葉を区切った後、クロードはカグヤ達を見つめてにやりと笑った。

「でも、俺はもうやり残したことは無いからな。満足なほどに人生を楽しめたよ。」

 その言い回しが耳朶に触れたセイラは意地悪な面差しをクロードに向けた。

「あら、散々勇者に選ばれたことに文句を言っていたのはどこの誰かしら?死ぬのが怖いわけじゃなかったのね。」

「それとこれとは別問題だ。魔物に喰われて死ぬのだけは勘弁してくれ。」

 魔物に喰われる、その一言に身を打ち震わせたヒカネは状況を想像して冷や汗を額に浮かべていた。その様子を見かねたカグヤは彼女の深く握られた小さな拳を一回りも大きな手で包み込もうとしたが、その代わりに優しく言葉を添えた。

「ヒカネ、大丈夫だよ。僕達なら…僕達ならきっと魔王を打ち倒すことができるさ。」

 その言葉を耳にして、彼女は不安に取り憑かれていた表情を振り払い、安堵の表情で声もなく頷いた。



——カグヤの自宅。

 カグヤが帰宅した時には、既に母は部屋で眠りについていた。きっと今朝の出来事で泣き疲れてしまったのだろう。カグヤはダイニングに作り置きされた肉料理とスープを暇もなく頬張って自身の部屋へと戻り、乱雑に物の置かれた机へと向かった。習慣化した日記を書き留めるためである。



王国暦一八六四年 火の月 八日

この日、僕は勇者に選ばれた。七日後には過酷な冒険の真っ只中だろう。リゴッド王国騎士団長から伝達を受けたときには現実味を帯びていなかったが、今こうして日記に書き留めてみると現実が見えてきた。平穏な生活ともおさらばだ。正直に言うと、物凄く怖い。ヒカネが勇者に選ばれてしまったのも歯噛みする思いだ。けれど、頼れる仲間と出会うこともできた。クロードとセイラだ。彼らを見ていると自ずと元気が湧き出てくる、そんな他人を励ます力が彼らにはある。明日は母さんともゆっくり話がしたい。一度冒険に出発すれば、もう二度と会うことはできないかもしれないのだから。



 カグヤは日記を閉じ、そのまま豪快にベッドに背を預けて飛び乗った。窓の向こうには生まれた時から変わらず邪閻霧が不穏な表情を纏っている。カグヤはその現実から再び目を背けるように体を反対に捩らせ、部屋の扉を見つめていた。今日一日の出来事が、縦横無尽にカグヤの頭の中を駆け巡っていた。

「(今日は色々なことがあってどっと疲れた。もう寝てしまおう…。)」

迫り来る出発の日、それは着実に勇者達の精神を蝕んでいた。


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