30章 疑惑の一致
「……」
上から下までプロット読み終えたハルは、笑顔を湛えながら無言で冊子をテーブルに置いた。
特に何も発言はしていないが、全身の毛穴という毛穴から溢れ出る威圧感が凄まじい。その気迫にさすがのクロでさえ慄いてしまう。
「ど、どうしたハルモニア・プリオシン」
思わずフルネームで呼んでしまうクロに対して、ハルは何も言わない。
ただひたすらに押し黙り、白くて長い指でプロット冊子の表紙を突きまくるだけだった。
その行動を言語に変換するとこうなる。
またもやどっかで見たことある話なんだけど。
それを感じ取ったのだろう、クロも嫋やかな微笑を浮かべながらのうのうと「偶然の一致だ」とのたまってみせる。
当然のことながら、そんな言い訳を信じられるほどハルはニブチンなわけじゃない。
二体の敵に虐められるツノトンボ、それを守ろうとするアオイトトンボ。
この構図はどこかで見た、今日繁華街で見た。二人のチンピラにハルが絡まれ、それに対して立ち向かったクロの図だ。
考えてみれば、ツノトンボが異端な存在であることもハルを示唆している。
ハルは記憶喪失、他の煉獄民と比べたら異端の存在だ。やはりこれも偶然にしては似すぎている。
よもやこの男、童話を自分の日記帳か何かだと思っているんじゃないだろうな。
そんな意を込めた視線でハルが凝視すると、クロはそっぽを向きながら口笛を鳴らし、勢いよく席を立つ。
「とにかく! その話を書いてもらうからな、異議は却下する!」
有無を言わさぬ口調で言い残し、クロはのしのしと部屋を出て行ってしまう。恐らく風呂にでも向かったのだろう、奴は一番風呂を何より好む日本男児だ。
一人残されたハルはため息をつく。
現実での出来事を元にして書かれる三本の童話。
一体何故こんなものを書かせるのか、未だに謎は深まるばかり。
この物語は誰の為に綴られるのだろうか、歴とした存在価値があるのだろうか。
「……せっかく煉獄で会えたんだから、こんな事じゃなくて、もっとさ……」
譫言のような己の言葉に驚き、自分自身の手で頬を数度叩く。
ダメだ、意識しちゃダメだ。
惚気のようなことを考えると、せっかく元通りになったクロとの間柄がまた微妙な雰囲気になってしまう。できるだけ意識の外に恋心を逃がすべきだ。
再度ため息をつきながら、ハルは窓枠に体を預け、開け放たれた窓から外を眺めた。
吐いた息はこんなに白くけぶるのに、降り続く雨は冷たくなっているのに、雪はまだ姿を見せようとはしない。
雪と雨の境目を保ち、イーハトーヴは今日もハルの心に期待を植え付けるばかり。
「雪、早く降らないかな……」




