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渋谷パンキッシュ・ビート ②

巨乳のお姉さん「ちゃんと①から読んでね♡ お姉さんとの約束だゾ♡」


「…………いや、ごめん。全く覚えてないわ」

「でしょうね」そう答えた由梨は、少し笑いを堪えている様だった。

「とにかく、栞に謝るよ。お客さんの事を悪く言ったのは、きっと勢いで言っちゃったんだと思う。本当は私たちの音楽が、全然駄目だってことを言いたかったんだと思う……」

 その言葉を聞いて、由梨は安心したみたいだ。

「あのね。実は私も、栞の最近持ってくる曲はダサいなって思ってたの」

 由梨のぶっ込みを喰らって、私は吹き出した。前歯が欠けているせいか、もうすんごい量のコーヒーをテーブルにぶちまけた。

「もっと私たちの音楽があるんじゃないかって、そう思ってる。だからこれは提案なんだけど、一回、廣瀬がメインで曲を書いたら?」

「私が?ポップで可愛いやつを!?」

「違うよ、本当に廣瀬がやりたい曲を作るの。どんなに難しくてもいいよ。プログレとかメタルっぽいのでもいい。とりあえず、廣瀬の弾きたいベースラインに合わせて、曲を作ってくとか。そういうのどう?面白そうじゃない?」

 私が好きな感じの曲を、栞が歌う所は想像出来ない。それに、いざ自分のやりたい音楽は何かと言われると、すぐに明確なイメージが出来るものではなかった。

「考えてみる」

 自分の弾きたいフレーズは、ベースを弾いてみないと分からない。そこで自分の聞きたかったことを思い出した。

「そうだ、由梨!昨日その……喧嘩して別れた時、私マーガレット持ってた!?」

「えっ、持ってたよ。別れる時に、『あいつコケてベース壊さないよな?』って心配になった記憶があるから、間違いない」

「そう……。ありがとう……」

「失くしたの!?」

「……ぅ」

「はぁ……。ごめん、別れたあとの事は分からない」

 そうか……。もう渋谷中を歩いて探すしかないかも知れない。

「廣瀬」

 由梨の声がする。

「バンド抜けるってのは、無いよね?」

 すぐに『あれは酔った勢いだ』とは言えなかった。

「ちょっと1人で考えさせて……。ごめん」

「ううん。いいよ。でも私は、このまま廣瀬とのバンドするのが終わるのは悔しい。私たち、もっと出来るから。それだけ伝えとくね」

 由梨は優しかった。私は『うん』とだけ言って、電話を切った。


 ◇


「どうだ?ベース、見つかりそうか?」

 足元に置いたリュックから、犬が顔を出して話しかけてくる。

「だめ。手掛かり無し……」

 正直、マーガレットも心配だったけど、栞に次に会った時になんで言えばいいか、それが気に掛かって仕方なかった。

 栞に言ってしまったという言葉が、私に呪いみたいに付き纏っているのを感じる。私が栞とはもう演奏出来ないという呪い。それを自分にかけてしまった。

 私の言葉を栞がどう受け取ったのかは分からない。分からないものは、考えても仕方ない。

 今の問題は、マーガレットが見つからないという事だ。

 なんとなく、心細くなって革ジャンのポケットに手を突っ込む。右ポケットには、コンパクト。左ポケットには、レシートの様な紙が入っていた。

 私はポケットの紙をぐしゃっと握りしめて、捨てようと思って取り出した。

 やっぱりレシートだった。昨日、栞たちと分かれた後に、コンビニでも寄ったんだろうか。いくら使ったのか、気になってレシートを伸ばす。前に酔っ払った時に3000円くらいするモバイルバッテリーを買っていて、3日間パンの耳でしのいだ事があった。

 レシートはお茶を買っていたもので値段は300円もいかなかった。日付は昨日の17時30分。その時間は私は練習をしていたはずなので、私の買い物のレシートではない。それよりも裏に何か書いてある。

 少し滲んだ文字で、こう書いてあった。


 『ヒロセさん 困ったり、悩んでいることがあれば、電話してください。仁科明美』


 にしなあけみ……?知らない名前だった。ご丁寧に最後に電話番号が書いてある。

 わざわざこんな紙を渡してくるなんて。私はこの人に、相当心配をかけたんだろう。

『昨日はスミマセンでした。私はもう大丈夫です』そう伝えた方がいい気がして、私は仁科明美に電話をかけた。


 ◇


「はい!仁科です!」

 うわ、出た!どどど、どうしよう!何を言うんだっけ!とりあえず、普通に、普通に。いや、普通って何だ!

