43章 美しき銀河の幻想物語
青く光る銀河の岸に、銀色の空の薄が一面揺られて動き、緩やかな波を立てている。
桜の花弁みたいな光が宙を舞い、紫色の輝きと橙色の瞬きが交錯して、珠玉のように優しく月明かりを映射していく。
それこそが旅の黎明を示す盛大なプレリュード。
二人はその光景を、目を皿のようにして眺めている。
銀河を流れる水は硝子よりも水素よりも透き通り――目の加減の所為だろうか――紫色の細かな波を立てたり、虹のように煌めきながら、声も無く過ぎ去っていく。
一面に広がる唐紅の野原には燐光の三角標があり、東雲と同じ色をした原っぱで、冬木立のようにただ聳えていた。
「宇宙に野原があるだなんて、水が流れているだなんて、……イーハトーヴにいた頃は思いもしなかったわ」
「近づいて見ないと分からないものなんだよ。透き通った水は遠くから見ればアクアマリンにも見えるし、超新星爆発は闇を彩る花火のようにも見えるしな。遠くから見た世界なんて眉唾物、ただ恐ろしいものばかりが広がっていると思われがちな宇宙は、実はこんなに色彩豊かな空間ってわけだ」
そこでふと窓から身を乗り出し、銀河鉄道を見上げてみると、銀河ステーションではあれほど猛々しく噴出していた煙が、もう一切出ていないことに気づく。
宇宙で煙を出すわけにもいかないから、アルコールか電気を使って走っているのだろうか。
「宇宙を汚すわけにはいかないんだ」と、クロが静かに言った。
「煙は宇宙にとって邪魔なものだから、ここでは出さないの?」
「ああ、そういうことだ。煙だけじゃない、ほら、そこら辺を見回してみろ。スペースデブリ一つ無いだろ、天の者達はこの宇宙が穢されないよう、細心の注意を払っているんだ」
確かにクロの言う通り、流星物質はこの重力無き宇宙を彷徨っているのに、人の生み出したゴミ類は一切漂っていない。
銀河鉄道を除けば、この宇宙にあるものは全て自然の創り上げたものなのだ。
「ゴミが浮遊していると、思わぬ事故に繋がりかねないからな。銀河鉄道がスペースデブリと衝突して走行不可能、なんて事態になったらシャレにならないだろう」
「それを危惧するなら、流星物質も取り除いたほうがいいんじゃないのかしら」
「あれは自然が作ったものだから、俺たち人間が触れていいものじゃないんだ。だからその軌道を予測して、安全なルートを導き出してから銀河鉄道を動かすんだよ。ただし今ある流星物質で手一杯、これ以上増えると厄介なことになるらしいな」
その時、銀河鉄道のすぐ近くを彗星が通過した。
その体からは細かな塵が放出され、膨張して隕石となり、軌道運動を行い始める。隕石の帯がまるで滑走路のように長く伸び、銀河鉄道はその動きに沿って前へ進む。
枇杷茶と同じ色とした岩がぶつかり合い、時に弾け、欠片となって惑星に落ちていった。
隕石の傷口から溢れるのは白藍に染まった水。
それは川となり、星と呼ぶには烏滸がましいほど小さな流れ星の道筋となる。
川の表面が白く輝いた、それはまるで白妙のように純白で、その中には紅玉や翠玉、黄金色に透き通る蒼玉などが浮かび、清澄な閃耀を瞬かせていた。
七色の宝石たちが若き星となる。
内側から爆発しそうなエネルギーを抑え込みながら、人には決して描けず、イデア界にしか存在し得ない完全なる円に成る。
コスタリカの石球よりも真ん丸に、見ているだけで気が動転しそうなほど美しい形に生まれ変わった。
やがてそれは惑星へ育つだろう、蒼き宝石は地球のように、紅い宝石は赤色矮星のように。
やがて命の箱舟となって、胎動を始めるはずだ。
「綺麗な景色ね……」
ハルの落としたその言葉はまるで夢心地、胡乱な心で爛々な幻想に囚われたかのよう。
隣に座るクロも同じ心境、この素晴らしき光景に目を奪われないはずがない。
「俺たちが眺めていた空ってのは、実は、こんなにも美しいものだったんだな」
やがて河原が見えてきた。
浮かぶ礫は透き通り、水晶や黄玉や、くしゃくしゃの皺曲を表したものや、稜から霧のような青白い光を出す鋼玉なんかもある。
今すぐその渚に行って水に手を浸したいが、水素よりももっと透き通る川だ、自分たちが触れてはいけないような感覚に襲われる。
「切符を拝見いたします」
その時二人は、赤い帽子を被った背の高い車掌がすぐ傍に立っていることに気づいた。窓から見える景色に心を奪われ気づかなかったのだろう。
慌てて二人は懐から切符を取り出し、車掌に提示する。
まずハルの切符を受け取った車掌は、まっすぐ立ち直って丁寧に開いて見始める。
読みながら上着のボタンなんかをしきりに直したりして、どこか落ち着かない様子だ。
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」と、車掌が尋ねる。
「……何だかわかりません。これは特別な切符なんですか?」
「これは本当の天国にさえ行ける切符です。……いや、天国どころではなく、どこにでも行ける通行券なのでしょう。たいしたものです……」
「……」
具体的な事は何一つ分からなかったが、恐らくとんでもない価値があるものなのだろう。
車掌は一筋の汗を拭い、ハルに切符を返す。
そして次にクロの切符を受け取り、今度は、ただ黙ってその切符を眺めていた。
「……これは、貴方が望んで得た切符なのですか」
「ええ、これが私の意思です」
暫しの間目を瞑り、車掌は何かを深く思案し続けた。
そして迷いを断ち切るかのように、決然とした表情を浮かべながら、クロへ切符を返す。
「拝見いたしました。是非銀河の旅を最後までお楽しみくださいませ……」
キャップを直し、車掌は別の客のところへ行ってしまう。
二人は再び、窓の外を眺めていく。
二人が持つ切符。……それがどんな意味を持つのか。今はまだ何もわからずに。




