【南の楔】
ソルシア南部。黒い渓谷。
タマキの浄化薬で道を切り開きながら、渓谷の底に向かって降りていく。黒い壁面から瘴気が噴き出している。【HP持続減少】タマキが全員に【陽光のポーション】を配り、状態異常を抑え続ける。
「タマキ、ポーションの残りは?」
「あと三十本です。往復の時間も考えると──戦闘は、二十分が限界です」
二十分。楔の番人を倒し、楔を抜くのに使える時間。
渓谷の底に辿り着いた。
──白い光が、闇の中に浮かんでいた。
封印の楔。地面に突き刺さった、光の柱。周囲の黒い瘴気が、楔から放射状に広がっている。
楔が──闇の源だった。
そして楔の前に、番人が立っていた。
【封印の守護者・光の聖騎士 Lv96 HP:600,000】
白銀の鎧。光の翼。聖剣──アストレアの聖剣ルミナスと、よく似た意匠。
ルミナリアの聖騎士。光で作られた幻影。
「あれが──ルミナリアの番人か」
ゼクスが短剣を抜いた。
「光属性無効。聖属性ダメージ無効、物理ダメージ軽減。──つまり、多くの上位スキルが効かない」
「とはいえ、影は効くんだろう?」
「ああ。お前の暗殺術が、唯一の特効スキルだ」
ゼクスがふふっとほくそ笑んだ。
「光に閉ざされた世界を、影が切り開く。──ソルシアの旅人が影の技を生んだ理由が、今わかった」
四人が戦闘態勢に入った。
同時に、光の聖騎士が先に動く。
聖剣を振る。光の斬撃──アストレアの【光断】と同じ技。しかし威力が、桁違いだ。
トワが回避。【見聞録】でパターンを読む。アストレアと似ているが、同一ではない。幻影としてのパターンが追加されている。
三連斬。【果ての道標】が剣の形で聖騎士を斬る──
──弾かれた。ダメージがほぼ通っていない。
「属性相性が重要な敵か。物理攻撃も、ほとんど無効化されている。有利な属性じゃないと厳しいな──ゼクス」
「ああ、任せろ」
ゼクスが【影潜り】で姿を消した。影の中を移動し、聖騎士の背後に回る。
暗殺者の短剣──影属性。光の対極。
ゼクスの短剣が聖騎士の背中を突き刺した。
48,000──超クリティカル。影属性の特効ダメージ。
「通った! 影属性の攻撃が効く!」
聖騎士が振り返り、ゼクスに聖剣を振る。ゼクスが影に潜って回避。
しかし──聖騎士の光が、影を照らし始めた。フィールド全体が白い光に包まれる。
暗殺者の影が、消えていく。
「くそ、影を使えなくするつもりか!? 光で照らされたら【影潜り】が──」
ゼクスの姿が浮かび上がった。ステルスが解除されている。影潜りが効かない。光のフィールドでは、【影】が存在できない。
「トワ、トワ!」
「どうした、セレス」
「セレス、かんがえ、ある。セレス、まかせて!」
「何かできるのか……今はいい、とにかくやってみてくれ!」
セレスが【覚醒形態】に変わった。
「ゼクス。わたしの銀月の光で、この空間に影を作る。──銀月は【太陽】ではない。月光は影を消さない。影を残す、優しい光だ」
セレスの角から、銀色の月光が放たれた。白い聖光に対抗して、銀色の光が空間に広がる。
月光が当たった場所に──影が戻った。
「これは……そうか。俺たちと一緒に、セレスも進化しているのか……」
トワの画面に、システムメッセージが表示されている。
【守護精霊セレスティア──新たな能力を獲得しました】
【発動条件:聖騎士との戦い】
【スキル名:銀月の揺り籠――月光で影を守り、強化する力】
【効果:月光範囲内の影属性攻撃力+40%。影属性の味方は光属性による無効化能力を受けない】
「影が戻ったぞ、ゼクス!」
「分かっている、後は任せろ!」
ゼクスが再び影に潜る。
そして影の中を自由自在にワープし、四方八方から連撃を浴びせる。光の聖騎士がよろめく。それでもHPは、まだ600,000。
一人の攻撃では削りきれない。
「トワさん……このままじゃ」タマキの不安そうな声。
「分かってる、俺も戦いに加わりたいところだが……」
旅人の最終武器【果ての道標】ですら、聖騎士にはほとんど攻撃が通じない。
いったい、どうしたらいいのか。
じっと手元の剣を見つめていたその時――トワの脳裏に、ある違和感が浮上する。
「影の、残滓……」
「えっ?」
トワはかつて、旅人の最終武器である【果ての道標】を作るために、最終素材として、
月蝕の古龍ルナティスから月蝕の結晶を、
影踏みのレヴナントから影の残滓を、
海底洞窟の宝箱から海神の水晶を、入手した。
そうだ――【果ての道標】には、レヴナントから手に入れた【影の残滓】が眠っている。
きっとこの武器には、【影】の力が眠っているはず。
でも、どうやって?