「ぁ……ぁのぅ、なんか私のポケットに紙が入ってて……」声が上擦っている。手も震えていた。アル中だからなのかも知れないが。

「あぁ!昨日の人!?大丈夫!?ちゃんと帰れた??」

 声のでかい女だった。なんとなく母親っぽい感じもする。それと何だか周りの音がうるさい。爆音で映画でも観てるんだろうか。

「だ、大丈夫だと思います……。なんか、昨日の私が迷惑かけたりしてないでしょうか……」

「迷惑っていうか!まぁ、迷惑といえば迷惑か……。迷惑でした!!」

 うわぁ、この人!正直者だ!!

「ごめん、今ちょっと忙しくて!後でかけ直していい!?」

 ドゴン!!と電話先から爆発が起きた様な音がした。一体、何をやってるんだ、仁科明美。

 昨日、私がこの人と会ったのは、恐らく栞たちと分かれた後だ。その時にマーガレットを持っていたかどうか、それだけでも知りたい。

「あの!ひとつだけ!あなたと会った時、私マー……、ベース!持ってましたか!?」

「ごめん!切るね!!」

 明美!!と電話の裏から声がした気がする。それを最後に、ブツリと電話は切れてしまった。

「誰か、知ってそうな奴と連絡が取れたのか?」犬がちょっと疲れ気味に言う。

「いや……」私は仁科明美の折り返しを待つ事にした。


 ◇


「どうするんだ。もうだいぶ暗いぞ?夜道は危ない。最近、奴らの行動が活発になってきているんだ」

 私は犬と一緒に、渋谷から代々木公園へと続く道を歩いていた。左手にNHKのホールがあって、右手に体育館がある、大きい通りだ。人通りが少なくなっているので、私は犬をリュックから出して歩かせていた。

「お前、犬だろ?私の匂いを辿って、マーガレットを探せたりしないのかよ!」最初に鼻が効くとか言ってたじゃないか。

「人が多すぎるんだ。色んな匂いが混じりすぎて、どれがお前の匂いなのか、嗅ぎ分けられないんだよ」

「なんだよ、役立たず」

「俺は警察犬じゃなくて、聖霊なんだよ」

 どう見てもトイプードルだろうが。このうんこ犬。

「俺がお前と会ったのはこの先だ」

 そこには大きな橋がかかっていた。公園に繋がる大きな橋。橋は車道を跨ぐように掛かっていて、橋の路面に行くまでに、階段を10メートルくらいの高さまで登る必要がある。巨大な橋は、コンクリートの要塞の様に見えた。

 犬と一緒に階段を登る。

 昔見た映画の、最後のシーンを思い出した。

 この橋が、絞首台に見えたからだ。

 

 視力を失ったシングルマザーの主人公が、悪い人間に騙されて、強盗殺人の犯人に仕立て上げられる。そして最後は絞首刑になってしまうという話。その映画の主人公は、自分の愛する音楽を歌いながら、自分の現実から逃避して、死に場所の絞首台を登っていく。

 私はその映画が好きだった。主人公役をやっていたアーティストの曲が好きというもあるかもしれないが、主人公を騙す人間の心の弱さや、醜さが良く描かれていたから。弱い人間をこの世の中は簡単に見捨てていく。それが普通で、それが人間の世界。

