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渋谷パンキッシュ・ビート ①


私、廣瀬(ひろせ)(じゅん)はとても常識のある女だ。いくら酒に酔っていても、ゲロを吐いた便所は綺麗にしてから出るし、急性アル中で救急車を呼ばれた事もない。

 ただ、その夜は酷く酔っていた。翌朝、酔っていた時の記憶が完全になかったし、大切なマーガレットを失くしていたんだから。

そして私は、魔法少女になっていた。

 

 ◇


「廣瀬、いつまで寝てるんだ。起きろ」

 子どもの様な声がして、おでこにぷにっとした感触がする。実家の猫の肉球みたいで気持ちが良かった。目を開けて、起きあがろうとすると、頭の中で脳みそが揺れて、ガンガン痛みを訴えかけてきた。

 次に気がついたのは、前歯の痛みだ。舌で口の中を探ると、右の前歯が半分くらい欠けていた。『最悪だ、また酒に負けた』と思った。しかも今回は、私の右前歯まで持っていきやがった。

 暗い部屋の中だった。自分の部屋だ。

 私は胸を撫で下ろした。良かった。知らん奴の家じゃなくて。

 カーテンの隙間から日差しが入り込んできている。もう朝か昼らしい。部屋の時計は壊れて時間を表示しないし、スマホは電池切れで画面が表示しない。そもそも今日は何曜日だ?

「まったく、先が思いやられるぞ。そんなんで魔法少女出来るのか?」

 さっきからなんなんだ。このうるせぇガキの声は?ついに幻聴でも聞こえるようになったか?なんだか耳鳴りもする気がする。

「きちんと夜に寝て、朝に起きる。まずはそれからだな」

 

 部屋にプードルが居た。

 ココア色のちっちゃくて可愛いやつ。

 うわ、終わった。私、遂に酔った勢いで、知らん家のトイプードル(さら)ってきちまった。

 昔、酔っぱらって薬局の前に置いてあったキャラクターの置物を持ち帰ろうとした事があったらしい。私は覚えてないけど。

 窃盗罪だ……。酔って犯罪犯しちまった…。

 あら?さっきコイツ、喋らなかったか?

 私はココアスポンジのケーキみたいなその犬を見つめた。

「なんだよ。じろじろ見るなよ」

 ちょっと照れちゃって、可愛いねぇ。

「いや、可愛いねぇじゃねぇわ!!喋りよった!!」

 でかい声をあげた私にそいつは言った。

「……お前、もしかして、昨日の事を覚えてないのか?」


「昨日、お前は魔法少女の契約をしたんだ。俺はカウィ。お前の聖霊だ」

 トイプードルは私に言った。

「その証拠に、お前のポケットに入ってるだろ、聖霊鏡(コンパクト)が」

 はぁ?何言ってんだこいつ。なんかもう訳わかんないし、頭がどうにかなっちまったんだろう。顔もだいぶ浮腫(むく)んでる気がする。昨日、私風呂入ったかな?入ってねぇだろうな。革ジャン着たまま寝てるし。そんなことより頭が痛ぇ。あと、前歯も痛い。

 何か身体の一部が離れてポケットに何か入ってるような、奇妙な感覚がした。ポケットはずっしり重い。

 手を突っ込んで取り出すと、おもちゃみたいな見た目のコンパクトが入っていた。紺色の夜明け前の空の色をした宝石が中心に嵌め込まれている。宝石の奥には、キラキラと星が瞬いて見えた。

