14-A
気が付くと僕は座り込んでいて、ユキがしゃがんで僕を覗き込んでいる。どうしてこうなったのか覚えていない。いや、覚えていなくとも分かっている。僕は夢を見ている…… けれど眠りの中に揺蕩う僕の脳、これは夢だと理解している頭の隅は、混沌と渦巻く思考の流れと連絡が取れない。
僕の予想通りに事は動く。ユキは僕の右手を掴む。記憶の再現を一歩引いて見つめる僕はこれは夢だと叫ぶが、当事者として恐怖する僕はパニック状態だ。
「やめて! お願い」
ユキは答えない。指が握られた。半分だけ夢だと理解した僕、理性は無く、隷印を使う。
「“やめて!”」
彼女は微動だにしない。僕をじっと見つめている。「3、2、――」
全ての僕が恐怖した。またあの痛みを味わわされる。「“やめて!” “やめてっ!!”」たとえ夢でもきっと感じる。これは夢なんだ、落ち着け、自分で操作できる、そんなこと無理だ、やめて、怖い、いやだ――!!
「いち――」
「うあああああああっっ!!!」
「――ルト! アルト……!!」
「っ!」
ユキが手を伸ばしてきて、僕は反射的に身をすくめた。
「あ……」
ユキは一瞬、小さく驚いたような声を漏らしたけれど、すぐに苦しげな顔で目を逸らす。
夢の中で僕を支配していた無秩序な思考の濁流が流れ去っていく、ここは僕の部屋だ、2人とも服を着てない、そう、昨日あのまま寝ちゃって……
「っ…… すまない…… 私、出ていくから……」
「え…… あ、待って……! 行かないで!」
自分の服を拾い集めて部屋から出ていこうとしているユキを思わず呼び止める。僕を見るユキの表情は、それは絶望だろうか、悲壮極まっていた。
「あの、ごめんね、寝起きでちょっとびっくりしちゃっただけだから」
「いや…… やはり私はいるだけで君を苦しめるんだ。私は、君の側にいる資格は、無い」
今にも泣きだしそうな震え声でユキは言う。そんなの違う、違うのに……!
僕はわざと力強くユキの手を握る。
「僕は大丈夫だから。どこにも行かないで。あと、勝手に死んだりするのも絶対だめだよ。これは…… ご主人様命令だからね」
僕はユキの瞳を見つめて一気に喋る。ほとんど勢い任せだ、命令なんて…… 後先考えずに言ってしまった。
ユキは観念したようにベッドに座りなおす。
「君は本当に…… 優しいね……」
ユキは微笑むけれど、彼女の気高い強さはもはや消え去ってしまったかのよう、意志というものが感じられない。
もしかしたら僕たちはもう一緒にいない方がいいのかもしれない。ユキは僕と共にいたら苦しんでしまうから。けれどじゃあさようならとユキを開放したら、今の彼女は下手したら…… 自殺したり、自分を傷つけたりするなとだけ言ってお別れすることも考えたが、それでもきっと死んだような生活をして、何の幸せもなく、一生罪の意識に駆られて…… そんなユキを想像しただけで胸が塞がる。結局は僕のエゴだけれど、それは嫌だ…… いや、そもそも…… 僕は一緒に居たいんだ、ユキと……!
「破ったら僕も自殺するから」
「な、それは……!」
プライドも何もない、卑怯なやり方。そもそも本当に僕に自殺する勇気があるのか分からない。けれど今はこれしか……
「分かった……?」
ユキは迷うが、僕は目を逸らさない。
「分かっ、た……」
ユキは最後には頷いてくれた。
僕が意識的に明るく振舞っていると、ユキもすぐにいつも通りに戻ってくれた。内心がどうあれ少なくとも表面上はね。
「ねえ、ユキは欲しいものとかないの? 生活必需品の他にさ」
「別にないよ。生かしてもらっているだけで十分さ」
「ええ~またそういうこと言う~」
「う、うーむ…… しかし本当に欲しいものが無いからな……」
「武器とかは? ほら、ユキ強いからさ、昔戦ってたんだよね、剣士? 騎士……だっけ?」
なんか、よく考えたらまだユキの事なんにも知らないな……
ユキは苦笑しながら教えてくれる。
「まさか、騎士などではないよ。単なる冒険者さ、戦いしか取り柄がないからな。剣士というのもな…… 太刀を振り回していただけさ」
太刀! 似合いすぎる! 僕の頭の中に浮かんだイメージ、刀を腰に下げたユキは…… いい…… 最高……! 見たい!!
「太刀! 買いに行こう!!」
「ま、待ってくれ、今の私は武器なんか持っていい身ではない……!」
「大丈夫だよ、ほら行こう!」
僕はユキの腕を引っ張る。ユキに僕のこと以外の生きる意味、いや、そんな大げさな事じゃなくても趣味みたいなものでいいんだ、それがあったら少しでも気が晴れるんじゃないかと思って、いや実際は僕が見たいっていうのがほとんどの動機だけど。
「信頼しすぎだ……! 私がもし――」
「その気になったら刀なんか無くてもやれるでしょう? そもそもユキはそんなことしないよ」
「それはそうだが……」
「じゃあさ、僕のボディーガードしてもらうとかは!? 武器が必要なときもあるかも」
「ご主人様は誰かに狙われるような覚えが……?」
「いや、無いけど。でもほら、僕って人に言えないことが多いし……」
「う、うーむ……」
むりやり説得して家から連れ出す。こういう時は家にいるより外に出た方が良いよね、たぶん……




