紫炎
加筆修正予定あり
「おい、いつまで寝てんだ……さっさと起きやがれ!」
「うぅ……ん、つむ……そんなに怒鳴らなくても今起きるよ……」
朔玖の耳元で怒鳴り声が響き寝惚けながら眼を開けると律が不機嫌そうな顔でベッドの前に立っていた。その顔が視界に入った瞬間に頭が冴えてくる。
「寝惚けた面しやがって……誰がつむだよ!昨日てめぇに後で私の所へ来いって言ったよな?」
「すみません……すっかり忘れてて……」
「ちっ、まぁいい……飯の時間だから顔洗って早く来い! 食い終わったらやるからな?」
律は用件を伝えると悪態をつきながら部屋を出た。
(昨日あのまま寝ちゃったのか……って、早く行かないともっと怒らせちゃうかも)
朔玖は嫌な未来を想像し身を震わせると顔を洗い眠気を飛ばし早々と部屋を出るとエプロン姿の村上が目と鼻の先にいた。
「おっ、朔玖くん良いタイミングだね!丁度料理を作り終えて呼びに来た所なんだよ」
「え?今さっき律さんが呼びに来たけど……?」
「へぇー……それは珍しいね? まっ、とりあえず行こうか!」
村上に道案内されながら歩いていると新メンバー歓迎会という文字と派手な飾りが見えてきた。テーブルの上には見るからに美味しそうな御馳走が数え切れないほど並べられている。
「どう結構良い感じでしょ? 朔玖くんの為に腕によりを掛けたからね!」
「ハヤクスワレ! オソイオマエマルカジリ」
マシューが涎を垂らしながら朔玖を睨みつける。
「マシュー黙ってろ……! これはこいつの為の歓迎会なんだからな」
「リツコワイ……マシューダマル」
律が叱るとマシューは泣きそうな顔で身を縮める。
「さて、朔玖くんも席に着いた事だし冷めないうちにご飯にしようか!」
村上が開始の合図をするとマシューの眼が輝きテーブルの上にあった山のようなポテトが消え去った。
「ンー……!」
マシューはハムスターのように顔を膨らませながら幸せそうな笑顔を浮かべている。それに危険を感じ急いで目の前のステーキを頬張ると肉汁と共に口いっぱいに旨みが広がった。
「……おいしい!」
「そりゃそうだ……村上は料理に関してのこだわりが激しいからな。でもな、美味いからって食いすぎるなよ? この後は模擬戦だからな!」
注意しながらも律の皿には端から溢れるほどの肉が乗っている。これが彼女にとっての適量なのだろうか悩むが知る術は朔玖には無かった。
ある意味で騒がしい歓迎会を終えて律に連れられて外に出る。ここでいいかと立ち止まり軽くストレッチをすると律は朔玖に視線を向けた。
「さて、準備はいいか? お手並みの拝見と行こうじゃないか」
「ええ、大丈夫です。お手柔らかにお願いします」
「お手柔らかにか……先手は譲ってやるから来な!」
朔玖はかかってこいと手招きする律の目の前に躍り出ると回転を加えた後ろ蹴りを放つが、指先一つで止められてしまう。
「はぁ……こんなもん? ECTのやつを倒したにしては少し弱すぎやしないか?」
そこへ更に朔玖が鋭い拳打をいれるが律は退屈そうに欠伸をしながら身をかわし、こちらを見ようとすらしない。
「それなら……」
死角に回りこみ水面蹴りを放つと意外にも呆気なく律はそのまま転び、追撃で腹を踏みつけようとする。しかし、逆に足を決められて投げられる。
「ふぁー…退屈過ぎて少し寝ちまったよ? お遊戯ならお家でしな」
「バカにするな……ッ!」
挑発に朔玖は苛立ち正面から飛び込むと腹に右フックを入れ、続けざまに胸を蹴るが大して効いている様子はない。
「今のはまぁまぁ良かったぜ? 如何せん力が足りないみたいだけどな……よし、そろそろこっちからも仕掛けるか」
