【光が光を解く】
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西の楔。ソルシア西部の高原地帯。
メンバーは六人。トワ、セレス、ゼクス、タマキ、そして──アストレアとソラ。
アストレアが〈聖銀の盾〉の副官ソラを連れてきた。風魔法使いLv90。王座決定戦で戦った相手だ。
「ソラには事情を話してあります。──彼女も、聖属性のルーツを知りたいと」
「ええ……アストレアが行くなら、わたしも行きます」
タマキの浄化薬で道を切り開きながら高原を進む。西部の侵蝕は──南や東とは質が違った。
黒くない、地面が輝いている。植物も白。空気も白い霧に包まれている。眩しいほどの白さだ。
「これは、闇の侵蝕じゃないような……」タマキが首を傾げた。「むしろ逆。光が……強すぎる」
「光の侵蝕、というわけか?」
セレスが【覚醒形態】になった。
「──この白さは、封印の光そのもの。闇ではなく、光が強すぎて大地を焼いている。石碑の言葉通り──【太陽に焼かれた大地】だ」
太陽に焼かれて滅びた、石碑の言葉。
ルミナリアの聖なる光が、ソルシアを焼き尽くした。
この目の前の惨状に、アストレアの顔が強張る。
「これが……わたしの使う力の、本来の姿……」
「気にするな」ゼクスが言った。「お前がやったことじゃない」
「でも、同じ力です。同じ光です」
「同じ力でも、使い方で変わるだろ。トワも言っていたことだ。お前は仲間を守るために、その力を使う……違うか?」
アストレアは苦しげに頷いた。
「だからこそ、私の手で……この光を止めたいんだ」
◇
高原の奥で、白い光の柱が天に昇っている。【楔】だ。
しかし、今回は番人の姿がいつもと違った。
聖騎士じゃない。白いローブを纏った、女性型のNPC。祈るように両手を組み、目を閉じている。
【封印の守護者・光の聖女 Lv97 HP:700,000】
「聖女……? 聖騎士じゃない?」
【見聞録】が情報を読む。攻撃パターン──
【攻撃パターン:なし】
【特殊能力:聖光の祈り──自身と楔のHPを毎秒50,000回復。フィールド全体に聖属性の光を放射し、影属性を完全に無効化する】
攻撃してこない。
代わりに──毎秒50,000の自動回復。HP700,000を削るには、毎秒50,000以上のDPSを維持し続ける必要がある。そして、光のフィールドで影属性が無効化される。
「影が──効かない!?」
ゼクスがいつになく驚きの声を上げた。
南と東では影銀のトワと影のゼクスが特効だった。だが西は──光のフィールドで影が存在できない。セレスの銀月の揺り籠を展開しても、聖女の光量が圧倒的すぎて月光が負ける。
「ダメだ……試してみたが、セレスの月光でも、この光は打ち消せない……強すぎる」
覚醒セレスが悔しげに歯を食いしばっている。
影がダメなら──何で倒す?
「いいや、倒さなくていい」
アストレアの声に、全員が振り向いた。
「聖女は攻撃してきません、祈っているだけ。──そして、祈りの力で封印を維持している。だったら──祈りを止めればいい」
「だが、それはどうやって?」
「わたしの祈りで……上書きします」
冬夜は、アストレアの言葉を待った。
「ルミナリアの聖なる光と、わたしの聖なる光は──同じ系譜です。同じ力なら、わたしの祈りで、あの聖女の祈りを上書きできるかもしれない」
「できるという、根拠はあるのか?」ゼクスが聞いた。
「それは……わかりません。でも、やってみせます。そうでなければ、私は──」
アストレアが楔に向かって一歩踏み出した瞬間、システムメッセージが表示された。
【──聖属性スキル保有者を検知しました】
【プレイヤー「アストレア」──聖騎士Lv90。祈りの位階:第三位階「守る祈り」】
【封印の守護者との接触条件を満たしています】
【──隠し能力「第四位階」の覚醒条件を判定中──】
「第四……位階……?」
アストレアがいぶかしむ中で、システムメッセージが続けて流れる。
【祈りの位階システム】
【第一位階「封じる祈り」──対象を封印する力】
【第二位階「癒す祈り」──対象を回復する力】
【第三位階「守る祈り」──対象を守護する力】
【第四位階「解く祈り」──封印を解除する力】
