渋谷パンキッシュ・ビート ③
巨乳のお姉さん「んもぅ、③から読み始めるなんて、せっかちさんなんだから♡ ちゃんと①から読んでね♡ お姉さんからの、お・ね・が・い♡」
私はまだ家に帰る気にはなれなかった。
「少し散歩でもしない?お前、犬なんだし」
何も考えて居なかったが、私はこの犬を飼えるんだろうか。そもそも私の住むマンションは動物を飼う事が禁止されている。
犬はしばらく放心状態で、何を言っても「あぁ……」としか言わなかった。
暗い公園を歩いていると、突然犬が私に言う。
「……ここが昨日、俺がお前と会った場所だ」
私はベンチに座った。
「ねぇ、お前はなんで昨日、ここに居たの?」
「先輩に言われたんだ。お前の魔法少女になる女がここに居るってな」
「先輩……?何の……?」
「聖霊のに決まっているだろう。俺が見習いの頃から世話になっている先輩だ。いつまで経っても魔法少女を見つけられない俺を気遣って、お前の存在を教えてくれてたんだと思う。まったく……俺はいつまで経っても、先輩に迷惑をかけてばかりで、情けなくなるよ……」
まぁ……うんこ犬だからな……。
マーガレットを取り戻して、私はやっとこの犬と話す異常な状況に興味が湧いてきた。
「その先輩、どうして私の事を知ってたんだろう」
「さぁな……。聖霊は魔法少女になれそうな女は、何人か目をつけていたりする。お前も知らぬうちに先輩に目を付けられていたんだろう」
なんだそれは。勝手にストーキングされてたって事か?かなり気持ち悪いぞ……。
犬はひょいっとベンチに登って、私の膝に手をついた。
「お前はマナがかなり弱い」
「マナ?何それ?」
「魂の炎のことさ。魔法少女はそのエネルギーを魔力にして魔法を使うんだ。そうだな……。お前今、自分がどうやって生きて、何をしたいのか分からないだろう」
私が何をしたいか。栞たちとバンドを続けたいか……。確かに答えが出せていない。
「だが、妙なんだ。なんかこう、自分のマナを自分で抑えている様な、ただ弱いだけとは違う様な気がする」
自分で自分を抑え込む?私はその言葉が、バンドでの自分と重なる様な気がした。
「ちょっと試しにベースを弾いてみてくれないか?お前はそれの為に生きてきたんだろ?」
「えぇ……」
めんどくさいなと思ったが、マーガレットが壊れていないか、確かめたくもあった。
マーガレットをケースから出すと、犬はマーガレットに触れる。すると、マーガレットに貼っていた私のバンドのステッカーが、ビシャッと音を立てて、その輪郭をなぞる様に光が走った。
「うわっ!今何したの!?」
「魔術印を刻んだ。簡単なものだが、お前の魔力を込めれば、こいつは光る」
「光る……だけ?」
「あとは基本の攻撃魔法も使えるが、お前に今それは要らんだろ。少し音が出るくらいに機能を制限してる」
「はぁ……」
弦の緩みがないかを確認して、軽くベースを弾いてみる。驚いた事に、アンプに繋いでいる時の様な音が出た。
「おぉっ!!」犬が吠えた。
「どした?ちゃんと光ったか?」
「いや、そっちはまるで駄目だ!」
落ち込んでる奴に追い討ちかけてくるなコイツ。
音の感じからして、異常は無さそうだが、この謎魔法の力で出る音と、アンプに繋いだ時の音が同じとは限らない。一度、由梨の店に持って行こうと思った。
いくつか自分の曲のフレーズを弾いてみる。
「凄いじゃないか!ちゃんと楽器、弾けるんだな!!」
「ははっ……そりゃあプロ志望だからな。こんなのも出来るぜぇ」
有名どころのスラップを多用する洋楽のフレーズを弾いてやる。
「おぉ!ペケペケ鳴らす事も出来るのか!面白いなぁ!」
自分の演奏を褒められるのは久しぶりだ。
「こういうファンクっぽいのは、バンドの曲ではあんまりやらねぇんだけどさ。面白いから練習はしてたんだ」
「お前、凄いぞ!!」
「はは……こんくらいは、ちょっと上手い奴なら誰でも弾けるよ……」
「そうなのか?じゃあ、1番凄いのを聴かせてくれよ!」