 橋の先に見える、東京の真っ黒な空は、人を飲み込む悪魔の口に見えた。そこに真っ直ぐ伸びる橋が、私を悪魔の口へと誘う。

 橋の中心。車道の真上に来た。

 暗闇しかない橋の先と比べて、車道は明るくて吸い込まれそうになる。そう思って、はっとした。


 思い出した。

 私は昨日、ここで死のうとした。


 ◆


 ぐるぐると回る世界が気持ち悪かった。

 栞たちと別れた私は、渋谷を彷徨っていた。

 早くこの世界から抜け出したい。この苦しみから誰か助けて欲しい。

 私の姿を見ると人は皆、眼を背ける。私がこの世界に居ないかのように振る舞う。

 吐き気を催した。どこかのトイレで吐こう。このまま電車に乗って、車内で吐くのだけは避けたい。

 渋谷にはトイレを貸してくれる所は無いし、こんな口元が血だらけの女なんて、店に入ることも嫌がられるだろう。駅に行けばトイレはあるかも知れないが、今行けば、栞たちと鉢合わせする可能性がある。

 代々木公園に、トイレがあったはずだ。春に花見に行ったから、知っている。あそこに向かおう。


 酔いの気分の悪さが、私の心の不安を呼び起こしてくる。1人になった事も影響している気がする。

 

 バンドを抜けると言ってしまった。

 私はとんでもないことを言ってしまったんじゃないか。

 私にとって、栞と由梨以上のバンドメンバーなんて居ないんじゃないか。そう思えてきた。


 栞は私の初めて出来たバンドのメンバーだったし、バンド活動は全て栞にリードして貰っていた。

 人付き合いが苦手な私に代わって、栞はライブの時のライブハウス側とのやり取りを全てやってくれていたし、対バンの相手だって探してくれた。


 もしかしたら、栞がプロを目指したのは、私のせいかも知れない。私1人じゃ心配だから、栞は教師という未来を捨てて、私とバンドを続けたんじゃ……。


 私のせいで栞は……。

 

 私は代々木公園に至る橋の上に立っていた。

 橋の防護柵は低くて、簡単に跨ぐ事が出来そうだ。

 高さはそこまで無いが、恐らく落ちたら無事では済まないだろう。

 運が悪ければ両足骨折とか、半身不随とかで終わるかも知れないが、下は車道だ。信号機は橋の上からもよく見える。青信号のタイミングで落ちれば、上手く車が轢いてくれるかも知れない。

 私はマーガレットを橋の防護柵に立て掛けた。虚ろだった意識が、やけにしっかりしている。

 

 よし、次の青信号で落ちよう。

 信号機は真っ赤な眼をして、私を見つめている。

 防護柵の上に立った。風が気持ち良くて、空でも飛んでいるみたいだった。

 信号機が青に変わった。

 私はふわりと飛んで、真っ暗な橋の上から、車道の光の中へと飛び込んだ。


 ◇


 真夜中の代々木公園に向かう橋の麓にあるベンチ、私はそこに座った。

 なんとなく、私はもうマーガレットを見つけることは出来ないのではないかと思っていた。

 最後にマーガレットを橋の防護柵に置いた時に、私は一度全てを捨てようとした。その後、どう助かって、どう犬に会って、どう帰ったか。二日酔いの脳味噌で、予想する事は難しい。

 きっとどうしようもなく狼狽していて、マーガレットを何処かに捨ててしまったんだろう。もう、プロになる夢など要らないと言って。

 

