23章 トキーオの街
街に出る、なんてことを言うもんだからイーハトーヴの街を散策するのかと思いきやそんなことはなく、クロが口にした目的地はもっと別の場所だった。
銀河ステーション発の電車に乗り、二人は別の街へと向かって揺られながら移動していく。
煉獄にはイーハトーヴ以外にも幾つかの街があるようだった。
トキーオやモリーオ、ハームキアにセンダードなど、それぞれに特色があるらしい。
今回向かうのはトキーオという街、話によれば煉獄の中でも一番の都会らしく、高層ビルやショッピングモールなどが連並んでいるのだとか。
電車で揺られるハルはそのトキーオを楽しみにしつつ、窓の外に通り過ぎていく景色を眺めていた。
子供にイタズラされているタバコ畑、ポラーノという名前の広場には大勢の人が集まっているし、それを過ぎれば白いキノコの生えた栗の木が並んでいるのを発見する。
今まで自分が見てきた光景が井の中であったことを思い知らせてくれるくらい、車窓を横切る景色は未知なるものに満ち溢れ、心を浮つかせてくれた。
窓からの光景を眺めているハルはまるで子供みたいで、隣でクロが苦笑しているのも無理はないと言えよう。
それはまるで旅に出た時のような感覚、真新しい世界に触れ、センセーショナルな世界観にただ感嘆するばかり。遊園地に来た児童の如し、周りの乗車客もその姿を微笑ましく見ている。
……それに気づいたクロは、どうにも気恥ずかしそうな顔をしていたのだが。
やがて車内に、トキーオに到着するというアナウンスが響く。
たった十数分乗っていただけで、楽しい電車の旅は終わりを迎えてしまう。
ハルはどこか後腐れがあるような風だったが、いつまでも未練がましく電車に乗り続けるわけにもいかないので、クロと共に電車を降り、トキーオの街に降り立った。
トキーオを一言で表現するならば、ザ・都会といったところだろう。
クロの言った通り高層ビルが連なり、人の行き来もイーハトーヴとは比べ物にならないくらい雑多だ。
それはもう現世で一番栄えている都会とタメを張れるほどの盛況っぷり、こんなにも罪を残して死んだ人が多いのかと感心してしまう。
「で、シナハンするって言っていたけれど、結局どこに向かう気なの?」
「未定だ、まだ話がつま先ほども決まっていないんだからな。そこらへんをぶらぶらしつつ面白そうなものがあったら取り込む」
「……もうなんというか、シナハンより前の段階って感じね」
二人で巨大なクロスロードを渡る。
歩行者用信号機からはとおりゃんせのメロディーが流れ、それと共に表示されている数字も刻々とカウントダウンをしていく。
数多の人とすれ違い、時には肩をぶつけてしまいながら、前を淀みなく歩いていくクロについていくのだった。
「いいかハル、面白そうなものがあった即刻俺に言うんだぞ。よい働きをした暁には甘味などの褒美を与える所存だ。いつだって俺は歩合制のスタンスを往く者也」
「とはいっても、妙に近代的過ぎて童話に使えそうなものはあまりないわねえ。童話ってもうちょっと自然的で、なんとなくファンシーとかメルヘンとかいう言葉が似合う場所が適しているんじゃないかしら」
「このバディがメルヘンさを追求したら惨事が起こる」
じゃあなんで童話を書いているんだよ……と言いたいのをぐっと堪えながら、ハルは傘を揺らしつつ歩いていく。
生憎の雨でも人足は途切れず、トキーオの街は膨大な数の傘に浸食されていた。
衛星写真で俯瞰的に見てみれば(尤も煉獄に気象衛星があればの話だが)、恐らく様々な色のカビに埋め尽くされているように見えるだろう。まあ大半は安っぽいビニール傘なので、スケスケな箇所が多いのだろうが。
そこで用事を思い出したクロが声を上げ、近くのデパートを指さす。
「あー、そうだそうだ、とりあえず家電売り場行っていい? 最近掃除機の調子が悪くて仕方ないんだ、むしろゴミを吐き出して部屋を汚しにかかってくる」