犬はどうせ音楽なんてこれっぽっちも分からないんだろうが、そう言われて悪い気はしなかった。何よりコイツ、私の演奏を聴いて楽しそうだ。尻尾なんて振っちゃって。
「よし……、特別だぞ〜!」
ゴーストノートを入れ込んだ高速スラップ、分かりやすくタッピングやチョーキング、ビブラートまで入れてやる。
「うぉお!!ぉ、お前……もしかして凄い奴だったのか??」そう言って、犬が余りに褒めてくるので、私は何だかこそばゆい気持ちになった。
ベースソロをLotusの曲に入れ込もうと思った事は何回かあったが、やはりどうしても曲のイメージにしっくり来ず、毎回没にしてしまっていた。
「ありがと……。そう言ってもらえると、練習した甲斐があったよ」
「なんでそんなに上手なのに、お前はプロになれないんだ?それをライブでやれば、人気になる気がするけどな」
「曲に合わないんだよ。それに、ちゃんと歌のイメージに合わせてアレンジとして入れてはいるんだ。別にみんな私のベースだけ聞きにくる訳じゃないんだから、そこら辺はバランス考えてやってるんだよ」
「変な奴だな。曲に合わないなら、合う曲を作れば良いじゃないか」
テクニックによるパフォーマンスと、音楽は違うんだ。私はそう言いかけて、どこか自分の本気のプレーを聴かせて幻滅されることに怖がっている自分に気がついた。
まだこんなんじゃ、人前には出せない。そう思っていた自分もいる。
「あ……」犬の動きが止まった。
「今度はどうした?」
「やばい……、逃げるぞ!!」犬はそわそわ回りだす。
「は?何から?」
「敵からだ!!!」犬は私に向かって吠えた。
おおオぉお。
背後から男の音が聞こえた。
「うわ!??」
振り向くと、そこには身長が4メートル近くある男が立ち尽くしていた。いや、これは人間なのだろうか?人の形をしたそれは、ぽかんと口を開け、空を向いて夜の闇を取り込もうをしている様に見えた。涎を垂らして、ビクビクと体を痙攣させている。
「早く!!逃げるぞ!!」
おぉおォ?あふ……。あぁンァ……。
それは何か意味のない言葉を話している。こちらに話しかけているのか、空にいる何かに話しかけているのか。私には分からなかった。状況が理解出来ず、私の頭はショートして、ただその人の様な何かを見続けてしまう。
「走れ!!」
犬にそう言われて、やっと私の体が動いた。とにかく、私の後ろにいた気持ちの悪い何かから、離れなければならない。そういう事なんだろう。
私が犬と共にベンチから走り出すと、それは私たちの座っていたベンチを蹴り飛ばした。地面に固定されていたベンチは簡単に引き剥がされて、大きな音を立てて地面に落ちる。その音でようやく私は自分の命が危ないという事を理解した。
人の影をしたそれは、ベンチだった木と鉄の塊を掴み、私たちの方に投げてきた。それはものすごいスピードで私たちの右側を掠めて、路地の前方に落ちる。直撃していれば、確実に死んでいた。
私は走った。植えてある木の間をがむしゃらに走り抜けた。
大きな人の影は、ゆらゆらと揺れながら私たちを追ってくる。とてもスピードを出せそうな走り方ではないと思ったが、私もマーガレットを抱えて居るので、思う様に走れなかった。理解不能な何かに命を狙われる恐怖が、私の呼吸を乱し、体のコントロールをうまく出来なくした。
大きな影はその両腕をぶんぶん振り回して、私よりもずっと太い植えてある木々をへし折り、追いかけてくる。
もう走れないと思った。息吸っても吸っても楽にならない。日頃の運動不足が祟ったのかもしれない。
「ハァ……ハ……。っ、もう、無理……だ、ハァ……。お前……だけで……も、逃げ……ろ」
うまく言葉が話せない。私は無駄だと知りつつ、大きな木の幹に寄りかかった。
「馬鹿……!走るんだよ!!逃げるんだ!」
それが出来ればやっている。私は腰を下ろしてしまっていた。
「くそ……。ぁあ、もう仕方がない!!」
そう言って犬はじんわりとした光を纏って、何か念じる。パァンとベースに貼ってあるステッカーから、弾けるような音がした。
「機能制御を解除した、アイツに向かってベース弾け!!」は?何言ってんだ???
