【東の海へ】
南の楔を抜いてから三日。
ソルシア南部は劇的に回復していた。黒かった渓谷は緑の渓谷に変わり、NPCたちが活動を再開している。タマキの浄化薬はもう不要──楔を抜けば、封印の根源が消えてフィールドの自然治癒が始まるのだ。
次の楔は東。羅針盤が──海の方角を指していた。
「トワ。つぎ、うみ?」
「ああ。東の楔は海中にあるらしい」
「セレス、みず、にがて……」
でも、表の世界の海みたいに、ソルシアの海にも、ヌシがいるかもしれないぞ」
「ソルシアのヌシ……?」
「ソルシアは旅人の王国だった。海にも旅人がいたのなら、海の精霊獣がいてもおかしくない」
「いく! セレス、うみ、いきたい!」
ペレグリナに乗り、ソルシアの東海岸から出航した。タマキとゼクスも同行する。ハルには別の任務を頼んだ──北のエリアの偵察だ。
「師匠。北の偵察、わたし一人で大丈夫ですか?」
「偵察だけだ。楔には近づくな。危険だと思ったら即撤退しろ」
「はい! ──あ、師匠って呼んじゃった」
「もういい……好きに呼べ」
「えへへ……はいっ、師匠」
◇
ソルシアの東海域。
表の世界の海とは違う色をしていた。深い藍色。海面に銀色の光が反射している。月光の海。
沖合で、セレスが水面に手をつけた。角が光る。表の世界で、ナミを呼んだ時と同じ方法だ。
「セレス。ソルシアの海のヌシを、呼べるか?」
「やってみる。──セレスはソルシアのしゅごせーれー。うみのせーれーとも、はなせるはず」
銀色の光が水中に広がっていく。
一分。二分。──五分が過ぎた。反応がない。
「だめ、なのかな……」
セレスが耳を垂れかけたその時──
水面の下から、巨大な影が浮かび上がってきた。ナミとは──違う。もっと長い。蛇のような、あるいは龍のような。
海面を割って現れたのは、銀色の海蛇だった。全長三十メートル。鱗が月光を反射して、体全体が銀色に輝いている。顔には──角がある。鹿の角ではない。珊瑚のような、枝分かれした綺麗な角。
【ソルシアの海蛇・ギンリュウ ── 裏世界固有のヌシ個体】
【友好度:0/50】
「わぁ……!」タマキが目を見開いた。
「流石に、でかいな」ゼクスも声に驚きがあった。
セレスが、海蛇の顔の前まで飛んでいった。
海蛇の巨大な瞳は、セレスをじっと見つめている。
「……ひさしぶり、ギンリュウ」
「セレス、お前この龍を知っているのか?」
「わすれてた。ずっと、もう……だけど、いま、おもいだした」
セレスは龍の顔をぺちぺちと叩きながら、
「ギンリュウは、セレスのこと、おぼえてる?」
海蛇が、深海に響くような重い声で鳴いた。
ナミの鳴き声とは違う。もっと深く、もっと重厚な響き。
「おぼえてる、って。よかった。──えっとね。ギンリュウは、セレスのともだち、むかしの」
「知り合いだったのか」
「うん。ソルシアがあったとき、ギンリュウとセレス、よくあそんだ。──ふういんされて、ねむってた。でも、いま、おきた」
封印の影響で眠っていた海の精霊獣が、ソルシアの復元と共に目覚めた。
セレスがギンリュウの鼻先を撫でた。海蛇が気持ちよさそうに目を細める。
【ギンリュウの友好度が上昇しました:0/50 → 15/50】
【セレスティアの仲介により、騎乗が可能になりました】
いきなり15。セレスの仲介で友好度が跳ね上がった。
「本当に知り合いのようだな。ナミの時は、友好度1からだったのに」
「ギンリュウは、セレスのともだちだから。とくべつ」
ギンリュウの背中に乗った。海蛇の鱗は滑らかで温かい。ナミの背中とは感触が違うが──乗り心地は悪くない。
「トワさん。この海域、瘴気の反応があります!」
タマキが海面を見つめている。海水の色が──一部、黒い。病んだ地形の海版だ。
「海中にも侵蝕があるのか……」
ゼクスがしげしげと観察していた。
「陸上なら浄化薬を振りまける。だが海中はどうする。薬が拡散してしまうだろう」
「それなんですけど──」
タマキがアイテムストレージから新しいポーションを取り出した。
小さな貝殻の瓶、その中に入った青い液体。
「マーサさんに教わった新しいレシピです。【海浄の真珠薬】。水中でも拡散しない、凝固型の浄化薬です」
「いつの間にそんなものを」
「南の楔を抜いた後、次は海だと思ったので……トワさんが海に行くって決める前から準備してました」
さしものトワも、これには感心して言葉が出なかった。
「えへへ……トワさんに褒められる前に、先に言います。わたし、頑張りました!」
「……ああ、頑張った。これは、胸を張るべきだろう」