「消えた……一体どこに!?」
眼前から律の姿がその場から消えて辺りを見回すのだが、姿が確認出来ないまま背中に蹴りを入れられ吹き飛ばされる。
「このくらい受け止めろよ……一割も力を出してねぇのによ。ほら、どんどん行くぞ?」
起き上がろうとしている間に近づいてきた律に蹴り上げられ身体が宙に浮く。そのまま人中、喉仏、鳩尾を突かれた朔玖は喉を押さえ倒れ伏した。
「ぅ……かは……っ!」
「回避は平凡、耐久性は中々良い方だな……まっ、これ以上見ても意味が無さそうだからもうやめにするか」
「まだ……やれ……ま……す」
朔玖は帰ろうする律を呼び止め腕を使って必死に立ち上がろうとする。足は痙攣し足元が覚束無いがようやく身体を起こすと律を睨みつけた。
「その根性は気にいったけどな……これは単に戦えるか見るだけだ……無理する事はねぇよ?」
律は真剣な表情で朔玖を見据える。
「僕は……僕は強くならないといけないんです!……誰かを失うのはもう嫌なんだ!」
朔玖の眼には意思が強く籠り煌めく。
「そうか……良く言った! それなら死ぬまで鍛え上げてやるよ……かかってきな!」
朔玖は先程とは比べものにならない速度で律に近づき脇腹を殴りつける。左手でそれを防がれたが、骨の軋む音がし折れ曲がる。
「ぐっ……やるじゃねぇか!」
律の視線の先に既にその姿はない。
「さっきの仕返しってやつか……あめぇよ!」
朔玖は咄嗟に身を引き律の裏拳を避ける。しかし、刹那の内に背後を取られ首を絞められる。
「相手から目を離したらだめだぜ?」
強い力で首を決められている所を身体ごと強引に律を投げ飛ばし抜けると距離をとった。
「これも反応できるか……全力でやっても大丈夫そうだな……」
律の身体は以前より引き締まり、その口には大きな牙が生えて眼は虎のように鋭くなる。
「ここからが本番だ……戦い方をその身体に刻み込んでやるから覚悟しとけ!」
律が近づき頭に手刀を入れてくるのを辛うじて受け止めると次は足を払われ身体が崩れ、流れるように掌打を入れられ吹き飛ばされる。息もつかぬままに朔玖を追いかけ馬乗りになり殴る、殴る、殴る。それに対して朔玖は顔を守りながら脚の反動を使い身体を起こすとそのまま腕を掴んで遠くへ投げ飛ばす。
「身体の動かし方に慣れてきてるな! それならこういうのはどうだ?」
律の両腕が紫の炎を纏い燃え上がり、腕を払うとその炎がこちらに飛んでくる。咄嗟に横に飛び込みそれを避けるがその先にも炎を飛ばされ身体を覆う。
「ぐぁぁぁあああ!」
「調子に乗って火加減を間違えちまったな……大丈夫か!」
慌てて律が駆け寄ってくるが途中で炎が消えていく。
「私の炎が消えた……?」
「はぁはぁ……まだや……れま」
朔玖は立ち上がろうとしたが、視界が回るとそのまま倒れ込み意識を失った。
「朔玖、お前はよくやった。認めてやるよ……お前の力を……」
律は倒れている朔玖の頭を撫でて優しく微笑んだ。
朔玖が意識を取り戻すと男の顔が目の前に映し出された。はっと目を見開き身体を動かそうとすると全身が痛みで熱を持つ。
「起きたみたいだね……傷は痛むかい? 全く律ちゃんも手加減を知らないんだから……なりたての朔玖くんにここまでするなんて……」
村上は痛々しげに律の傷口に眼をやると溜息を吐く。
「そっか、あの後意識を失って……律さんは?」
「律ちゃんはさっきまでここにいたよ……あっ、そうそう伝言があるんだった……≪朔玖、お前は合格だ≫って、多分真正面から伝えるのが照れくさいんだろうね! でも、その怪我じゃ相当無茶したんでしょ? 命は一つなんだから大切にしなよ? じゃ、ボクも忙しいからまた後でね」