【上位の位階は、下位の位階の祈りを上書きできます】
このシステムメッセージは、同じパーティーメンバーであるトワにも見えている。
トワは瞬時に状況をし、彼女に情報を共有した。
「祈りには、『レベル』が存在するようだな。聖女の封印は第一位階で、お前の守護は第三位階。そしてその上──第四位階『解く祈り』が存在する」
「第四位階……わたしが?」
【覚醒条件:Lv90の聖騎士が、封印の術に直面し、それを解く意志を持つこと】
【判定──条件を満たしました】
【第四位階「解く祈り」を解放します】
アストレアの身体が──金色に光った。聖剣ルミナスの刃に、新しい紋章が浮かび上がる。
【アストレア──聖騎士スキル「第四位階・解く祈り」を習得しました】
【効果:同系統の封印術を上書きし、解除する。上書き速度は術者の聖属性レベルと祈りの位階に依存する】
「まさか、これは──運営が用意していた、聖騎士の隠しルートなのか……?」ゼクスが呟いた。
「旅人に旅人の隠しルートがあったように──聖騎士にも、聖騎士の隠しルートがあった。アストレアがLv90まで聖騎士を極めて、第三位階に到達して、そしてこの封印の前に立った。──全ての条件が揃って、初めて開く道だ」
「トワさんが旅人であり続けたように──わたしが聖騎士であり続けたから、この力が……」
「ああ。お前が二年間、仲間を守り続けた聖騎士としての積み重ねが──今、ここで報われた」
アストレアが──涙を浮かべながら、笑った。
「ありがとうございます。私では、まだまだ研鑽が足りないと思っていましたが──ようやく、戦いの場に立てそうですね。……それでは、参りましょうか」
決意を新たにしたアストレアに、タマキも続く。
「アストレアさん。わたし、回復で支えます。祈りの間に攻撃が来たら、全力で治します」
「ありがとう、タマキさん」
ソラが風魔法を構えた。
「わたしは風で、聖女の光を少しでも遮る。月光でダメでも、物理的に光を遮断できれば……!」
六人が、それぞれの役割を確認した。
アストレアが祈りで聖女を上書きする。タマキがアストレアを回復で支える。ソラが風で光を遮る。セレスが月光で場を整える。トワとゼクスは──
「俺たちは、護衛だ。アストレアの祈りが完了するまで、邪魔が入らないように守る」
「お前が前衛じゃないのは珍しいな、トワ」
「今回はアストレアが主役だ、俺たちは脇役でいい。それにこういうのも、旅の醍醐味だ」
アストレアがふっと微笑んだ。
「トワさん──あなたには、本当に頭が上がらない」
「そうかしこまらないでくれ、俺はたいしたことを言っていない」
「ふふ、あなたは本当に……でも、そうですね。分かりました、始めましょう!」
アストレアが聖剣ルミナスを地面に突き刺し、両手を組んだ。
祈りが始まった。
◇
アストレアの身体から──金色の光が溢れ出した。
聖女の白い光に対して、アストレアの光は金色。同じ聖属性だが、祈りのレベルが違う。
白い光が【封じる光】なら、金色の光は【守る光】。同じ根から出た、違う枝。
二つの光がぶつかり合った。白と金が混ざり合い、押し合い、フィールド全体に衝撃波が走る。
聖女が──目を開けた。
「なぜ……なぜ、同じ力を持つあなたが──封印を解こうとするのですか」
アストレアが答えた。
「わたしの光は、封じるためのものじゃない……守るためのものです! 仲間を、世界を、そして──忘れられた人たちを!」
「忘れられた者を、守る? ……ソルシアの旅人を?」
「旅人が歩いた道を──消させない。それが、わたしの光の意味です!」
聖女は反論しようとしなかった。いや、反論できなかったのかもしれない。
「お前の光には……悔いがある。同じ力で誰かを傷つけてしまった、という悔い」
「ええ……あります。わたしの力がソルシアを封じたと知った時……深い悲しみを抱きました」
「その悔いが──お前の祈りか? 封じる祈りに、いったい何の意味がある。どうせ誰かの命令だろう。だから、私は解く祈りを捧げる──後悔を、残さないように」
アストレアの金色の光が、さらに強くなった。
白い光が押し返されていく。
聖女のHPが減り始めた。自動回復が、止まっている。
これが、祈りの上書き――封印を維持する力が、封印を解く力に変換されていく。