ドンと私の頭の真上で音がして、地面が傾いた。
どうやら化け物が私の寄りかかった木をぶっ叩いて、根っこごと薙ぎ倒したらしい。それでようやく、私は地面に手を付いて、這いつくばりながら動き出せた。
しかし、化け物は私のすぐ後ろで赤い眼をギラつかせている。後ろを向いて気が付いたが、コイツ、人間異常に腕が長い。小学生が粘土で作った歪な人形が、殺意を持って私を殺しにきている。そんな感じだった。
化け物はその長い腕を上げる。
私の頭の中に犬の言葉が蘇ってきて、ヤケクソにベースの弦を鳴らした。
ばちん!!と大きな音がして、化け物が吹き飛ぶ。
とにかく、なんとかなった。私は立ち上がって、また走り出す。
「それを繰り返せ!渋谷の街まで逃げれば、魔法少女が助けに来るかもしれない!!」
私は後ろを気にしながら、走る。
化け物はのっそり起き上がって、また私たちを追いかけてくる。
私はとにかく走った。もう頭の中には思考なんてものは無くて、追いかけられる恐怖で体は震え上がって、力も上手く入らなかったが、それでも走った。
化け物は、疲れなんて全く感じさせず、不気味に傾きながら私を追ってくる。その距離は、どんどん縮まって、それが私の残りの命のように思えた。
丁度、渋谷の方に向かう橋まで来た時に私は転んでしまった。「廣瀬!!」犬が吠える声だけ聞こえる。
転んだ拍子に、化け物が腕を振り抜いて、腕は私の髪を掠めて橋の柱に当たる。重機のアームをぶち当てたように、コンクリートの柱が抉れた。
渋谷に向かう橋は、代々木公園側は門のような構造をしていて、2本のコンクリートの柱の間に橋の路面に向かう階段がある。柱の上は見晴らし台の様になっていて、それがちょうど橋の路面と同じ高さになって、代々木公園を見渡せる作りになっていた。
渋谷の街に向かう門の前で、化け物は私たちの行手を遮る様に、立ち塞がった。
私は咄嗟に、またベースを鳴らした。衝撃波が起きて、化け物は柱に押し付けられる。
私はベースを鳴らし続ける。化け物は何度もコンクリートの柱に打ちつけられて、身動きが取れないようだ。
ベースを鳴らす。めちゃくちゃに、震える手で、解放弦の適当な音の連続を続ける。
化け物は呻き声をあげていたが、少しでも手を止めれば私に襲いかかってくる様な、そんな様子だった。
「廣瀬……、もうこれを続けて、魔法少女が助けに来るのを待つしかない」
「ッ……ハァ……分かってるよ……!うんこ犬っ!!」
「これをやめたら……多分お前は死ぬ。絶対に手を止めるな」
「分かって……るって!ハァ……わざわざ……言うな!」
ベースを止めたら死ぬ。助けが来るかは分からない。
私の人生の最後は、こんなクソみたいな状況なのか。
こんな雑な音の連続が、私の最後の演奏なのか。
こんなのパンクロックにもならない。
私の心臓が鼓動する。
◆
文化祭の最終ステージ。私はステージの袖で、マーガレットを抱えて、出番を待っていた。
トイレには行ってきたし、楽曲の内容も全部頭には入っている。何度も練習して、不安はないはずだった。
でもステージの裏からでも聞こえる声援が、私の心の中の不安を掻き立ててきた。変なミスはしないだろうか。恥はかかないだろうか。馬鹿にされないだろうか。
この前、クラスの女の子に言われた言葉が脳裏に蘇ってくる。