「もっと、もっと、トワさんのお役に立ちたいですから」
「でも、頑張りすぎるなよ。もしも、倒れるようなことがあったら……」
「それは大丈夫です! わたし、こう見えてタフなので!」
二人が笑顔で見つめる中、ゼクスは「このバカップルめ……」と悪態をついた。
セレスも「バカップル」と呟いたが、二人には聞こえていなかった。
◇
ギンリュウに乗って海中に潜った。
ソルシアの海底は──表の世界の珊瑚宮とはまた違った。
古代の海底都市。ソルシア王国は海にも領土を広げていたらしい。海底に白い石造りの建物が並んでいる。しかし、半分近くが黒く侵蝕されている。
タマキが【海浄の真珠薬】を海中に投入した。青い光が水中を広がっていって、侵蝕された建物が少しずつ白色に戻っていく。
「効いてます! 水中でも、浄化できます!」
浄化が進むと──海底都市のNPCが姿を現した。魚人型のNPC。ソルシアの海の民。
「おや……旅人か。久しぶりだ、陸の者が来るのは」
「東の楔を探している。この海域にあるはずだ」
「楔か。──あるよ、海溝の底に。だがあそこは……深い。ギンリュウでも潜りきれないかもしれない」
海溝の底。ギンリュウの潜行限界を超える深さ。
「でも、方法がないわけじゃない。──この都市には、昔、深海に潜るための道具があった。『深淵の泡沫』という。海の精霊が作った気泡だ。これに包まれれば、どんな深さでも呼吸できる」
「それは、どこにあるんだ?」
「この海底都市の神殿に安置されている。──だが神殿は、侵蝕が最もひどい場所だぞ」
神殿の浄化が必要。タマキの出番だ。
「わたしが行きます。神殿を浄化して、道具を取ってきます」
「一人では危険だ、俺も──」
「トワさんは海中だと動きが制限されます。わたしの方が身軽で適していると思います。──それに、神殿の浄化は薬師の仕事です」
冬夜はゴーサインを出すか迷った。でも、タマキの目は真剣で、トワから離さない。
「ゼクスさん、護衛をお願いできますか?」
「了解した。──お前の薬がなければ俺たちは何もできないからな」
「でも、あぶないよ。トワも、ついていったほうがいい?」
「確かにこいつは強いが、まだこれで終わりじゃない。もしかしたら、危険な敵が出るかもしれない……その時のことを考えると、トワの体力は残しておきたい」
「分かった、俺はここで待機している。……何が出るか分からないからな、異変があれば大声で呼べ」
「バカな、俺が助けを呼ぶわけがないだろ。――直ぐに終わらせてやる」
タマキとゼクスが神殿に向かった。トワとセレスはギンリュウの背中で待機する。
「トワ。タマキ、だいじょうぶかな」
「大丈夫だ、ゼクスがいる。それに──タマキは、もう強い」
「つよい? タマキ、てきたおせないよ?」
「戦闘力だけが強さじゃないさ。お前だって、戦闘力はないが強いだろ?」
「セレス、つよい?」
「ああ、世界で一番強い」
「えへへ……」
セレスがギンリュウの背中の上で、ぽわっと光った。ギンリュウが低い声で鳴いた。セレスの光に反応しているようだ。
三十分後──タマキとゼクスが戻ってきた。タマキの手に、虹色に輝く泡が浮かんでいる。
「取ってきました! 【深淵の泡沫】! ──神殿、結構大変でした。闇に侵蝕されたNPCが三体いて、ゼクスさんが全部倒してくれて、わたしが浄化して……」
「タマキは見事だった。俺が影で動きを止めている間に、浄化薬を使ってくれた」
「二人ともナイスだ。それじゃあ行くぞ、海溝の底へ」
ゼクスは多少のダメージを負っていたが、タマキが回復して戦える状態になった。
そうして【深淵の泡沫】を全員に使用。虹色の気泡が四人を包む。
ギンリュウが深く、深く潜っていく。光が届かなくなる。
しかし、海溝の底に──白い光が見えた。
封印の楔。海の底に突き刺さった光の柱。
そして──番人。
【封印の守護者・光の海騎士 Lv97 HP:650,000】
海中の聖騎士。水の中を自在に泳ぎ、光の槍を操る。
「また聖騎士か」ゼクスが短剣を抜いた。
「しかし、今度は海中だ。地上とは動きが変わるぞ──セレス」
「うん、へんしーん──!」
セレスが巨大な鹿に変わった。海中で……鹿。
異様な光景だが、深淵の泡沫のおかげで水中でも問題なく動ける。
覚醒セレスが流暢に言った。
「【銀月の揺り籠】、展開。──ゼクスの影を守る、トワは影銀形態で頼んだ」
トワが【果ての道標】を握り直した。
「──行くぞ、レヴナント。また新しい旅だ!」
刃が変色する。白銀から暗い銀へ。影銀形態。
海の底で、光と影の戦いが始まった。