HP700,000が──600,000。500,000。
聖女が、微笑んだ。
「よい祈りですね。ええ──わたしは、この祈りを待っていたのかもしれません」
300,000。200,000。100,000。
その途中で、アストレアは何かに気づいた。
聖女の身体が、薄くなっていっている。まるで……世界から消えていくように。
いや……元々、この世界からいなかった存在かのように。
「まさか、光の聖女……あなたも、【ソルシアの記憶】なのですか?」
アストレアの問いに、聖女は首を縦に振る。
「ええ、わたしは──ルミナリアの術で作られた幻影です。この場所に千年いるうちに──【ソルシアの記憶】に染まりました。作られた存在の私は……命令のまま、封じることしかできません」
「では、今のあなたは、本当の姿ではないと」
「皮肉なことですね。守るべきはずの力が、誰かを悲しませることになるなんて」
HPがゼロになった。
聖女が、光の粒となって散っていく。
でも苦しそうじゃない、解放されるみたいに清々しい顔だった。
「待ってください、聖女! この【楔】は……何なのですか。黒い侵蝕と、白い侵蝕の違いは……聖王国は、誰もがこの現状を望んでいるわけではないのですか!?」
散りゆく光の中で──聖女が、振り返った。
「……少しだけ、時間がありますね。最後に、お話ししましょう」
聖女が手を広げた。足元から二つの光が浮かび上がる。黒い粒子と、白い粒子。
「黒い侵蝕と、白い侵蝕。──あなたたちはこの二つを、同じ『病』だと思っているでしょう。でも、これらは全く性質が違います」
黒い粒子が、白い粒子に触れた。弾き合い、反発する。
「白は──【封印の光】そのもの。ルミナリアの力が、この大地に直接注がれた場所。光が強すぎて、大地を焼いている。この西部が白いのは、中央の門に最も近いから。光の源に近いほど、大地は白く焼かれます」
「では、黒い侵蝕は……?」タマキが聞いた。
「黒は──この大地の【抵抗】です」
全員が息を詰めて聞き入った。
「ソルシアの大地には、精霊の力が宿っている。光の封印が注がれた時、大地は──拒んだ。異物を排除しようとした。その拒絶反応が、黒い瘴気として表れているのです」
今度は、覚醒セレスが問いかける。
「じゃあ、黒い侵蝕があるということは──」
「大地が、まだ生きている証拠。抵抗している証拠。──黒い場所には、まだソルシアの記憶が残っています。だからこそ、あなたたちの浄化薬で治せた。薬師さん──あなたが治していたのは病ではなく、大地の痛みです。生きているからこそ感じる、痛み」
タマキが──自分の手を見つめた。浄化薬を振りまいてきた手。大地の痛みを癒してきた手。
「でも──白い場所には、抵抗すらない。大地の精霊が完全に焼き尽くされて、記憶ごと消えている。あなたの薬では、治せなかったでしょう?」
「……はい。白い地形には、浄化薬が効きませんでした」
「それは、治す対象がなかったから。死んだ大地には、薬はきかない。──だから、同じ光で上書きする必要があった。聖騎士さん……あなたの祈りが有効だったのは、そういうことです」
アストレアが──涙を堪えながら聞いていた。
「あなたは──誰に命じられて、ここにいるのですか」
聖女が、少し悲しそうに笑った。
「聖王カレン。──わたしの、友人です」
「友人……?」
「千年前、わたしとカレンは、同じ神殿で祈りを学びました。わたしたちは同じ光を持ち、同じ志を持っていた。──世界を守りたい、と」
聖女の身体が、もう消えつつある。
その残り僅かな時間を使って、聖女はアストレアに微笑みかける。
「でもカレンは──ある日、変わりました。旅人が世界中の記憶を集めていることを知って。『記憶を集めすぎる者は、世界の均衡を壊す』と。カレンの恐怖は……本物でした。旅人が全ての記憶を持てば、世界の秘密が──ルミナリアが何をしてきたかまで──全て明るみに出る」
「ルミナリアが──何をしてきたか?」
冬夜が口を開いた。
「ルミナリアは……光の秩序の名のもとに、ソルシア以前にも──いくつもの文明の記憶を消してきました。ソルシアが最後ではないのです。カレンは、それが知られることを恐れた」
思いも寄らぬ告白に、その場の空気が凍った。
