7章 綴らない夜
夕食を食べ終えた二人は、食後のほうじ茶を啜りながらテレビを眺めていた。
ハルは上品に両手で湯呑を持ち、クロはだらしなく机に突っ伏しつつ、頭だけを横に向けて画面に視線を向けている。
薄型テレビの中では毒にも薬にもならないような、タレント数人が都心の美味いラーメン屋を巡るという平々凡々極まりない番組が放送されている。
ただ少々異なっているのはその舞台、都心といっても東京ではなく天国の都心である。
タレントも随分と昔現世で亡くなった方らしいし、ラーメン屋の店主も故人だ。
ていうか登場する人物全員が故人なのである。
当たり前だろう、現世での穴場ラーメン屋を知ったところで気軽に足を運ぶことなんかできないし、無益以外の何物でもないのだから。
煉獄はテレビ会社を作るだけの人員が無いし、視聴者数も天国に比べて圧倒的に少ないから、こうして天国の電波を受信して放送しているのだとか。
ちなみに地獄は地獄専用のチャンネルがあるらしいが、地獄の番組ってどんな内容なんだろう、血の池百m自由形とかやっているのかな――なんてことを思いつつ、ハルは用意してあった煎餅をポリポリ食べる。
どこからどう見ても、田舎に帰省したはいいけどやることが無くてテレビばかり見ている都会っ子だ。
これではいけない、こんなことをしている場合ではない。
「あのさー、クロー、童話作成の手伝いをするっていうのはいいんだけど、その具体的な内容とか作業工程とか何一つ聞かされていないのは如何に」
「自分から仕事の内容を訊くだなんて、よっぽど俺の配下に置かれたいとみた」
「いやさっさと面倒な仕事を終わらせて情報を引き出したいだけなんだけど……」
んなこと言うなよハーちゃん、誰がハーちゃんか、などと戯れた後、クロは真面目な顔になって説明をし始める。
「まあ簡単に言えば代筆だな。俺が登場人物、プロット、心情とかをペラ紙に書くから、それを見てお前が物語を原稿用紙に綴っていくんだ。原作俺、執筆お前、みたいな感じで」
「そりゃ随分と……力技で……」
「仕方ないだろ! ネームみたいに俺がかるーく文章を書いて、それをお前が自分の文に直してクオリティアップさせるっていう手法もあるが、俺の文章を読んだ人間が正常な意識を保てるとは到底思えないし」
「その俯瞰的な自己分析には惚れ惚れするわ」
とはいえやはり難しそうで、ハルは渋面を浮かべながら唸ってしまう。
そもそも自分は習作すら書いたことはないし、心理描写なんて小難しそうなものを書ける自信はピグミージェルボアサイズ並に僅かしかない。
本格的な文章なんて書いたことはないけど、もしかするとクロみたいに見ているだけで眼球破裂が起きそうな文とまではいかないが、準ずるほど悲惨な文章になる可能性もある。悲しい。
「まあいきなり取り掛かるのも急だし、最初はお試しで色々書いてみるといい。こうなると思って、2~3個ほど話のストックがあるんだ」
「うーん……やれるだけのことはやってみるけど」
そこでふと、まだクロに確認していなかった事項を思い出す。
「ていうか最終的に私が書くべきなのは童話一本だけでいいの? 『童話の手伝いをする』っていう制約だけだから、言葉巧みに私を騙くらかして今後書きまくらせる気じゃあ……」
「そこまで人非人なことするわけないだろう。俺が必要としているのは三本の童話、それも全部短編でサクッと終わるヤツだ。恐らく各々が数ページで終わる程度のな」
「……そんなに短くていいの?」
「ああ、結構だ。長い作品を作るのが目的でもないし、短くまとまればまとまるほど味が出る。……まあ身構えることはない、気軽にやればいいのさ」
気軽にという言葉をまさに気軽に言ってのけるが、文章慣れしていない人間の気持ちなんて文章慣れした奴には分からないだろう(クロを文章慣れした奴だと表現するのはいささか的外れな気もするが)。
「とりあえずその話のストックっていうのを受け取って、今夜にでも色々試してみるわ」
「ん、頼む」
嘆くのは試してみてからでも遅くない、ダメなら相応の参考書でも読んで勉強すればいい話だし、と身構え、ハルは手元のお茶を一口啜る。
クロと話している間にお茶は丁度いい温度まで温まり、喉を刺激することなく通過していくのだった。
「で、私が書いた童話を何に使う気なの。もしどっかの出版社に出すなら破格のロイヤリティを吹っ掛け――」
「別に世間へ公表する気はないぞ。ただ少し、……必要なんだ。後々重要なモンになるんだよ。というわけでがんばれ、気張れ」
「なにその強引なはぐらかし、年頃の女はそんなのじゃ騙されないわ。一応助力している身なんだし、用途を詳しく聞かせてもらいたいわね。さもなければ明日からクロの食事は肉骨粉よ」
「あんまり深く追求すると、お前が風呂入っている時にフルチンで突入するぞ」
「猥褻物陳列罪とかで即座に地獄へ叩き落とされそうね」
煎餅とお茶のコンビネーションアタックを味わいながら、クロは首を横に振り、拒否の意を示してみせる。
「まあ誰にでも隠しておきたい秘密があるってこった。お前だって体脂肪率を問いただされまくったら腹立って釣鐘ヘッドバッドの一つくらいしたくなるだろ」
「それはまあ、そうだけど……」
とはいえハルは納得がいかない様子、頬を膨らませながらクロを見つめ、遺憾そうな眼差しで射抜きまくる。
そんな視線から目を逸らし、クロは壁に掛けられた時計を見て、
「もうこんな時間か、風呂に入らないとな。総員俺に着いてこい!」
「何さり気無くセクハラかましてるの? 地獄に叩き落とすわよ」
「閻魔とかじゃなくてお前に叩き落とされるのか……」
クロは気怠そうに席を立ち、大あくびをしながら洗面所まで歩いていく。
一人になったハルはクロ以上にダルそうな面持ちで、ただただテレビを見るばかりだった。
そして、夜が更ける。