「その宝石の奥に星の様なものが見えるだろ。それはお前のマナが写っているんだ。お前が契約した証拠さ」

 犬はまた、訳の分からない事を言う。

「これ……私のものなのか?貴重なのか?」

「もちろんだ!お前に与えられた聖霊鏡だ。命の次に大事にしろ」

 ついに運が周ってきたらしい。今月の家賃、どう払おうかと悩んでいた。私はコンパクトをぎゅっと握った。

「よし!これ売りにいこう!!」

「話聞いてたのか、馬鹿野郎!!」

 やろうじゃねぇし。女だし。


 とりあえず犬は変な事しか言わないので、一旦保留にして、シャワーを浴びようと思った。ジャケットを脱いで、ベッドにポイっとする。

 私も一応、女だ。バイト先のライブハウスで憧れのアーティストに会ってしまった時に、クセェなとは思われたくない。

 その時に、部屋の中の異変に気付いた。あるはずのものがない。

「どうしたんだよ。青ざめた顔して。いや、もともと病気かってくらい白いけども」

「ない……」

「何が?」

「嘘だろ!?どっかに置いてきたのか!?」

 私は慌てて、メタルラックの裏や、ベッドの下を探す。クローゼットもひっくり返す。ひどい頭痛がするとか、そんな事どうでも良くなっていた。

「くそ……無いぞ……、どこにも無い!!」

「だから何が?」

「マーガレットだよ!!私のベース!!」


 ◇


 当時16歳だった私は、新宿のライブハウスで彼等の演奏を聞いた。

 そのスリーピースバンドが圧倒的な演奏力によって生み出す音圧が、私の魂を震わせた。音楽の力を知った。

 その演奏を聞いて、私の人生が狂った。

 彼等のライブに行くまでは、私はギターをやっていたが、ボーカルの彼になりたくて、私はベースに持ち替えた。

 その時にはじめて買ったベースがマーガレットだ。憧れた彼の持っていたモデル。私の実力には不相応だったが、それが逆にベース上達への情熱に変わった。

 マーガレットとは辛い時も、楽しい時も一緒に居た。

 私が音楽を続けられたのは、彼等のライブで受けた衝撃をマーガレットが思い出させてくれたからだ。

 私も、誰かの魂を震わせる様な演奏がしたい。本物のミュージシャンになりたい。

 その想いだけで、これまで生きてきた。


 ◇


「おい!犬!!お前、マーガレット見てないか!?あの、変な形したベースだよ!こんくらいのやつ!酔ってた私が持ってただろ!?」

「何言ってるんだ、お前。俺が会った時にはそんなもん持ってなかったぞ?」

 カウィというその犬は、廣瀬の剣幕に若干たじろいで、うつ伏せながら言う。

「嘘だ!!私がマーガレットを手放す訳がないだろ!!」

 涙が溢れてきた。マーガレットは私の身体の一部みたいなもので、魂が通っていて、親友みたいなものだった。同じモデルであっても、それはマーガレットではない。買い換えたらいいなんてものじゃなかった。

 あのジャケットに入っている変なおもちゃより、ずっと特別な私の宝物だ。

 

「お前、昨日会った時に言ってたぞ。今日で私はバンドをやめる。自分のアーティストとしての才能は尽きたから、魔法少女でもなんでもやってやるって」

「そんなこと!言う訳ない!!」

 そう言いながら、私はこの前のライブの事を思い出していた。客が3人しか居ないライブハウスで、メンバーが作った流行りのガールズバンドみたいな曲を弾くのに、私はウンザリしていた。

 可愛い言葉で、ポップなコード進行で、人の魂が震える訳がない。自分のやりたいロックはこんなんじゃない。

 ロックはもっと破壊的で、自分の音楽性で脳みそブン殴るようなものじゃないと駄目だ。そう思っていた。

 でも、私が憧れた彼等みたいな演奏をしても、結局は中途半端なコピーにしかならない。ウケそうな曲を弾いてもウケないんだから、本当にやりたいものをやっても、誰かに認められる筈がない。

 

 私はベッドの上の革ジャンを着る。

「どこか行くのか?」

「探しに行く。マーガレットがなきゃ、私は駄目なんだ」

「分かった。俺も着いていく」

 そう言うと犬は私のリュックの中に潜り込んだ。私に背負って行けという事らしい。「今の俺は犬だからな。鼻がきくから役に立てるかも知れない」

「……うぅう……分かったよ!!」

 そう言って私は犬を入れたリュックを背負い、玄関を飛び出した。


 ◇

 

「俺がお前と会ったのは、代々木公園だ。失くしたとしたら、その前だろう」

 リュックから犬の声がする。犬は小さな男の子の様な声をしているので、誘拐犯か何かと間違われるんじゃないかと、私は心配だった。といってもリュックに小さい子どもが入る訳ないんだが。

 私は全身タトゥーまみれだし、色白のガリガリだし、左耳にでかいピアス穴空けてるし、目元はずっとクマが消えないし。とにかく犯罪者扱いされがちなので、変に疑われる様なことはしたくない。

 こんな見た目だから可愛い曲がウケないという気もするが、まぁそれは……それだ……。

 

 井の頭線に乗って、とりあえず渋谷を目指した。

 私は昨日、バンドの練習を渋谷でやっていた。その後飲みに行ってから記憶がない。犬が私と会ったのは代々木公園だというなら、渋谷と代々木公園の間でマーガレットを失くした可能性が高かった。

