49章 銀河の淡雪
「……あ」
その時、クロとハルが同時に声を上げた。
車窓から見える宇宙の中に、雪が吹き荒れている。
純白の雪がまるで吹雪のように、窓の外を横切っていた。
二人は窓から身を乗り出して、その風花を眺める。
それは雪ではない。
ただ、銀河鉄道が凄まじいスピードで前に進んでいるので、過ぎ去る白き星々がまるで雪のように見えているだけだ。
しかし二人にとってそれは白雪。
イーハトーヴでは見ることが叶わなかった白銀の欠片が、そう、今や銀河いっぱいに舞い散っている。
それは終わりを告げる雪。
最後の一瞬、銀河に散り行く淡雪。
銀河の淡雪が、凛として舞う。
「おお……」
子供のように感嘆の声を上げるクロ、そしてハルは彼の横顔を見ている。
彼女は自分に誓った一つの約束を思い出していた。
『雪の舞い散る中で、大好きな星冬に告白したい』
それは幼き頃の遥かな夢。
現世でもイーハトーヴでも叶うことの無かった、最後の心残り。
拳をぎゅっと握りしめて、もう逃げないと心に誓って。
これが最後なのだから、最高の自分になろうと願って。
そして彼女は、一歩下がる。
クロが振り返り、ハルの顔を見た。
窓を背にしてハルを見下ろしている。
「ねえ、クロ……貴方に一つだけ、伝えたいことがあるの」
真っ赤に染まった顔は、もう隠さない。
目も逸らさないし、絶対に言い淀まない。
まるで宝石のように光を乱反射する星々に、揺蕩うクロの瞳に、蒼き帳の落ちた銀河鉄道に、自分の言葉の残響に、全てのものに勇気を与えられて――私は――。
「私は、貴方のことが好きです」
萌芽から十年もの時を経て、たった一つの想いを、口にする。
きっと今自分の顔は桜色に染まり、耳朶まで色濃くなっているだろう。
でも、彼だって同じ顔なのだから、見られても恥ずかしくない。
「ずっとずっと、貴方のことが好きでした。……幼い頃から、大好きでした」
好きだと言うたびに、胸の奥に痛みが走る。
切望していた愛の言葉が自分を傷つけている。
言葉にすればするほど愛は深くなって、永遠の別れを受け入れられなくなる。
永遠にここで二人きりならば、なんてことさえ考えてしまう。
でも……もう、戻れない。
私がここに残せるのは、きっと、言葉だけ。
「だから、……だから……」
更に言葉を続けようとした。
溢れる万感の思いを伝えようとした。
けれどそれは音にはならず、ただ息苦しさを覚えるばかり。
だから一言だけ、幼い頃の言葉を、最後の勇気を振り絞って口にする。
「……いつまでもずっと、大好きだよ。星冬……」
頬に差した黄昏のような紅さを隠さずに――クロは静かに口を開いて――そして同じ一つの想いが――、
「俺も、お前のことが、……ずっと、好きだった」
――今、交差する。
どちらからともなく歩み寄り、そしてハルが少しだけ背伸びをした。
瞳を閉じ、クロの肩に手をかける。
クロはその背を抱きながら、今度こそ――唇を重ねた。
初めてのキスは、まるで時が止まったかのようだった。
今自分がどれほどキスし続けているのかも分からず、ただ己の鼓動だけを感じている。
真っ暗闇な視界の中で、好きな人とお互いを確かめ合う。
脳裏に浮かぶのは子供の頃の光景。
手と手を取り合い、幼げな恋心を秘め合いながら寄り添っていたあの日々。
あれから長い時間をかけてしまった、ここまで至るのにたくさんの苦労をしてきてしまった。
それでも、ようやく、最後に報われた。
この人と共に在れたことを、その隣に居られたことを、今、何よりも強く思う。
不完全で歪な恋心が――決して一人では完成させられない想いが、今二つ重なり、純粋なカタチを為していく。
今まで欠けていた心のどこかが満たされて、自分という全てが幸福に包まれていった。
「…………」
やがて、二人の唇は名残惜しそうに離れていく。
至近距離で見つめ合って、笑顔を浮かべ合う。
窓の外からは強い光が差している。
二人の姿を真っ白く染め上げて、視界を全て奪ってしまう。
その光は導きの閃光、ハルを現世へと還す為の呼び声。
何も見えない世界でも、二人はお互いを抱きしめ続ける。
まだ温もりはそこにある。
でも、もう、終わりなのだ。
「……さよならだね」
「ああ、さよならだ」
温もりが消えていく。
全てが光に包まれて、ただただ何も感じられなくなっていく。
だからこそ二人はもっと強く抱き合った。
最後の一時まで、愛する人を失ってしまわないように。
そして――二人は、言葉を重ねて――別れを告げる。
「――さよなら」