 そこに電話がかかってきた。

 さっき通話した番号。仁科明美だ。


「もしもし?ヒロセさん?」

「ぁ……はい」

「ごめんね、電話切っちゃって!何の話だっけ?」

 ザワザワと街の音がする。どこか外にいるらしい。

「あ……。いや、何だか昨日の私が迷惑かけたんじゃないかって思って。何したのか酔ってて覚えてなくて……。すいません」

「あぁ、別にいいよ。それより、昨日貰ったベースなんだけどさ、」

「ッえええ!!!!!!」


 ◆


「っ、おぉおぉおおおぃいい!!!」

 大きな声がしたかと思ったら、誰かに左腕を掴まれて、私は宙ぶらりんになった。

「何してんの!!!」

 橋の上から私の左腕を掴んだ女が叫ぶ。

 そこで私の気持ち悪さが限界に達して、私は嘔吐した。

 ゔげぇえぇ…………。オェッ。


 女は鍛えている様には見えないのに、私を軽々しく引き上げて、橋の上に戻していた。女に連れられて、橋の麓にあるベンチに私は腰を下ろした。

「はい。まだ口開けてないから。それあげるよ」

 そう言って女はお茶を渡してきた。

 私は何も言わず。それを受け取った。

 吐いたせいか、少しは気分がマシになった気がした。

 女は私の隣に座る。

「…………ぁりがとぅ……ござぃます」

 本心ではない言葉が口から漏れ出た。

「どうしたの?何か辛いことがあった?」

 友だちに話しかける様に、女は言う。

「辛いこと……」

 私は俯いて、ただ地面を見つめていた。

「友だちを……巻き込んじゃったなと思って……」

「何に?」

「……私の……夢にです」

「なんでそれが、死ぬ理由になるの?」

「私……バンドやってて……。プロになりたいんです。でも、当たり前ですけど、プロのミュージシャンになるってのは、凄く大変な事で……。将来が決まっていて、まともに生きてきた友だちを……、私は巻き込んじゃったかも知れなくて……。友だちは、先生になる未来を捨てて、私とバンドやってるんです」

 地味な女は黙って私の話を聞いていた。

 言葉と一緒に、私の目からは涙が零れ落ちてきた。

「バンドは、全然上手くいってなくて……。この前なんてお客さん3人で……。こんなんじゃ、私たち音楽で食ってくなんて、絶対無理だなって思って……」

「3人も集まるなんて凄いじゃん。私が歌ったら、多分客0人だよ。お母さんは来るかも知れないけど」自分の言った言葉を想像したのか、彼女は少し笑った。

「そのお客さん、家族とかなの?」

「違います……」

「じゃあ、あなた達の魅力に気付いた、センスの良い人たちだね!」

「…………」

 栞目当てだとは言えなかった。本当にそうかは分からないし、それを言うと本当に自分が無価値であると認める事になりそうだったから。

「3人に届いたんなら、もっと目立てば、もっと集まるよ。みんなあなた達のこと知らないだけ。3人が30人になって、300人になるまで、続けたら良いじゃない」

 そうかも知れないが、そうではないかも知れない。

「ただ長く続いてるバンドなんて、いくらでもあります。続けるだけじゃなくて、本当に良い音楽を作り続けないと、お客さんは増えません……。ずっと戦ってきました。流行りの曲を真似したりして、それなりのものは作れてると思います。でも駄目だったんです……」

 “本当に良い音楽”が産み出せない。そこが解決しなければ、私たちはこの地獄を続けるだけだ。

「栞は……。その友だちは親友なんです。私は……栞の未来を……奪ってしまったかも知れない……」

 涙と鼻水で私の顔はぐちゃぐちゃだったと思う。

 それでも何故か、女の前でそうなる事に恥ずかしさはなかった。

「…………それが死にたくなった理由な訳ね」

 私は女の方を向いた。

「私は……今日で音楽をやめます。もう、弱い自分のせいで人に迷惑をかけるのは嫌なんです……」

 私は涙を拭いて、マーガレットを差し出した。

「命を助けてくれたお礼です……。これは私の命みたいなものです。出来れば大切にして欲しいけど……要らなかったら売ってください。結構良いベースなんで、お金にはなると思います。そうしたら、このベースも私なんかよりずっと良いベーシストに巡り会えるかも知れない……」

