52.年長者の憂鬱
夕焼けの陽光が栞のよう差し込まれて、ファルイエは本の表紙から目を上げた。
オリガウラムを連想する赤茶けた大地は既に通り過ぎ、さらに南へ……路は既に人の手が加わったものへと変わっており、街が近づいていることを思わせる。
ファルイエ、レン、ロナの三人は一路学士の館を目指し、南へと降っていた。フェロンに滞在している連絡要員には任務の顛末と、一旦学士の館に帰還する旨報告はしたが、何でも彼女達が戦線離脱したのとちょうど同時期位から遺跡への襲撃はぱったりと止んでしまったようで、護衛の任務に就いていた学士達も様子を見ながら戻るように指示が出ているとの事だった。
それでも半数以上が彼らにより破壊され、使用不可に陥った為、今現在魔導研究所の協力の下新しく代替の装置を作成しているようだ。だが、かなり高度な技術が使われていた為難航しているらしい。
(一体、どんな人達だったのかしら、遺跡を作った古代人は。妙なのは、古代の遺物によって使用されている技術の難度がそれぞれ異なっていることなのよね。突出して高い遺跡の様なものもあれば、大したことの無い精錬技術で作られた武器や生活用品なんかも出土してたりするし……)
話に聞いたことがあるが、他国にも遺跡は存在しているものの数は非常に限られており、大半がリシテルに集中しているようだ。
(この国にだけ、高度な文明を持った何らかの集団が存在していて、それが……でも、それならなぜここまで彼らについて記録が残っていないんだろう。少し作為的な匂いがする……う~ん?)
ファルイエは煮詰まった為推測を打ち切り、背を椅子に預けて天井にほぅと息を吐き出した。
馬車による道中は、穏やかなもので、特にすることも無い彼女達は魔法について研讃を深めていた。フェルイエは閉じた本を鞄の中にしまうと、二人の様子を伺う。
「どうかしら、二人とも、うまく行ってる?」
「まあまあ……かな」
「全然です……」
今行っているのは、二つの魔法道具を使った修練方法だ。魔力の流れや操作を阻害する腕輪と、中に的となる人形を封入した水晶球。この二つを使用し、閉鎖空間となった水晶内で魔法を発動し、うまくコントロールして対象に作用させる。
それができれば、実戦でもかなりの精度で魔法を命中させるようになれるだろう。ちなみに、魔法の行使によって破壊された的は術者の魔法力で補修されるという便利な物で、腕輪も水晶球も段階的に性能を変化させられるので、自分の実力に応じて難易度を変えることも出来た。
二人とも有する魔力量はかなり多いので、万が一の為腕輪の制限は最大にし、水晶球の難度を最低から順にクリアさせている。レンティットに関しては既に十段階の内五までは進んでいるようだが、少し足踏みし始めたようだ。ロナに関してはまだ二つめの段階で右往左往している。
「……ロナ、それじゃまた魔力が暴発する」
「え? あ、え、あっ、ちょっと駄目っ! ああぁぁあ……また失敗だぁ」
レンティットの指摘に慌てたロナが魔力を調節しようとしたが、遅かったのか……発動した火の魔法は水晶球内にぼふんと黒煙をばらまいた。意のままに操れるようになるにはまだまだ先は遠そうだ。
――魔法に関して功拙を左右する要素は、一般的には大まかに分けて三つだと言われている。
まず一つは単純な魔力量。これに関しては二つのパターンが存在し、生まれつき一定の魔力を有している場合と、年齢によって徐々に上がっていく場合の二通りが存在する。
二つ目は魔力を取り扱う技術。使用する魔力の配分や、体内から体外へ放出した魔力や起動した魔法の操作。これが上手くできていなければ、魔力の暴発や意図しない挙動につながる。魔力は有限で、使い切ってしまえばすぐには回復されない為、必要な分量を必要なだけ使えるようになることが望ましい。
三つめは魔法を使う際の詠唱と象化の技術。いかにその現象を細部まで正確に、かつ素早く想像できるかもまた魔法の使用に欠かせない技術だ。
これらをバランスよく備えていないと、巧みに魔術を操ることは難しいのだ。後は個人個人によっても感覚的に異なる部分があり、ある魔法は得意でも、ある魔法は扱えないという場合も多い――。
レンティットについては問題ない。彼女は有している魔力量も常人と比較にならない程大きく、魔力の配分も、同じ魔法でも対象によって効果量を変えなければいけないことを良く弁えている。象化もスムーズで的確だ。ただ、あまり彼女は氷の魔法以外は知らず、使えないらしい。
一方ロナは……有している膨大な魔力量に対して、魔力の操作や配分があまりにもお粗末すぎた。得意不得意も激しく、ファルイエが今まで彼女に指導しなかったのもそれが原因で、下手に戦闘方法を覚えても、魔力の暴発などが恐ろしくて実戦には対応できないだろうと思ったからだ。
しかし、今度のことでファルイエは考え方を改めざるを得なかった。魔法の扱いに置いて自信があった彼女ですら、レドーとの一戦で自身がいかに矮小な存在であるか思い知らされたのだ。自身の最大威力の魔法を持ってさえ、行動停止にすら追い込めなかった。あの頑強な肉体と無尽蔵の魔力は一体どこから来ているのか。
(全てだ……! 大地、海、空、あまねく全てを葬り去り、俺達はその支配から自らを解き放つ……)
あの戦いの時の記憶が再生され、レドーという男の言葉が頭の中でもう一度響いて、ファルイエは拳に爪を立てる。
彼らはこの世界を、全ての命を巻き添えにして破壊すると言ったのだ。もし彼らの様な存在が再び立ちはだかって来るのなら、次は無いかも知れない。その思いはファルイエに強い切迫感を与えていた。
(人間、一朝一夕で強くなれはしないけど……せめてなんとか逃げを打てるくらいには)
レンティットについては、ファルイエ自身が使うような身体強化系の付与魔法を覚えさせようと思っている。彼女はセンスが良いので、何とか短期間でも習得可能だろう。
ロナに関しては……攻撃は捨てた方が良いかも知れない。《石盾》より一段上の高度な支援防御魔法や、存在を隠蔽する魔法、もしくは、こちらが攻撃せずとも反撃が可能であるような魔法が良いのではないか。
そして、自分自身もこのまま手をこまねいている訳にもいかない……常に先を歩いて安全を確認し、躓いた彼らを引っ張ってやるのもまた年長者の役目で、自分も出来る限りそうありたいと思うのだ。
言うまでも無く、ファルイエは自分より上の世代にも是非奮起して頂いて、自分達を先導してもらいたいと切に願う……願うのだが。
先達の重い腰をせっついて動かす役目は流石に骨が折れそうで、自然と漏れ出す彼女の重く暗い溜息。しかしそれも修業に夢中の二人には届かず、誰も彼女を慰めてはくれないのだった。
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