村上は用が済むと足早に部屋から去っていった。
「全力で向かってったのに女の子にすら勝てなかった……」
朔玖は手の平を握り込み自身の無力さを嘆く。
「ちゃお! 新人君、怪我は大丈夫? あっ、僕は朝比奈戒人……キミが戦ってた律の従兄弟で、ここでは医者をやっているよ! あっ、もちろん医師免許もあるから安心して」
扉の影から男が片手を上げ挨拶しながら入ってきた。長身で細身でモデルと言っても過言ではない美形だ。
「僕は天野朔玖です。律さんの従兄弟にしては……そのなんていうか」
「あー……従兄弟にしては顔が似過ぎって事? まぁ律と僕の母がそもそも一卵性の双子だからね。それと村上さんから聞いてると思うけど律はここで実質二番目に強いから気にしなくていいよ……あっ、入ってくるときに呟いてるのが聞こえちゃってさ、ごめんね! お詫びと言っちゃ何だけど……これを見てごらん」
戒人は手で頭を押さえながら舌を出すと何かの書類を取り出した。興味深げに覗きこむと人の名前が羅列されている。
「これは何が書かれてるんですか?」
「うちにいる人間のリストと戦闘能力を大雑把にデータ化したものだよ。えっと、朔玖くんはここだ……力C、運動性B+、耐久性C-、技能Dで総合評価C+の順位が十四位だね」
「何か中途半端な数値ですね……」
「とんでもない! これは一年以上経っている者中でも中間に位置するんだよ? それともなりたてを含めた六十一人の内の十四位って言った方がわかりやすい?」
「そんなにここで人を見た記憶はありませんけど……そういえば、なりたてって、どういう意味なんですか?」
いまいち実感が湧かない顔で問いかけた。
「今は大規模な作戦でほとんど出払ってるからね。僕ら化け物は時を経るにつれて変異が進みより力を得るんだけど、大体三ヶ月くらい経つとその力が大きく増すんだ……そこで三ヶ月以内とそれ以外で区切ってなりたてって呼んでるんだよ」
「力が手に入る……」
「朔玖くんの今の状態から考えると……もしかしたら村上さんを越えるかもね? でも、あんまり期待しすぎてもよくないかなー」
二人が話していると扉をノックする音が部屋に響く。
「朔玖、入るぞ……戒人いたのか。ほら、メシ持ってきたから食え」
「あっ、律……それがご飯……?」
律がプレートを片手に持ちながら部屋に入ってきた。そのプレートの上には極彩色に染められた丸い物体が乗っかっている。それが朔玖の目の前のテーブルに置かれると何とも言えない甘い香りが漂ってくる。
「わぁ、これはすごく甘そうな香りだね……もしかして律の手作り?」
「ハンバーグが甘いわけないだろ? 村上は今手が離せなくて仕方なくな」
「……ありがとうございます」
「朔玖くん死なないようにね?」
「そんなに朔玖の具合は悪いのか!?」
「いやー、これから悪くなるかもしれないなって思ってさ」
戒人は目を逸らしながら答えると律は首を傾げた。
「どういうことだ……? まぁとりあえずそれを食ったら元気になるだろ」
二人の視線が朔玖に向けられ二人に見守られる中、恐る恐るその物体を口にする。そうすると爽やかな甘さが広がり重厚な味わいの肉汁があふれ出した。
「あれ意外とおいし……い……?」
「メロンシロップを隠し味にソースを作って、その上にイチゴジャムと刻んだレモンを乗せて味を引き立ててみたんだが上手くいったか!」
「えぇ……これほんとにおいしいの? 一口貰うよ?」
「おい、朔玖のだぞ!」
朔玖の反応を見て興味が湧いたのか戒人が手製の軽量スプーンでハンバーグを口にした。しかし、反応がない……ただの屍のようだ。
「何か不思議な味がした。うん、意外といけるかも」