「シナハンじゃなくて、本当に単なる休日のお買い物って感じね……」
二人は7~8階くらいまであるデパートへ立ち入り、丁度到着したエレベーターへ乗って、真っ直ぐ家電売り場へと向かう。
そこに展示されている家電は全て最新式、現世で開発されたものと比べても謙遜ないほどだ。むしろその一歩先を行っているほど。
「天国には研究者とか頭のいい奴が多いからな。彼らの知恵を集結させれば文明機器の開発なんてお手の物、特定の分野に限っては現世での研究を遥かに凌駕している箇所もあるぞ」とはクロの談だ。
多くの機能を完備した家電を見ているとその談もあながち間違いではないと思える。
現実世界でこれを発明するには、少なくとも後十数年程度の時間が必要だろう。イーハトーヴの技術力はバカにできない。
「ちなみにお金足りるの? さほど余裕があるようには思えないけれども」
「あー、最近講演会とかに参加してないからな、どうだろ……ちょっと財布貸して」
ハルが「ん」と言いながら財布を渡し、クロがその中身を確認し始めた。
同居している以上財布は共用、むしろクロは小物をほいほい買ってしまうタイプなので、最近はもっぱらハルが財布を握っている状況だ。
そんな様子を見て何かを勘違いしたのだろう、先ほどから二人の様子を窺っていた店員がここぞとばかりに近づいてくる。
「もしかして新婚さんですか?」
食事中なら凄まじい勢いで噴飯していただろう。
クロとハルは二人揃って驚き、同時に首を横に振る。この世で一番されたくない邪推だ。
「いやいやいや、この男は別にダンナとかじゃないですから。どちらかと言えばペットに近い立ち位置、むしろ首輪をつけて庭に放し飼いしたいくらいの関係性ですから」
「店員さん、冗談は止していただきたい。こいつは単なる居候、新でもないし婚でもない、この女に恋するくらいなら深海魚に求愛の舞を披露していたほうがまだ有意義というものです」
双方から怒涛の否定を受けた店員さんはちょっと引きながら「そ、そうですか、失礼いたしました」と謝り、すぐに「本日はどちらをお探しでしょうか?」と営業モードに戻る。
クロは一列に並んだ掃除機を指さし、どれが一番使いやすいかを問う。
「あー、掃除機でしたらこちらの新型のがオススメですよ。従来の掃除機とは比べ物にならないほどパワフルな吸引力を誇り、清掃業者がスタンディングオベーションをするほどの逸品です。老若男女がこの商品に唸りをあげ、もはや今までの掃除ライフがおままごとに感じるほどのハイスペックなのです」
明らかに何割増しか誇張されているが、沢山ひっ付けられたポップを見るに、この店での目玉商品であることは間違いないようだ。
しかし最新型ともあって値段も最高級、掃除機にかける金としては破格の額に設定されている。
無論、最近薄ら寂しくなってきたクロの所持金では、買えないこともないがその後の生活が逼迫することは火を見るより明らか。三食を食パンで済ませる覚悟がなければ到底手を出すことはできないだろう。
「性能はこの際数ランクダウンしてもいいから、もうちょっと安い掃除機ありませんか。値段と場合によってはモップでも構わない覚悟で来ているので」
「そうですね、それでしたらこの型はどうでしょう。数年前に発売されたものなんですが、まあ、掃除機としては割かし有能ですよ」
そんな言を聞き、ハルとクロは満足そうに頷いた。
「これならクロも大満足ね、もう吸えない掃除機を持って静かに涙を流すこともなくなるでしょう」
その商品が気に入った二人は購入を決意、お手頃値段の掃除機を手に入れることに成功したわけである。
だが購入後にクロが、掃除機は最後に買えばよかった、重い辛い悲しいなどと泣き言を吐き始めたのはまた別の話。
結局デパートに戻って後日郵送にしてもらったのは更に別の話――。