「わたしは──カレンに反対しました。封印は間違っている、と。でもカレンは聞かなかった。代わりに、わたしを──封印の一部に組み込みました。わたしの祈りの力を、封印の維持に使うために」
「友人を──封印に……!?」
「ええ。わたしの意志は消され、命令だけが残りました。『封じろ』という、たった一つの命令。──千年間、それだけを繰り返してきました。でも──千年、この場所にいるうちに……封じているはずの記憶が……少しずつ、わたしの中に流れ込んできました。旅人たちが歩いた道の記憶、市場で笑い合う声、子どもたちが走り回る音、焚き火を囲んで歌う歌……ソルシアの人々の、温かい日々……」
「だから──わたしの祈りに応えてくれたんですね」
アストレアが言った。
「あなたの中にあるソルシアの記憶が──解放を、望んでいたから」
「ええ。あなたの祈りには……わたしにはないものがあった。命令ではなく、自分の意志で祈っている。悔いではなく、覚悟がある。──わたしの千年の祈りより、あなたの祈りの方が、とても強い。祈りの力は……量ではありません、込められた心の強さです」
聖女の身体が、さらに薄くなっていく。光の粒が散っていく。
「最後に、一つだけ──」
聖女がトワを見た。
「旅人よ。いつの日か、ルミナリアに行くのでしょう」
「ああ」
「カレンは──わたしの友人です。千年前に、間違った道を歩んでしまった。でも……悪人ではない。ただ……怖かったのです。知られることが、暴かれることが。光の国は……光で全てを照らすくせに、自分自身の影だけは、見ようとしなかった」
「……影を、見ようとしなかった」
「ええ。ルミナリアには影がない。光しかない国……だから影が見えない。自分たちの過ちが見えない。あなたたちが持っている『影の力』は……ルミナリアに、唯一欠けているものでした」
そして聖女が、最後の光になった。
「どうか……カレンに、影を見せてあげてください。わたしにはできなかった。千年前にも、千年経った今も──でも、あなたたちなら……」
光が散る。
最後に、声だけが残った。
「カレンに、伝えてください……わたしは怒っていない、と。千年経って……ソルシアの記憶のおかげで、わたしは【自分の祈り】を取り戻せた。だから……私、は……」
声が、途切れた。
消えた。
【封印の守護者・光の聖女 浄化完了】
白い高原は、しばらく静かなまままだった。
アストレアが膝をついて、泣いていた。聖剣ルミナスを地面に突き刺したまま、両手で顔を覆って。
ソラはアストレアの肩に手を置いた。
タマキは目を赤くしながら、アストレアに回復魔法をかけていた。身体の傷ではなく、気持ちの問題だとわかっていても、他にできることがなかったから。
ゼクスが腕を組んで、聖女がいた場所を見つめていた。何も言わなかった。
セレスはトワの肩の上で、小さく鼻を啜っていた。
「トワ。──せいじょ、やさしかった」
「ああ……そうだな」
「カレンのともだちだったのに。ふういんにされて、せんねん。──それでも、おこってない、って」
「強い人だったんだろう。──聖女も、カレンも」
「カレンは……わるいひと?」
「わからない。──だが、聖女は『悪人ではない』と言った。怖かっただけだ、と」
「こわいだけで、ソルシアを、ふういんした?」
「恐怖は、人を間違った方に動かすからな」
「きょーふ……こわいね、トワ」
「でも、その怖さに負けてちゃだめだ。聖女のためにも、カレンには……いつか、必ず」
影銀の剣。ゼクスの影潜り。セレスの月光。──全てが、光の国に欠けているもの。
やがて、アストレアが顔を上げた。
「トワさん。──わたしは、聖女の遺志を継ぎます。カレンに【影】を見せる。カレンの友人だった聖女が──千年かけても届けられなかったものを、わたしが」
「頼む。お前の光は、封印の光とは違うはずだ」
「ええ……だからこそ、私がカレンに挑む意味があります。それは、聖女のためにも」
セレスの角が、ぽわっと光った。
「アストレア。なかま」
「ええ。あなたと私は、仲間です」
笑顔を浮かべて、【楔】を抜いた。焼かれた白い高原に、あの忌々しい光が消える。
残り──一本。
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