 女は少し迷いながらもマーガレットを受け取った。

「分かった。じゃあ、ひとつだけ私と約束して」

 そう言って女は私を見つめる。

「辛いことからは逃げていいし、疲れたら休んでも良い。生き続けて、自分の幸せを見つけて」

 女の言葉は残酷だった。この地獄を音楽をやめても続けろという事だ。だが、私の命はこの女に救われている。この女が、私の命の使い方を決められる。そんな気がした。

「分かりました……」

 女はスマホを取り出して言う。

「折角だし、連絡先交換してよ!ベースの弾き方、教えて欲しいし!」

 私もスマホを取り出したが、電池が切れていたみたいで、画面が表示されない。

「電池……切れてるみたいっス……」私は少し安心した。

 それを聞いて女は、ゴソゴソと自分の鞄を漁って、財布からレシートを取り出した。裏に何か文字を書いて渡してくる。

「はい!私の連絡先!充電したら、ちゃんと登録してよね!」

 お節介な女だ。そういうところが少し、栞に似ている。

「じゃあ、私は帰るね。いつでも連絡して。私、ニートだから!」

 女はそう言うと、マーガレットを背負って私に微笑んだ。

 ニートに命を助けられるなんて、私はなんて惨めなんだろうか。

 

 ◇

 

 私が昨日、死のうとした大きな橋。その麓が仁科明美との待ち合わせ場所だった。私は一度、渋谷の街に戻って、コンビニでおにぎりを買った。半分食べて、残りは犬にやった。おにぎりは味気なくて、身体が取り込むのを拒否した。それを強引に飲み込んで、お腹に入れた。

 

 仁科明美は1時間後にやってきた。

 

「よっ!!」やけに馴れ馴れしく話しかけて来るその女は、私のマーガレットを背負っていた。

「ぁっ……、ニシナアケミさん……ですか?」

「そうだよ〜!いやぁ、本当にお酒で記憶なくす人って居るんだね!!」

 仁科明美は地味な女だった。広辞苑で地味と調べたら、同意語で仁科明美が出てきそうだ。

 銭湯か、コインランドリーの帰りみたいな格好で、渋谷の街を歩いて来たらしい。ここでは逆に目立つ格好かも知れない。変な女だ。

「これ!じゃあお返ししますね〜」

「あっ!ありがとうございます!!」

 マーガレットは私の元に戻ってきた。仁科明美は、ベースを私に渡す時に、少し犬の方を見たような気がした。

 ベースを受け取った私の両肩を掴んで、少し何か考えた後、私の目を見つめた。

「もう一度、そのベースで戦ってみたら?私はあなたのベースが聴きたい。今度のライブ、私を呼んでよ」

「……いや、私……昨日バンド抜けるって言っちゃったみたいで……」

「そんなん、どうせ酔った勢いでしょ!?土下座でも何でもして、許して貰いなさいよ!友だちなんでしょ!?」

 栞は許してくれるだろうか。栞の音楽を、ファンを馬鹿にした私を。

「私なんて毎日友だちに土下座してるよ!毎日許して貰ってる。だから毎日全力でニートしてるの!」

「全力でニートを……ですか?」私は思わず笑ってしまった。

「うん!ニートも楽じゃないのよ!これが!」

 だいぶ失礼な事を言った私に、仁科明美は嫌な顔ひとつせず笑いかけた。

 突然、電話が鳴る。私のではない。仁科明美のだ。

「うっそぉ〜〜!!」画面を見て、彼女はもうウンザリという顔をする。

「ごめん、呼び出されちゃった。私、行くね」そう言って仁科明美は立ち上がった。

 そして、笑って犬を撫でた。犬は体をビクッとさせて、仁科明美を見つめる。仁科明美は、犬に何かを言った。

「じゃあね!!ライブ、楽しみにしてる!!」

 仁科明美は笑って私たちに手を振ったのち、電話に出て渋谷の駅の方に走っていった。


「あの人に、なんか言われてなかった?」

 私は犬に話しかける。

「いや……。ただ『この子を宜しく』と」

 犬はさっきから、仁科明美が走って行った方をじっと見つめている。

 

「あれは……、化け物だぞ……」


まだ続きます。


本作は、魔法少女アケミの苦悩のスピンオフになります。短編にするつもりが、異常に長くなったので、3話に分ける予定です。

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