『廣瀬さん!凄いね!1年生なのに、先輩たちのバンドに入って、ステージのトリなんでしょ!?絶対に観にいくね!』
その子はまともに話した事もない子だった。
私はクラスで孤立していた。別にクラスのみんなを見下していた訳ではなかったけれど、なんの話をしたら良いのかが分からなくて、必然的に私は1人でいる事が多くなった。いじめられてはいなかったが、興味も持たれていない。同じ教室に居ても、別の世界にいる様な、そんな孤独感を感じていた。
彼女に悪気はなかったと思う。でも私の事を良く知らない人が、私がステージで演奏する所を観て、どう思うのか。それが怖くて仕方がなかった。
「廣瀬……。緊張してるでしょ!」
栞さんがニヤニヤ笑って私を見てくる。
「ぁ……当たり前じゃないですか……。今日が人生初のステージなんですから……」
私は心からこの自己中な先輩のことを憎んでいた。
ある日、楽器屋で憧れのベースを見ていた私は、栞さんに突然話しかけられた。
『あなた、ウチの高校の子でしょ!ベース買うの??いや、買うわよね!?丁度良かったわ!ベーシスト探してたのよ!!』
そう言うと栞さんは、半ば強引に私と連絡先を交換し、翌日には私のクラスまで特定し、強引に軽音部に入部させた。それだけならまだしも、1週間後には私に子どもの頃から蓄えたお年玉貯金を全額下ろさせて、私に憧れのベースを買わせた。そのベースは中古なのに25万もして、とてもじゃないがこれからベースを始める人が買う様なものではなかった。
『適当な楽器を買っちゃうと、適当にしかやらないのよ!だからこれから始めるぞって時は、1番欲しい楽器を買うのが正解なの!』
栞さんがそう言わなければ、私はマーガレットを買わなかったと思う。
それからは本当に毎日、練習をさせられた。平日だろうが、休日だろうが。テスト期間だろうが、夏休みだろうが。手の皮が剥けようが、風邪をひこうが。
「安心しなさい!!このバンドのボーカルは私。私が歌うからには、どんな演奏だって最高のものにしてみせるわ!あんたはね、思いっきり自分の演奏をすりゃ良いのよ。コードをミスっても、リズム外しても、全部フォローしてあげる」
どこからこんな自信が出てくるんだこの女は。そのうち、海賊王でも目指すんじゃないだろうか。
自分の事を主人公か何かだと思ってる栞さんの言葉を聞いて、なんだか緊張しているのが馬鹿らしくなってきた。
出番ですと、文化祭委員の子が知らせにくる。
私は一度深呼吸をして椅子から立ち上がった。
階段の先のステージは、光り輝いている。
「廣瀬、行きましょう!私たちのステージを、見せてやろうじゃない!」
◇
身体は勝手に動いていた。
これが私にとって、人生で最後の演奏になると思うと、こんなダサい音の連なりになるなんて許せなかった。
ここで死ぬなら、せめて最高のベースを弾きたい。
私が人生でベースに捧げた時間が、無駄じゃなかったと証明したい。私自身に認めさせたい。
これが弾けたんだから、悔いがない。そう思える演奏がしたいと、心からそう願った。
無我夢中でベースを弾いた。
超絶技巧とか、天才スラッパーとか呼ばれるベーシストの演奏に、一音だって負けないように。
指は自分でも驚くほど自由に動き、考えるよりも先に音にした。
心臓の鼓動が演奏のリズムとリンクする。
弾くほどに、気持ちが昂る。
私の魂が、私の音で震える。
攻撃的で破壊的な鼓動
まだだ!まだまだ!!
