49.(幕間)宿願/朗報
深夜の街の片隅、光が遮られた路地裏でうめき声を発して男が倒れ込む。
彼だけではなくその周りには数人の男が同じように地面に背を付けていた。男が口の端から血を流して見上げると、そこには街灯を遮るように覗き込む少年の顔がある。
男は何とか頭を持ち上げると、目の前の何者かを憎々し気に脅しかける。
「お、お前……一体どこのもんだ。俺らぁ今街で有名な《フォールン》って賊の一員よ。これが仲間に知れりゃあ手前は明日っからおちおち小便にも行けなくなるぜ……面子って奴があるからよぉ。へっへ、これがその証だぁ」
男は、腕にある入れ墨を自慢げに晒すと、勝ち誇った笑みを浮かべる。彼の思惑通りであれば、これを見せれば誰であろうとあっという間に顔を青くして退散するはずであった。
だが、残念なことに例外は存在した。
「へぇ……そいつぁ面白い。もう少し良く見せてくれねえ?」
「な……んだとォ? 話を聞いてやがったのか、それとも耳の穴にゴミでも詰まってやがんのかどっちだか知らねえが、もう一度言ってやる。俺たちゃああの巷で噂な凶賊フォールンの……」
威勢良く言い放とうとした男の口の中に、薄いナイフがするりと差し込まれ、舌に冷たい金属が貼りついた。
「あんなぁ……おっさん。威勢のいいのは結構だが、もうそろそろ気づいてもいい頃じゃねえかな? 俺の右肩の入れ墨見て、わかんねぇ? っと、これじゃろくに喋れもしねえか」
少年は立てた中指で自身の首筋を突き、嘲るように長い舌を覗かせる。取り除かれたナイフに冷や汗を流す男は、影になっていたそれを見ようと体を起こしながら再びがなり立てた。
「だからそれが何だってんだ! 何だぁその気色悪い入れ墨はぁ、あ……!?」
倒れている男の視線が目の前の入れ墨に書かれた文字をゆっくりとなぞり、固まる。見間違えたのかと何度も震えながらそこを往復させるが、記された文字は変わりようも無かった。
「フォ……フォールン!? ほ、ほほ本物のだと!?」
「そういうことだ。良かったなあ、直に見れて。今、どんな気分だ?」
「……ゆ、許してくれっ! 悪気は無かったんだ……ちょっとデカイ顔していい気分で街を歩きたかっただけなんだよ! ア、アンタらにもあるだろ、そういうこと!?」
「あ~そうだなぁ……どうかなぁ、あるかもな。それについちゃ別に許してやってもいいぜ……だ、が」
首に入れ墨の有る男の許すという言葉に表情を明るくしかけた偽物は、次の瞬間、鼻っ柱に強い打撃をぶち込まれて気絶した。
「……俺らの旗印を侮辱した報いは受けて貰う。っていうか今与えたけど、もう聴こえてねえか」
金色の坊主頭をした少年は、皮グローブについた血を男の服で拭うと立ち上がって膝を伸ばし、路地裏の奥から入り込んで来た細いシルエットの男に話しかけた。
「シンヤさん、終わりやした。こっちはこれで最後じゃないっすかね?」
「ご苦労さん、向こうも済んだ。魔法使いもいなかったしな……しかし、デズ、お前あんまりそれおおっぴらに出してんなよ。益々動きにくくなんぞ」
男は、少年の入れ墨を隠すように頭巾を被せあげた。
「すいやせん、騙っている相手を何も知らねえ馬鹿がいたもんで。しかし、力もねえのにアホ面晒して威張り散らしてる奴の多い事。《狂った猪》だの《血染めの鬼》だの……冗談かと笑っちまいましたよ」
「まぁ、それを言うなら《堕とされた者》だって似たようなもんだ。まぁでも、これで使えそうな奴らはあらかた引き込んだ。時が来れば存分に力を振るってもらうことになるだろうよ」
「待ってましたァ! ……と、言いたい所ですが、魔術ギルドの奴らは本当に当てになるんですか? 俺はあいつらにあんまし良い印象を持ってねえんですけど……ちょ、止めて下さいよ」
少年は下唇を噛むようにして眉を寄せた。その鼠の様な顔に、思わずシンヤは吹き出しそうになったがこらえ、彼の手触りの良い頭を撫であげる。抗議の声が上がったので程々にしておいた。
「まあよ……奴らにしても教会の連中にしても、手放しで信用できるような奴らじゃねえが……それでも、デカいことを為そうとするのなら、清濁併せ吞む覚悟も必要なんだよ。俺は……あそこだけはぶっ壊さないと気が済まねえんだ。俺達を召喚した、あの施設だけは……」
本当なら、今彼の傍らにはもう一人、心強い仲間がいるはずだったのだが……この街で会うことは出来なかった。だが、戦力の増強という目的は果たせた。
「シンヤさん、どうしたんすか?」
「いや、なんでもねえ……行くか」
シンヤは、フェロンの東方、丁度国都との中間地点に目を向ける。そこには、彼らを召喚したあの三本の忌まわしい塔、そして魔法陣の存在があるはずだ。それだけは、何としても破壊する……例え命散らそうとも成し遂げる覚悟を定め、彼は街の暗がりへと姿をくらませた。
