36章 迫る終焉
例え永遠を願おうとも、それは徒労以外の何物でもない。
人間一人が時の進みを妨げることなんかできず、確実に物語は終焉へと向かい進んでいく。
どれだけ強く祈願しても、ほら、もう日は落ち、空は黒ずんでいる。
それはまるで祭りの後みたいな虚脱感。
まだ何一つ終わらせてはいないのに、ハルだっているのに。
どうして胸に穴が開いたかのような、空虚で物悲しい気分になるのだろう。
原稿用紙の上に文字を刻み付けながら、クロは悲しげに目を伏せた。
彼は原稿用紙の最終マスに終止符を打ち、鉛筆をその場に横たわらせた。
これで最後の物語の骨組みは作られ、後はそこにハルが肉付けしていくだけ。
そしてこの物語が完結した時、クロの計画はいよいよ最終段階へと突入する。
クロは窓のほうを見て月を見上げる。
夜空に輝く月に寄りそう許多の星々、その光景を瞳に映しながら、彼はこれまでの日々を回想した。
ジョヴァンナとの日々、ハルモニアとの日々。
何にも代えがたい輝かしき時間を思い出しては……後悔をし続ける。
これでよかったのか。
いつか痛みと変わる恋心を抱き、宵闇へ溶けるのに耐えられるのか。
分からない、全てが終わったその時に至るまで、何者にも理解できないだろう。
今自分の綴った原稿用紙を掴み、端っこをホッチキスで留めてから、椅子を蹴るようにして立ち上がる。
己の部屋を出て、冷え切った廊下を歩き、ハルのいるリビングへと向かった。
「ようハル、ついに最後のプロットが出来上がったぞ」
リビングでテレビを見ていたハルが振り返り、クロの掲げた原稿用紙を視界に入れる。
ハルは「やっとのお出ましね」と言いながら立ち上がり、テレビの電源を消す。そしてクロのほうへと近寄り、その手から用紙の束を受け取った。
その束を胸に抱きながら、ハルがクロの服の袖を引っ張り、自分の部屋まで連れていく。
原稿を書く時はハルの部屋で、隣にクロを置きながら。
第一の物語を綴った時から、そんなことが習慣付いていた。
電灯のオレンジ色に照らされながら、ハルはすっかり尻に馴染んだ椅子へ座り、設定集とプロットを読み始めた。
その隣でクロは、小さな折り畳み式の椅子に座り、ただ天井だけを見ている。
二人は言葉も発さず、ただハルがページをめくる音だけが部屋の中に響いていた。
クロがどうして天井を見ていたかは、未だ定かではない。
目の前で自分の書いたプロットを読まれるのが気恥ずかしかったのか、最後の物語を書くことが感慨深かったのか、……それとも、見開かれていくハルの瞳を、見られなかったのか。
ハルは喉を鳴らし、もう一度プロットを始めから見直した。
今までだってそうだった、三度目なのだから別段驚く必要も無かった。
しかし今回は少し場合が違う。何故なら、この物語の原案を聞いた時――クロはその場にいなかったはずなのだから。
本当にただの偶然か、扉の前で聞き耳を立てていたのか、それとも最初から知っていたのか。
把握できないまま、クロに訊けないまま、ハルはシャープペンシルを握る。
不満不平、疑問などは全て書き終わった後に口にするのも、また二人の間のルールなのだから。