私の演奏は、こんなもんじゃない!!!
「廣瀬!!」犬の声が聞こえて、私はやっとマーガレットから目を離した。
目の前には、コンクリートの瓦礫の山になった橋が残り、化け物だったと思われる灰色の塊は、風に吹かれて消えていた。そして、何故か目の前には横たわる浮浪者の男が居た。
ベースに貼られていたステッカーは、ジリジリと音を立てて、ばっと弱い光を出してから光らなくなった。
「お前……何したんだ?」
静寂の中、犬の声だけが聞こえた。
◇
私はそれから、犬を抱えて走った。
公共物損壊罪。それが私が犯した罪の名だ。
3年以下の懲役、もしくは30万円以下の罰金をくらうらしい。でもあの橋が30万円で治る訳がない。
私はその場から逃げ出していた。
「ハァ……ハァ……!や、やば!!やばすぎる!!」
私は遂に、犯罪者となった。
「おい!大丈夫だって!魔法少女が治してくれる!」
犬は何か必死に喋っていたが、私には聞き取れなかった。
ただ、ずっと心の中にあった暗闇はどこかに行ってしまって、あの演奏をしていた時の昂りだけが私に残っていた。
「ハハ……ハハハハッ……!!馬鹿みたい!!」
トイプードルを抱えて走る自分をイメージすると、ひどくマヌケで笑ってしまう。
渋谷のNHKホールの前まで来て、私の体力は尽きた。
犬を地面に離して、歩かせる。
「お前、さっきのは凄かったぞ。普通、あんな簡易的な魔法印でダークマターを退治出来るもんじゃない。魔術印が焼き切れる所なんて、初めて見た」
とりあえず犬は私を褒めてくれてるらしい。何が凄いのかはよく分からないが、とりあえず私はデカい建物を吹き飛ばせる超危険人物になってしまったことは分かった。
「改めて、宜しくな。魔法少女 廣瀬純」
何言ってんだよこいつ。その魔法少女っての、やめてくれないか?
◇
代々木公園が見渡せるホテルの屋上に、仁科明美は居た。
「あら……。焦って戻って来たけど、意味なかったね」
明美は、目を凝らす様にして、代々木公園の方を見つめている。
「まったく、カウィが居なければ、あの子は死んでいたぞ!!」明美の足元に居たポメラニアンが、明美にそう話しかける。
「聖霊がついてるし、なんかあっても大丈夫と思ったんだよぉ……」
そう言って明美はポメラニアンをひょいと持ち上げた。
「あの子はきっと、強い魔法少女になるぞ。お前もそれを分かっていて、私にカウィを呼ばせたんだろう?」
明美はポメラニアンと見つめあう。
「そんなんじゃないよ。あの子、1人で寂しそうだったから……。それだけ。素敵な後輩、紹介してくれてありがとうね。ポメ太郎」
そう言って笑うと、明美はポメラニアンを抱きしめ、撫でまわした。ポメラニアンは露骨に嫌そうな顔をする。
「橋は他の子に任せて、帰ろっか。明日もどうせ、一日中戦わなきゃならないんだから」明美はそう言うと、魔法少女の姿に変身した。
ホテルの屋上から、彗星の様に光が飛んでいく。その光は、東京の街のどこかに消えていった。
◇
それから数日後、私はLotusのメンバーをバイト先のライブハウスに集めた。今日はライブも入っていなくて、練習の予約も入っていなかったので、オーナーが特別に貸してくれていた。
「それで、バンド抜けるって言った奴が何の用なわけ?」
明らかに栞は機嫌が悪かった。ポケットに手を突っ込んで、私を睨みつけてくる。「まぁまぁ」と由梨が栞を宥めてくれる。
栞は最初、私に会いたがらなかったが、由梨が栞を説得して、ここまで連れてきてくれた。
「まず……この前の事は謝る。ごめん!」
私は心から、栞に謝罪した。
「は?それがお前の誠意なわけ?」
