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53.学士の都にて(2)

 学士の館のある一室。議場となっているその部屋の壇上にファルイエは今立っている。いや、立たされているというべきだろうか。負傷したとはいえ、長期間連絡を怠ったために口頭で報告をする事を求められた為だ。


 そしてそれを囲むようにして配置された席の、正面の最前列には、三人の館の最高権力者が顔を揃えている。


 中央に座るのが、この館の最高位である館長のマルティーニ・ロンベルという人物である。好々爺とした彼は、普段から穏やかな笑みを絶やさない。もう七十近い高齢である為、近々その地位を誰かに譲るのではと噂されている。それを挟むように右手にはオスウェイ副館長、左手にはヴィスゲント副館長の姿があった。


 今現在、マルティーニ館長率いる保守派とヴィスゲント副館長率いる改革派の二つに学士の館の派閥勢力は二分している。


 保守派の考えは学士はあくまで学士としての本分を全うすべきで、勉学や研究に邁進し、争いごとや国家運営に関与するべきではないとする一方、改革派の考え方は国家とのつながりを深め、学士の地位向上に勤しむべきで、それには国軍の招聘に応じての戦闘行為や人材の供出も辞さないというものである。


 学院内での支持は、まあ半々と言った所では無いだろうか。血気盛んな若い学士達にはより活躍の場が広がるであろう改革派が、己の研鑽や学究に集中したい者は保守派を支持している傾向が強い。ファルイエもどちらかというと保守派を支持している。


 現在、重要な会議での方針決定を行っているのは主として、館長、副館長の二人、その下の教導長十数名によってで、もし意見が割れるようであればファルイエ達のような教導員の意思が反映されることになる。今回も例によってか列席しているのは教導長以上の人物と、進行役や初期等の雑務に携わる数名の教導員のみであった。


 表面上は冷静な表情を取り繕いつつ、壇上に上がった彼女は改めて今回の襲撃事件の詳細を語っていく。もちろん、事実をある程度改竄した状態で。今回の事にはエイスケやレンティットは関与せず、遺跡を破壊した後、襲撃者に遭遇し追い詰められ、ファルイエ達三人とも崖下に叩き込まれて辛くも難を逃れたという事にしてある。


「――結局、その後《露出型五二七番》は破壊され、私達は意識を失い、付近の猟師に保護されて傷を癒した後帰還しました。対象は、魔力に似た妙な力を使い、その無尽蔵ともいえる膨大な力の前に私達はなす術も有りませんでした」

「成程、正体不明の組織《亡火(ほろび)》。にわかに信じがたいことに何処かから宙を割り現れたと……確かに同様の報告を何件か受けています」


 書記兼進行役の男が、情報を補填するように言う。次いで教導長の一人がファルイエの言葉に頷いた。確かこの男も穏健派の一人だった筈だ。


「まあ、交戦して生き残れただけでも僥倖(ぎょうこう)と言えるのではないでしょうかね。半壊や、全壊した部隊も多くあったようですし……大方力を使い尽くしたのではないですか? 確かシヴェン教導長だけでしたな、会敵して仕留めることが出来たというのは」


 その言葉に答えたのは学士というよりは歴戦の猛者といった風情の男で、頬に大きく斜め傷が入った大柄な男だ。男は着いた口を隠すように頬杖をついたまま低い声で喋った。


「二人……始末しましたが。そこまででは……少なくとも……ファルイエ教導官が、手を煩わすほどの……脅威とは、感じませんでしたが、どうか?」


 男は不快に響くぶつ切りになった声を向ける。それと共に僅かに上げられた(まぶた)からの冷たい視線がファルイエを射抜くように突き刺さり、彼女はわずかに喉を動かした。


「いえ、お言葉を疑うつもりは毛頭ありませんが……私が遭遇した二人の内一人は、明確に私以上の力量を所持していました。もしかしたら、彼らの中にも階級のような物が存在しているのかも知れません」