 電車には、最近流行りのアーティストの、ライブの広告が出ている。Arma(アルマ)とかいうそのアーティストは、顔を出さずに活動していた。彼女が出している曲を何曲か、参考にとメンバーから聴かされた事がある。確かに歌は上手かったが、私のやりたい音楽とは違っていたので、適当に聞き流していた。

「こんなクソみたいな曲のどこが良いんだよ」

 気がつくと言葉に出ていた。

「俺は音楽は分からないが、お前の曲がそのクソ以下だって事だろ?」リュックから声がする。犬はちょっと開けたチャックの隙間から、外を見ているらしい。

 あぁ、そうだ。そうだよ。所詮はクソ以下の音楽さ。

 自分でクソだと思っている曲を、私はキレたゴリラみたいに観客に投げつけてるんだ。

「クソ……」

 車窓のガラスに反射したマーガレットを持たない私は、ひどく弱々しかった。

「なんだよ?便所行きたいなら早く行け」

 うるせぇな、健康なうんこみたいな色のくせに。


 ◇

 

 渋谷に着くと、もう日は(かげ)り始めていた。

「とりあえず、お前が昨日行った場所に寄ってみるのはどうだ。行ってみれば何か思い出すかも知れないぞ」

 犬に言われるがままに、昨日練習をしていたスタジオに向かう。

 スタジオのある道玄坂の辺りから、代々木公園までは結構な距離があって、酔った私がわざわざそんな所に行った意味が分からなかった。

 歩きながら、どう向かうか調べようとした所で、スマホの電池が切れていたことを思い出す。

 音楽も聞けないし、バンドのメンバーに連絡も出来ない。やる事がなくて、なんとなく犬に話しかけてみる。

「昨日の私、どんな感じだった?」

 しばらく犬が返事をしないので、聞こえなかったのかと思った。

「…………こいつほっといたら死ぬなと思ったよ」

 その犬の言葉を聞いて、私は足が一瞬止まった。

 

 最近ずっと、思考の裏側に“死”という言葉があった。

 私は自分のやりたい事だけやってきた。自分なりに全力でやった。

 音楽から逃げそうになる時には、タトゥーを彫った。

 私が音楽から逃げない様に。自分がロックンローラーでしか居られない様に。

 それでもどこかで思っていた。私のアーティストとしての終着点はここで、この先、生きていても、このドブ水を溺れながら泳ぐような日常が続くだけなんじゃないかって。それなら死ぬのが60年後でも、今でも変わらないじゃないかって。


 スタジオに向かう途中で、交番を見つけた。

 そうだ。交番だ!普通は落とし物をしたら交番に行くものだろう。マーガレットを失くした事に焦って、冷静に物事を考えられていなかった。

 私が交番に入るなり、警官は私を見て嫌そうな顔をした。

 警官に面倒がられるのは慣れている。職質ならもう100回は受けた。でも私は正真正銘の無事故無違反、超健全女なんだから、もうそろそろコイツは大丈夫だって、東京中の警察のホワイトリストに入れて欲しい。

「あぁ、昨日の……」

「えっ……、私、知ってるんスか?」

 昨日の私、何したんだよ!!

「昨日、道玄坂の方で喧嘩してたじゃない。あの友達とは仲直り出来た?」

 喧嘩?私が??

「ぁ、あのぉ〜……申し訳なぃんスけど……私記憶無くて……。友達ってどんな奴でした?」

「女の子だよ。あぁいう髪型、なんていうの?あの髪の毛の毛先だけオレンジ色の子」

 (しおり)だ……。


 ◇


 佐藤栞は私のバンド Lotus(ロータス)のボーカルで、高校では2つ上の先輩だった。私はプロを目指す為に、大学は途中で辞めて、ライブハウスでバイトしながら暮らしていた。それに引き換え、栞は大学で教職を取って、先生になる予定だった。

 それで栞が大学卒業の年に、一度解散ライブをしたのだけれど、ライブ後に栞は突然『やっぱ私もプロを目指す』とか言い出した。それから栞とはどうやったらプロとして生きていけるか。色々と模索した。プロになる道を探して、探して、探しているうちに、気がつくと迷子になっていた。

 栞とは喧嘩をした事がなかった。もちろん、曲作りとか練習で、意見が合わない事はあった。元々Lotusは栞が作ったバンドで、私はベースに空きが出来たタイミングで加入したということもあったので、基本的に私は栞の意見を尊重する事にしていた。