しばらくして再起動した戒人は何故か遥か彼方を見つめて朔玖に同意する発言をした。
「言い忘れてたが、さっき村上が戒人を探していたぞ?」
「あぁ、忘れてた! それじゃ僕は行ってくるよ! またね朔玖くん!」
戒人が出て行き朔玖と律の間に気まずい空気が流れる。話しかけるタイミングを探るように律が朔玖を見つめている。朔玖がご飯を食べ終わり、律がようやく口を開いた。
「その……傷の具合はどうだ……? 結構思い切りやっちまったからな……痛むよな?」
「全然大丈夫ですよ。あとハンバーグご馳走様でした!」
「本当か? 触ってみてもいいか?」
「え……ぁ……!?」
朔玖の身体に律の手が触れると身体は痛みとは別の熱を生じさせた。顔を真っ赤にした朔玖は俯く。
「やっぱり傷口が爛れているな……あっ……すまん!」
律は自分が何しているか自覚するとすぐに手を引き真っ赤な顔を隠すように後ろを向いた。
「そ、そうだ……私も村上に用事があったんだった! 朔玖は今日はゆっくり休んで傷を治すんだぞ? じゃあな!」
律が今思いついたかのような言葉を口にし扉に顔を打ちつけ焦るように部屋を出て行く。朔玖はベッドの上で横になると鳴り止まぬ鼓動を抑えるように胸に手を当て眠れない夜を過ごした。
コンピューターや様々な装置が点在する部屋で物々しい雰囲気で村上が戒人を見つめている。そこへ眼鏡を掛けた賢そうなスーツを着た男とタンクトップのイカツイ男が入ってきた。
「その様子だと聖也くんの遺体はやはり回収できなかったか……せめて遺族の元にいかせてあげたかったんだけどね」
村上は二人の顔色を窺いながらそう吐き出した。
「すみません! 俺達の力不足で強引にでも回収するべきでした……ッ!」
タンクトップの男が大きな声を上げ申し訳無さそうに頭を下げる。
「いえ、前田は悪くはありません! 臆病風に吹かれて前田に退く事を提案した私に責任があります」
眼鏡の男が前田を庇い責任を取ろうとする。
「いいや、これはボクの責任だ……前田と榊が連中に殺されなくて良かったよ……戒人、例のやつを渡してあげて二人に渡してあげて」
「正直言ってもっと優秀な人のがいいと思いますよ? まっ、村上さんが言うなら仕方ないんですけどね」
戒人は真っ赤に輝く球体を二人に一つずつ手渡した。
「これは……刃核……?」
「そうだよ……ボクら用に改良したものだけどね……試作品に比べて力は落ちるけど安全は保障できるよ? さぁ、それを胸に当ててみて」
榊の呟きに村上が答える。唾を呑み込む音が聞こえ二人はゆっくりとそれを胸に押し当てた。そうすると球体は身体の中に溶け込むように消えていった。
「これは素晴らしいですね……全身に力が溢れてきます」
「それは良かった! 前田はどう?」
「自分が自分だとは思えませんね……この力があれば後れを取る事は少ないと思います」
「まっ、とりあえず二人で身体の調子を確かめてきたらどうかな?」
「「はい、それでは失礼致します!」」
「あ~ぁ……勿体無い。前田と榊に使うくらいなら朔玖くんと例のあの女の子に使った方が良かったんじゃないですか?」
二人が消えると心底残念そうな顔をしながら戒人は口を開いた。
「あの二人は信用できるからね」
「んー? それなら別に問題ないんじゃないですか?」
「子どもっっていうのは大人にいつ逆らうかわからないからさ」
「そういうもんですかね?」
「そういうものだよ」
二人は取り留めのない話をしながら部屋を後にした。
Data
日斗辺律 終人
Age 24
Blood AO
Weapon 紫炎
Capa 940
Speed 620