 何とか意識を総動員して、男の圧力に耐えながらファルイエははっきりと弁明した。対して男は何も言わず、ただ感情の伺えない瞳で彼女を一瞥した後、目を背けた。謎の多い男だ……恐らく監視役として軍部から派遣されて来たであろうこの男は、もと国魔だという噂もある。恐らく戦闘能力においては館では頭一つ抜けているだろう。ファルイエも十指に入る位の実力はあるだろうが、この男とは正直、戦って勝つ自信はない。


「……ふむ、まあ軍部や冒険者からも並々ならぬ相手だと報告がされておりますし、シヴェン教導長の能力が突出しているということなのでしょうな……他に何か発言される方は」


 そこで手を挙げた一人の上役に視線が集まった。壇上のファルイエの対面に座る三人の人物の内、右側に座る人物……それは学士の館の副館長を務めているヴィスゲントという男だ。


「回復された後、報告があったのがフェロンから、というのは何故なのか聞かせて頂けるかな? ファルイエ教導官」


 男は針金のように尖らせた口髭をしごきながら、鋭く吊り上がった瞳で彼女の方を見た。別に怒っているわけではなく、どちらかというと機嫌がいいのは、彼の口元を見てもわかる。元々こういう顔であるのだ。


「それは……共同で任務を行った冒険者の傷が完治していなかった為、やむを得ず帯同する形でフェロンまで送り届けたのです。連絡の遅れたことは私の不徳の致すところですが……」

「ふむ……本当にそれだけなのですか? ……何か隠している事実などが有るのではありませんか?」


 捉えどころのない質問によって背筋に冷感が走るが、ここは押し通すしかない。


「いいえ……私が覚えているのはそれだけです。正直、あの前後で記憶が曖昧になっている部分もありますので、報告の正確性を問われると証明は致しかねますが……」


 ヴィスゲントは唇をすぼめ、ツ、ツ、ツ、と舌打ちのような音を漏らし、納得したように、にこやかに笑った。


「そうですか……。そういえば、これは関係ない話なのですが、何でも帰還した際にロナ学士とは別に、もう一人お嬢さんを連れていたようですが……どなたかお聞きしても?」

(嫌な男……!)


 街に入ってすぐ動向を把握されていたのか、柔和な物腰を装いながら、絡みつくようにねちっこく質問を続けて来る。苛立つものの、不要な発言をしてしまえば、彼女やエイスケの身が危険に晒されるかもしれない。あくまで彼らの存在は関係ないものとして扱わなければならない。冷静さを失わずにファルイエは答弁する。


「彼女は、旅先で出来たロナ学士の友人で、南部に興味があったので観光に来ただけのただの冒険者です。今回の事には関連しておりませんので、これ以上の発言は控えさせていただいてもよろしいですか?」


 探る様な瞳に対してファルイエはあくまで無感情に対応する。しばしして、ヴィスゲントも感謝を告げ、質問を切り上げて着席した。その後に続き質問する者も無く、進行役は次の議題へと会議を進めていく。


「えー、ではファルイエ教導官への質問は以上で締め切り、次の議題へと移らせていただきます。破壊された遺跡の代替物の開発についてなのですが――」


 しかし、何か彼に興味を持たせるような失態を犯しただろうか……彼女が内心で胸を撫で下ろして自席へと戻った後も、粘ついたヴィスゲント副館長の視線は、疑問を裏付けるかのように会議中ずっと纏わりついて離れることは無かった。




 その頃、ニールフェンに連れられたロナとレンティットは彼の仮住まいに招かれていた。キオマの外縁部に構えられたこじんまりとした邸宅の中に入り、彼女達は愕然とする。


「うわぁ……ちょっと、これは」

「汚い……物が多すぎる」


 その雑然とした室内には、片付けられていない書籍や衣服、空いた飲み物の瓶などなどで散乱している。


「やぁ、すまないね。本来なら女性を呼べるような部屋じゃないんだけど、設備がここにしかないからさ。まあ、そのソファにでも座っていてよ」

「はぁ、わかりました」


 幸いな事にほこりなどは積もっておらず、ロナとレンティットはそこしか空いていなかったので並んで腰かける。肩が触れ合って、なんとなく気まずい感じがしながら、ロナは隣を見る。


 相変わらずレンティットは機嫌が悪いのか、ムッとした顔をしている。旅の間に少しは仲良くなれたかと思うのだが、あまり彼女の方から話しかけてくることは無いので、自信は無い。