 そもそも私は自分の意見を言うのは得意ではなかったし、栞が大学を出てからは、なんとなく借りがある気がして、最近の私は栞に従うばかりだった。

 

 それなのに、昨日の私は栞と喧嘩していたらしい。


 結局、交番では落とし物のベースは届いていないと言われた。それと、喧嘩した時の私はまだマーガレットを持っていたみたいだ。それなら、スタジオに置き忘れという可能性はない。

 とりあえず遺失物の届出は出したが、あんなデカい物が一晩経っても見つからないという事は、もう見つからないかも知れない。途端に心細くなる。

「その、栞という女の子に電話をしてみるのは?」

 犬がリュックから話しかけてくる。

 私も丁度そうしようと思ってたんだよ、うるせぇなぁ。


 ◇


 私は代々木公園に向かう途中にあった、カフェに入った。スマホを充電しながら、昨日の事を思い出そうとしていた。

 昨日はライブに向けて新曲を作っていた。栞が持ってきたフレーズはやっぱりどこかで聞いた事がある様な感じで、とりあえず栞の描くイメージを壊さないような、当たり障りのないベースラインを付けていった。その後、確か3人で飲みに行ったはずだ。そこら辺から記憶が曖昧になる。

 Lotusはスリーピースバンドで、栞ともう1人、山本 由梨(ゆり)というドラマーの子が居る。由梨は金髪のベリーショートで、もうほぼ坊主みたいな感じなんだけど、3人の中で1番女らしくて、年も2つ上で私と栞にとっての姉御って感じの人だ。

 全部忘れた状態で栞に電話をするのが怖かったので、私はまず由梨に電話をかけた。

「もしもし?廣瀬!?」由梨はすぐに電話に出た。

「ぁ……、お疲れ様……。仕事中?」

 由梨は楽器屋の店員で、仕事をしながら私たちとバンドをやってくれている。

「もう、心配したんだよ?電話ずっと繋がらないし!車に轢かれたりしてたら、どうしようと思ったよ!」

「ごめん……、電池切れてて……」

 はぁ、とため息が聞こえる。由梨に心配をかけたのを申し訳なくなってくる。

「こっちこそ、ごめんね。昨日あれから1人にしちゃって」

「いや、謝らなくていいよ。私、昨日の記憶が無くて……。飲みに行ったまでは覚え出るんだけど」

 そこで私の言葉は止まった。酒なんて下らない理由で、由梨に迷惑をかけたと思うと死にたくなる。

「私、栞と喧嘩したって本当?」

「本当だよ。喧嘩っていうか、栞が一方的に殴りかかった感じだけど……」

 私の歯が欠けている理由が分かった気がした。なんて言えば良いか分からなくて、しばらく由梨の働く楽器店のBGMだけが聞こえる時間があった。

「廣瀬。昨日、自分が言ったこと覚えてる?」


 ◆

 

「だからさぁ、なんていうか、孤独感を癒すような、深夜のコンビニみたいな曲をもっと作った方がいいと思うんだよね」

 栞は自分たちのバンドにとって足りないものは何か、という話を勝手に始めて、勝手に盛り上がっていた。

 結局、何か意見を言ったところで、折衷案と言って自分のやりたい方向に持っていくに決まってる。私はただ酒を飲んで、この時間が過ぎるのを待っていた。

「う〜ん、でもありがちかな。私たちはバンドなんだし、もっとプログレっぽい感じとか出した方がいいと思うけど。私たち、それなりに演奏上手い方だしさ」

 由梨は私がやりたい事がなんとなく分かってくれているので、さりげなく私寄りの意見を言う。

「えぇ〜?女がプログレやっても流行らないって!技術のレベルの高さなんて、楽器やってる奴にしか刺さらないんだから。やっぱもっとこう、心に寄り添う感じの、共感する感じの曲をいかに作るかだと思うんだけど……。ねぇ、廣瀬はどう思う?」

 どうせ私の意見なんて聞かないくせに。

「私は……栞の案でいいと思うよ」

 持っていたビールを流し込む。時間を過ごす為に飲むビールは本当に不味い。もう瓶ビールは3本目で、最初の方は日本酒も何杯か飲んでいた。酒は腹の中でタプタプ言っている。