このクソ女!どっからどう見ても完璧な、斜め45度の綺麗なお辞儀だろうが!!私の眉間には、マリアナ海溝くらい深い皺がよった。
一呼吸して、私は膝をつく。三つ指をついて、地面におでこを擦り付けた。
「この通りです!ファンを馬鹿にして、本当に申し訳ありませんでした!!」
我ながら、とても良い土下座が出来たと思う。
酔った勢いとはいえ、ファンを悪く言ったというのは、本当に申し訳ないと思っていた。音楽を聴いてもらう立場として、あってはならない事だと反省してる。
「…………まぁ、いいわ。分かったんなら。次やったらクビだから」
「はい!もう2度としません!!」私はもう一度、おでこを地面に押し付ける。
「良かったね。許して貰えて。ほら、顔あげなよ」
由梨がしゃがんで私の肩をポンポンと叩く。
私は立ち上がって、2人を見つめた。
「今日は、提案があるの」
栞も由梨も表情は変わらなかった。
「私が新しい曲のベースのメロディ考えたから、2人に聴いて欲しい。それが良かったら、次の曲は私のメロディを中心にして作っていきたい」
それを聞いて、栞の口角が少し上がった。
「珍しいじゃない。自分からアイデア持ってくるなんて。やっとやる気になった?」
「私はいつだって本気だ。栞に気を使ってただけ」
「ふぅん。そう自分に言い聞かせて、私の影で隠れてただけでしょ?」
本当ムカつくなこの女。少し思い当たるところがあるのが余計にムカつく。
「……そうかも知れない。でも、そういう私はもうやめる。これからは、私のベースで客を集める」
これは栞への宣戦布告だ。まずは、私の音楽の価値をお前に分からせてやる。
「良いわね。面白いじゃない。あんたの考えたメロディ、演奏してみなよ。聴いてあげる」栞は腕を組んで、私に言った。
黙っていた由梨は、私に向けて小さく頷く。
『大丈夫。頑張って』と言われた気になった。
マーガレットを手に取って、音程を確かめる。
あの日の夜、私がした演奏。その続きがしたかった。
魂を震わせる、140bpmの重低音のメロディ。
あの時の私の鼓動を、この2人にも味わわせる。
私は、演奏を始めた。
◇
曲が終わり、音の余韻が残った。
栞は何も言わなかった。ただ腕を組んで、何か考えを整理しているみたいだった。
「…………格好良いじゃん」
栞は、私の音楽を認めた。
「うん。いいよね!めちゃくちゃ暴力的で、なんか今の私たちにピッタリな感じがするよ!」
栞の言葉を待っていたみたいに、由梨もそう言った。きっと先に自分が言ってしまうと、栞を無理に同調させてしまう事を気遣っていたんだろう。
「途中、絶対ここギターソロ入れる気だろって箇所があったよね。アレ、私にソロやれって事でしょ?」
「おぉっ!!流石、栞!分かってるじゃん!!」
「私、そんな速弾きとか得意じゃないんだけど!!」
「うるさい!やれ!!」
私がベースソロをやるんだから、お前もやれるだろ?
そう言うと栞もどこか満足そうな顔をした。
「曲名は?そこまで作り込んでれば、イメージくらいはあるでしょ?メロディと歌詞はそこから考える」
曲名なんてある訳がない。ただ私がカッコいいと思うフレーズをめちゃくちゃに押し込んだだけなんだから。
でもその時の私の脳内には、すぐにその言葉が浮かび上がってきた。
私が世界をぶち壊す、一曲目の名前。
「渋谷 パンキッシュ・ビート」
本作を読むことに時間を使って頂き、ありがとうございました。
この作品は「魔法少女アケミの苦悩」のスピンオフになります。一旦、この話は終了です。
原作の方は書き続ける予定なので、気が向いたら読んで貰えると嬉しいです。
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