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寝台に体を預け、魂を抜けたように虚ろになった銀髪の女を見て、オルベウは深い皺を眉間の間に刻んだ。暖炉に追加の薪をいくつか継ぎ足すと、高く上がった炎が彼の顔を赤く染め、静かな部屋に乾いた音が響き渡る。
――傷を押して崖下の流れに飛び込み、幸運にも川べりに流れついた彼女を発見することが出来た後、オルベウは街にどうやって戻ろうかと苦慮した。彼女の体は冷え切っており、このまま体温の低下を招けば命が危うくなる。早急にどうにかしてやらなければならなかった。
そんな折、彼の目は木々の間から立ち昇る一筋の煙を捉えた。そこには年老いた猟師が拠点としている山小屋があり、そこの主は彼らが動けるようになるまでそこで傷を癒すことを許してくれたのだった――。
一時は酷い高熱にうなされた彼女だったが、数日すると持ち直したのは獣人の強靭な肉体の賜物だろう。だが、そうして生き残ったことを彼女は悔いている様子だった。
事情を話しはしたが、彼女は悲観的にしか捉えてはくれなかった。数日間泣いて過ごし、やがて涙も枯れてしまったのか、今は日中もずっとぼんやりと横たわっている。やつれていくその姿は痛々しかったが、彼にはどうする事も出来ない。かと言って目を離すのも恐ろしかった……自らで命を絶ってしまいそうな位気を病んでいるように見えたのだ。
そんな中、唐突にもたらされた知らせがあった。午後のうららかな日差しの元、オルベウはそろそろ、ファルイエを連れて山小屋を出立する準備を進めていたところだった。
老人はいつまでもいて良いと言ってはくれたが、こんな冬場に人を二人も抱え込める程の備えはしていないだろうし、心苦しいものがある。聞けばオリガウラムの街までは徒歩で半日も掛からないらしい。朝早く出れば女一人なら何とか抱えて戻れるだろうと、考えを巡らせていた時のことだった。
耳が複数の足音を聞き取り、妙に思ったオルベウが山小屋の扉を開けると、そこには持ち主である髭もじゃの老人ともう一人、別の男がいた。かっちりとしたその衣服は、街に住む者なら一度は見かけたことがあるであろうリシテル国軍の制服であり、男は敬礼して事情を説明する。
どうやら彼は、フェロン南東駐屯地から派遣されて来た偵察兵らしい。北東イゼシア駐屯地方面からの通信で、オリガウラム付近の遺跡にて行われた戦闘行為の詳細情報を生存者から得るよう指示され、付近を捜索していたようだ。
オルベウは不思議に思った。何故軍隊がこの付近で戦闘が行われていた事を知っているのか……。
確かに地形が変わる位大規模な魔法の行使があった為、それを感知した冒険者ギルドから軍に連絡が行った、あるいはファルイエ達から連絡が途絶えたことを不審に思った学士の館から捜索願が出たということは考えられなくもない。だが、ならば何故、生存者などと……。
「ちなみに、この話は現地にて保護されたロナ・ポーネリカ、及びレンティット・ラテトラの両名から伝わったそうです。二人は近々、フェロンの街まで護送されてくるらしいですよ。良かったですね」
男が穏やかにそう告げたのを聞いてオルベウは耳を疑い、すぐに聞き返す。
「……本当か、も、もう一回言ってくれっ!」
「ですから、ロナ・ポーネリカ、及びレンティット・ラテトラの両名はイゼシア駐屯地にて保護されて」
「聞いたかよ、ファルイエ! ロナが生きてるって……」
彼女の顔がピクリと動いて、視線がこちらに向き、灰色の目の奥にじわりと光が灯る。
「……生きて、るの? 本当に?」
「ああ、軍からこうやってわざわざ出向いて来たってことは間違いねえだろうよ!」
「――――ッ!」
ファルイエが両手で口を押さえ、涙をこらえきれずに顔を俯ける。それを見たオルベウも不覚にも涙ぐみそうになりながら、彼女の肩を叩いた。だが、それとは別に一つの疑問が浮かんできて、オルベウは青ざめた。
「ち、ちょっと待ってくれ、もう一人、野郎がいるはずなんだ。エイスケ・アイカワって黒い頭をしたなんかこう、パッとしねぇ奴が!」
被り寄るようにオルベウが距離を詰め、それを兵士が落ち着くように抑える。
「その事についても補足事項として伝えるように聞いています。彼は生存しているが、彼女達と同行はしていないらしいですね……詳細についてはわかりませんが、御本人方から説明があるのではないでしょうか」
「……そ、そうなのか。いや、ありがとう……十分だ」
久々に生気の戻ったファルイエの顔を見て、オルベウは心より感謝し、その場に腰を落とす。肩の荷が下りて一気に力が抜けてしまったのだ。それを見た老人たちも笑いを浮かべ、久々に室内は暖かな空気で満たされたのだった。
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