「……ん〜、なんか返事が適当。私、いつも思ってたんだけど、廣瀬って本気で音楽やってくつもりある?」

 何言ってんだよこの馬鹿が!私はお前が求めるものを完璧に作ってるじゃねぇか。

 空になったグラスに注げるビールは、瓶の中には残っていなかった。

「私はさぁ……共感とか……クソだと思うよ」

 思わず口が滑った。やばい、結構酔ってるかもしれない。

「私は、私の気持ちに共感してくれる人集める為にバンドやってんじゃない。私は、私の音楽で全部ぶっ壊したいんだよ。この日本のクソみたいな曲ばっか売れる現状を!私の音楽で!私のベースで!!全部ぶっ飛ばしたいの!!」

「そんなの……自己満足じゃん」

 ボソリと栞が言う。

「そうだよ。私は私の為に音楽をやりたい。聴く奴らの為じゃなくて、私が私の目指す私になるために、音楽をやりたい」

「そんなんじゃ、音楽だけで食べてくなんて、一生出来ないね」

 そう言うと栞は立ち上がった。

「えっ、帰るの?」

 由梨が2人の顔色を伺いながら言う。

「うん。私、明日バイトだし、こんな意味ない話し合いしても時間の無駄」

「じゃあ、私も帰る」

 私もマーガレットを背負って、立ち上がった。

 会計は由梨が済ませた。栞はきちんと自分の分を由梨に渡したが、私は持ち合わせがなく、今度払うと言って誤魔化した。それはいつもの事だったが、この事が栞の怒りの炎に油を注いだ。

「廣瀬、いつまでそうやって適当に生きてくつもり?」

「適当?私が?」

 私は栞に目を合わせずに答えた。

 ぐわんぐわんと音が脳の中で反響する。立ち上がったからだろうか。急に酔いが回ってきた気がする。

「適当じゃない!適当に私に合わせてベース弾いて、適当に酒飲んで奢って貰って!全部適当!そんなんだから私たちは売れないんだよ!」

 もう栞は完全に頭に血が昇っていて、その怒りをぶつけずにはいられないという様子だった。

 うるさい。静かにしろ。

 もう足元がおぼつかない。とにかく栞を黙らせたい。

「そりゃ、金が無いのは謝るよ。でも音楽は違う。私は私なりに、お前が求めるベース弾いてるだろ?お前の持ってくるありがちなメロディが際立つ様に、こっちもメロディを吐き気を催しながら組み立ててんだよ」

 もう頭が回らない。思いついた事を言っている。

 由梨が間に割って入る。「ちょっと、2人とも止めなって!」

 ちゃんと言わないと。私の気持ちを。

「私たちが売れないのは、栞!お前の作る音楽がしょぼいからだよ!!お前、この前のライブの客、覚えてるだろ!?3人だぞ?お前の顔目当てで集まった、キモいおっさん3人だ!!こんなんで良いと思ってんのかよ!?一生おっさんの顔伺いながら、ヘラヘラ歌ってろ!!この雑魚が!!」

 栞は黙ったかと思うと、思いっきり踏み込んで私の顔面を殴った。

 ごん!と鈍い音がして、私は膝から崩れ落ちた。唇が熱い。

 由梨は慌てて栞を抑えつけた。「何やってんの!」

 息を荒くして、栞が叫ぶ。

「てめぇ!!ふざけんな!!私たちのファンだろ!!ファンを悪く言うな!!」

 

 何が起きたんだ?なんか口の中が、急に潤ってきた。

 どっちが上で、どっちが下だ?

 だめだ、しゃがんでると気持ち悪くなる。

 口元に手を当てると、手が真っ赤になった。

 どうやらさっきので、歯が欠けたみたいだ。

「栞!!もうやめなさい!廣瀬!大丈夫?」

 由梨の声は聞こえるが、何言ってるかはよく分からない。多分、心配されてる。

 クソ……飲み過ぎた……。飲み過ぎてるのに気付かなかった。

 ぎゃあぎゃあ叫ぶ栞は、猿みたいだった。それを必死に抑えつける由梨。大変そうだ。見ていて辛くなる。

 ぼーっとしているうちに、警察まで来たみたいだ。

 口から血を出してるからか、なんだか必死に話しかけられている。

 なんでこうなった?3人とも頑張ってやってるのに、なんでこうも噛み合わないんだ。

 もう全てがめんどくさい。私がやりたい事は、こんな事じゃない。私は立ち上がる。

 

「私、このバンド抜けるわ」


本作は、魔法少女アケミの苦悩のスピンオフになります。短編にするつもりが、異常に長くなったので、3話に分ける予定です。

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