14-Y
アルトより先に目が覚めた。まだ朝早いようだ。初夜から主人と同じベッドで寝てしまった…… アルトはそんなこと気にしないだろうが、主人から求められない限りは事が済んだらすぐに立ち去るのが普通だろう。せめて彼が起きる前に……
自分の服を着ようとするが、彼の様子がおかしい。浅い呼吸を繰り返している。表情は苦しそうだ。うなされているのか……?
起こすべきか迷っているとどんどんと呼吸は荒くなり、顔は苦悶に歪む。
「うう……! ううう……!」
小さく声まで出して苦しんでいる。これは起こした方がいい……!
「アルト、大丈夫か……? おい、アルト……!」
「ううあ、うああぁ……」
「起きてくれ、アルト!」
「うあああああああっっ!!!」
彼は叫んで飛び起きた。
「アルト! 大丈夫か!?」
私は彼を落ち着かせようと、彼の頭を撫でようとして手を伸ばす。
「っ!」
「あ……」
アルトはひどく怯えて身をすくめた。私を見つめる瞳は、恐怖で瞳孔が開いている。私の中に凄まじい勢いで絶望と後悔、罪の炎が燃え広がっていく。
「っ…… すまない…… 私、出ていくから……」
これ以上彼を恐怖させてはいけない。私はここにいるべきではない……
私は急いで自分の服をかき集める。油断していた。昨日の元気そうなアルトの姿に、彼は意外にも心の傷は負っていないのかもしれないと、思わず自分の願望が入り混じった認識が、しかしそんなはずがない、彼の記憶には逃れられない恐怖が、私の犯した消えない罪が……
「え…… あ、待って……! 行かないで! あの、ごめんね、寝起きでちょっとびっくりしちゃっただけだから」
部屋から出るだけでいいのだろうか、いや…… もうこの家から…… 彼と共にいればきっとまたこういうことが……
「いや…… やはり私はいるだけで君を苦しめるんだ。私は、君の側にいる資格は、無い」
屋敷を出てどこへ行こう、私は何をしたら……
しかしとめどなくエスカレートする私の思考は引き戻された。アルトが私の手を握っている。
「僕は大丈夫だから。どこにも行かないで。あと、勝手に死んだりするのも絶対だめだよ。これは…… ご主人様命令だからね」
私の目を見据える彼。思わず目を逸らしたくなる。アルトはそれでも私を救おうとしているのだ。自分と共に生きろと…… どうにかして私に生きる理由を与えようとしてくれる。
「君は本当に…… 優しいね……」
命令なのだから従わなくては…… 出来るだろうか……? はっきり言って自信はない。何度も今回のようなことがあって、私が彼を幾度となく傷つけても、私が彼を何一つ幸せに出来なくても、それでも共にいると――
「破ったら僕も自殺するから」
「な、それは……!」
それはあまりにも…… 今まで一度も私に自分から命令しなかった彼の、初めてのそれは、私を慮ってのもので、しかし今の私にはその気持ちが、覚悟が辛い。
「分かった……?」
どうにか他の道がないか考えたが、断れる道理はない。私が了解すると、彼も少し安心したように頷いた。
こうなった以上はやれるだけやるしかないだろう。もう悲しい話は終わりだ。私が彼を幸せにするために出来ること…… なにか…… と考えていると彼に話しかけられる。
「ねえ、ユキは欲しいものとかないの? 生活必需品の他にさ」
「別にないよ。生かしてもらっているだけで十分さ」
「ええ~またそういうこと言う~」
「う、うーむ…… しかし本当に欲しいものが無いからな……」
「武器とかは? ほら、ユキ強いからさ、昔戦ってたんだよね、剣士? 騎士……だっけ?」
彼の意外な提案に、一瞬脳裏をよぎる私のかつての愛刀、今はどこの誰の手に渡っているのか……
「まさか、騎士などではないよ。単なる冒険者さ、戦いしか取り柄がないからな。剣士というのもな…… 太刀を振り回していただけさ」
そこまで前の話ではないのに、何だか懐かしいような気までしてくる。全てが変わってしまった。あの時はこんな未来は思いもよらなかったが、色々な人生があるものだな……
「太刀! 買いに行こう!!」
え……? 感傷に浸り始めそうになった私の思考を叩き切るアルト。私に武器まで買い与えようというのか……!?
「ま、待ってくれ、今の私は武器なんか持っていい身ではない……!」
「大丈夫だよ、ほら行こう!」
アルトは珍しく積極的だ。私の手を引っ張って連れ出そうとする。
「信頼しすぎだ……! 私がもし――」
「その気になったら刀なんか無くてもやれるでしょう? そもそもユキはそんなことしないよ」
「それはそうだが……」
私は否定しようとする言葉とは裏腹に、少しだけ心の高揚を感じていた。柄を握る感触、腰に下がる重み、鞘を払う音…… 体に染みついた記憶が、淡く蘇る。
「じゃあさ、僕のボディーガードしてもらうとかは!? 武器が必要なときもあるかも」
「ご主人様は誰かに狙われるような覚えが……?」
「いや、無いけど。でもほら、僕って人に言えないことが多いし……」
「う、うーむ……」
アルトが望んでいるのか私が望んでいるのかわからないままに、彼に従って家を出た。




