19章 それは偶然か意図的か
物語を書き終えた時には、もう深夜の3時を回っていた。
書き始めてからは没頭、隣にクロがいたというのに、時間の流れさえ忘れてしまうほど集中することができたのだ。
驚くべきことだが、恐らく、この作品に下地があったからだろう。
下地があったからこそ、ハルの胸中は複雑な思いなのだが。
さて、クロは作品を書き終えたら如何なる文句でも聞くと言っていた。
だから今思う存分猛々しく叫ぶとしよう。
「これブルカ博士の話に影響されまくりじゃん!」
言いたかった、やっと言えた。
誰がどう考えても似すぎている、設定集を読んだ時点でもう既に臭いと思っていた。
ここまで清々しく一致させるとはむしろ恐れ入る、凄まじい胆力だ。だがいくら開き直っても出版社なら即刻NGを下すほどの悪行である。
まず出産の際に母親を失ったことが同じだし、良き親に感謝という文章もブルカ博士のセリフに似通っている。
そして主人公が周りから爪弾きにされ、村八分にされているのもブルカ博士の境遇と同じ。あと付け加えるとブルカ博士の肌も結構白い。
この被りはさすがに有罪だ。
だが、あまりにも当然なことを言われたクロは平然とした顔をしながら、
「オゥ……シャラップ……!」
「インターナショナルに黙らそうとするな!」
「いやそう吠えるなよ、偶然だって偶然。これはホント、マジもんの偶合。別にブルカ博士のしんみりいい話に影響されたわけじゃないから」
臆面も無く言ってのけているが、恐らく嘘だ、いや絶対嘘だ。
ハルは猛禽類みたいな目でクロを睨みながら、原稿の端っこをホッチキスで留める。
「サイテー、故人の言を流用するなんてサイテー」
「いや俺も故人だし……」
ぷりぷり怒りながら、ハルはクロへ原稿を手渡した。
そしてクロはペン立てから筆ペンを取り出し、原稿用紙の端っこにサインを書き加える。
筆記体というよりかはのたうつミミズ文字、もはや何を書いたかさえ把握できず、ハルは遺憾そうな眼差しでクロの横顔を射抜く。
「その……インクが可哀想なくらい壊滅的なサインを入れる必要があるのかしら。作った料理に調味料をぶっかけられたような感覚なんだけれども」
「う、うるさいな、作品には一筆入れないと完成したって気にならないんだよ。曲がりなりにも原案者なんだから、これくらいの粗相は目こぼししてくれ」
「むー……」
言いたいことはエベレストほどあるが、吐き出しかけてしかし言葉を飲み込む。
言ってもどうせクロは微動だにしないだろうし、もし主張が通ったら「おお、じゃあ一旦全部書き直そう」なんて事態になるかもしれない。それは是非とも忌避したい。
ハルは息を吐きながら背もたれに寄りかかり、手を組み合わせながら体を伸ばした。
長い時間同じ姿勢で執筆を続けていたせいで体が凝り固まり、首を回すだけでボキボキとイヤな音が鳴ってしまう。背中だってズキズキ痛むし、眠気と疲れで目はしょぼしょぼしている。
ぼやけた視界で時計を見ながら、ハルは「寝るっきゃないわね」と言った。
無論クロも首肯、彼だって眠いのだ。
あくびを噛み殺しながら二人は立ち上がり、机の上を片付け始める。
散らばった消しカスに折れたシャーペンの芯、そしてクロがコーヒーをえらい勢いで零した所為でダメになった原稿用紙まるまる一枚、クロがいじった際に飛び散った替えのシャー芯。
こう見てみれば机周りの汚れはほとんどがクロに起因している、三日三晩ほど文句を言いたい。
片づけをしている最中、ハルはクロに適当な話題を吹っ掛けた。
頭も体も疲れ切っていたが、無言で黙々と作業をするのも気まずかったのだ。
「クロの親ってどんな人だったの?」
「父親は寡黙で朴念仁、母親は陽気で無遠慮。両親を二で割って三を掛けて因数分解して微分して零を掛けたのが俺だ。なんとなく分かるだろう」
「いや、クロからは寡黙っぽい雰囲気はミジンコほども感じ取れないわ。むしろ母親成分120%配合って感じ、無遠慮なところが」
「うるさいな、こう見えてやる時はやらかす系男子なんだよ。時と場合によっては寡黙にだってなっちゃうぞ」
そんなことを言いながら片付け完了、机の上は元通り綺麗な状態へ復元する。
……いや、クロが零したコーヒーの染みだけはどうしても取れそうにないのだが。
そんな痕跡に苦笑しつつ、ハルはしみじみと言う。
「私にも親がいたのかなぁ……って当たり前だけど。親がいなきゃマーヤーの脇腹からでも産まれたのかって話になるし」
「そっから産まれていたなら記憶が無いわけないだろ」
「ね、クロは現世の私について知ってるみたいだけど、私の親についても知ってるの? 知ってるよね? よし、教えてくれるとは優しい男だ」
「トントン拍子で話が進んでいるように見えるけど、相手の言葉を受けず一方的に進めるのは話とは言わないからな。まあ知ってるけど」
本当に知ってるのか、と内心びっくりしつつ、ハルは続きを促した。
クロは自分の顎に手を添え、何かを思い出すようにしながらゆっくりと口を開く。
「お前の母親については――俺はよく知らないんだ。実際に会えたのは数度っきりだからな。だが父親に関してはよーく知ってるぞ、性癖とか」
「ヤダ、自分の親の性癖とか知りたくない……」
「とにかくあの人は仕事熱心な人でなぁ、いっつも研究ばっかりしてたな。本業はあれだぞ、大学教授。教授として地質学を教えながらも、地層の調査とか色々やってたんだ」
「へえ、大学教授だったの」
自分の父親がそんな職に就いているなんて……と、ハルは少しだけ顔を綻ばせる。
顔も名前も思い出せないが、僅かだけでも自分の家族に関して知るのは、彼女にとって喜ばしいことだった。
「いい人だったぞ、あの人は。研究チームのみんなから慕われてたし、俺も色々なことを教えてもらった。……もっと多くのことを教えてもらいたかったんだけどな……」
そんなことを言うクロの瞳には、郷愁にも似た色が混ざり込んでいた。
よっぽどハルの父親を慕っていたのだろう、いつもは真意が読めないクロだが、今だけはハルにも汲み取れるほど後悔の念を醸し出していた。