「あの、レンは……エイスケに会えたら、どうするんですか?」

「……さあ、考えてない」

「さあって……」

「わかんないよ……今までだって、何か目的があって生きてきたわけじゃないもの。生まれた所が無くなって、助けてくれた人もいたけど、その人もいなくなって。ただ毎日生きてるだけだったから……何がしたいとかあんまり考えたこと無かった」

「そうですか……ごめんなさい」

「別に……昔の事だから気にしてない」


 ロナの両親は健在だ。生家はキオマには無い為、頻繁に会うことは出来ないが、時々手紙などをやり取りしている。優しい母と、厳格だけれど頼りになる父。彼らと、姉のように接してくれるファルイエの存在が彼女を健やかに育んだ。


 一方でレンティットは家族や大切な人を失い、たった一人でここまで生きて来たのだ。その強さは称賛されるべきものなのだろうが、でもロナはそれはどこか寂しい物であるように感じてしまった。


 余計な心遣いかも知れないけれど、このままでいて欲しくなくて、つい口を出す。


「レンは、エイスケが見つかったら少し、自分と向き合ってみた方が良いかも知れません」

「……自分と向き合う?」

「ええ、自分が、どこに行って、何をして、どう生きていきたいのか……ぼんやりでもいいから何か自分がしたい事を探してみませんか?」

「したいこと……エイスケについて行く」

「それは、あなたのしたいことじゃなくて……エイスケさんに判断を委ねているだけでは? そうじゃなくて、あなた自身がしたいことや、楽しいと思うことはありませんか?」


 レンティットはきょとんとする。


「楽しいこと……大事な人と一緒にいるだけじゃ、駄目なの?」

「それはもちろん、大切なことですけど……それだけじゃなくて、その……もっと色々な事をやってみるとか」

「……生きて行く為に必要だったらするけど、要らないなら別にいい」


 取り付く島もない彼女の言葉に、それでも何とかロナは諦めずに続ける。


「そう……ですか。それじゃあ、大事な人を増やしてみませんか? エイスケだけじゃなく、ファル姉さんとか、ルピルさんとか……まぁ、オルベウさんとか……もちろん、私も。きっと、皆レンと仲良くしたいと思っているんですよ」


 レンティットの記憶は未だすべてが元に戻った訳ではなく、ロナはそれを知る由も無かったが、何となく彼女の心がどこかおかしいのではないかと感じることはあった。


 まるで雛鳥のようにエイスケに依存しているその状態にどうしても危うさを感じるのだ。彼がもしいなくなれば彼女は一体どうなってしまうのだろう。そんなことはあまり考えたくはなかったが、少しでも彼女の不安を和らげてあげたいという気持ちはある。純粋で素直なこの娘の事をロナはどうしても嫌いにはなれなかったのだ。


「一気に大勢は無理かもしれないので、まずは私と友達になりましょうか、レン」


 ロナがレンティットの手を優しく握ると、その手を不思議そうに見ながら、彼女は困った顔をする。


「友達……ずっと昔にはいたけど、忘れちゃった。友達になるにはどうしたらいいの?」

「それはですね……一緒に遊んだり、お喋りしたり、笑ったり、喧嘩したりしてたら……かな? お互いがその人の事、必要だと思えたら、一緒にいたいと思えたらもう友達になっていますから。だから、レン、エイスケとまた会ってこっちに戻って来たら、私と一緒に楽しいことを色々探しに行きませんか?」


 なんとなく言っている間に気恥ずかしくなって来たのだが、せっかく二人で話せる機会なのでロナは自分なりに一生懸命言葉を紡いでみた。その甲斐もあったのか、レンティットもやがて小さく頷く。


「少しだけ……なら、いいかな」

「良かった。約束ですよ」


 わずかだが手を握り返してくれたその感触に安心すると、ロナは満面の笑みを浮かべる。それを見たレンティットも口の端をわずかに上げたが、目が合った瞬間、恥ずかしくなったのか顔を反らした。まだ、しばらく関係を深めるのには時間がかかりそうだった。 

最後まで読んでいただきありがとうございましたっ!


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