【果ての道標】に隠された力があるのなら、それをどうやって解放するのか。
いや……答えは既に出ている。
レヴナントが倒された瞬間、彼が口にした最後の言葉。
それは――。
「いい旅、だった」
――刹那、刃が共鳴した。
トワの手の【果ての道標】が目覚めたかのように振動している。武器の中に眠っていた『力』が、露わになる。白銀の刃に、黒い筋が走る。一本、二本、三本、血管みたく、刃全体に影が広がっていく。
システムメッセージが、連続して表示された。
【──反応を検知しました】
【最終武器「果ての道標」内部の封印素材「影の残滓」が共鳴しています】
【覚醒条件:「影の残滓」の記憶に対応する言葉の入力──確認】
【封印解除シーケンス開始──】
刃から光が消えた。白銀が──暗い銀色に染まっていく。でもこれは、【闇】じゃない。月光に照らされた【影】のような、どこか優しい色合いの黒銀。
【隠し能力「影の覚醒」を解放します】
【影銀形態:影属性付与】
【光属性への特効ダメージ:×3.0】
【追加効果:影銀形態の攻撃は、対象の光属性防御を50%無視します】
【追加効果:月光下での攻撃力がさらに20%上昇します】
メッセージはまだ続く。
【──「影の残滓」からの全メッセージを出力します】
【「いい旅だった。お前の影として歩いた道は、全て覚えている」】
【「旅人よ。いいか……この力は、光を拒むものではない。光の中に在る影──旅人が歩いていく限り、足元に生まれ続ける、もう一人の旅人の力、それが、影なのだ」】
冬夜の手の中で、【果ての道標】が完全に姿を変えていた。
暗い銀色の刃。だがよく見ると──刃の中を、影が流れている。水面の反射のように、刃の表面を影が絶えず移動している。生きている剣。旅人の影が、武器として生まれ変わったもの。
そして──武器の柄に、小さな文字が浮かんでいた。
『よい旅を』
レヴナントの想いが、この武器に刻まれていた。最初から、鍛造された時から。
「トワ。その武器は──異質だ。俺の【影潜り】と同じ気配がする。いや──もっと深い。影そのものが剣になっているような、そんな異質さがあるぞ」
トワは【果ての道標・影銀形態】を構えた。
軽い。白銀の時よりも遥かに軽い。影に重さはない。だが──振ると、空気が裂ける。影の刃が空間を切り裂き、黒い軌跡が残る。残像ではない。影が、斬った跡に一瞬だけ残っている。
「――行くぞ」
トワは、聖騎士に向かって踏み込んだ。
三連斬。影銀の刃が聖騎士の鎧に触れた瞬間──光が弾けた。聖騎士の光の鎧に、黒い亀裂が走る。
56,000──56,000──56,000。
「通った!」タマキが思わず歓声を上げた。「さっきまで全然効かなかったのに──一気に!」
通るどころではない。光属性特効×3.0。さらに防御50%無視。実質的なダメージは、通常の六倍以上。
聖騎士がよろめいた。これまでいかなる攻撃を受けても微動だにしなかったルミナリアの番人が──初めて、後退した。
ゼクスが影から飛び出し、聖騎士の背後を突く。
48,000。
ゼクスの影属性は元から特効だが、セレスの月光で影が強化され、さらにトワの影銀の刃が聖騎士の光の鎧に亀裂を入れたことで、ゼクスの攻撃も通りやすくなっている。
「亀裂が入ったぞ! 光の防御が崩れている!」
二人の影の攻撃が聖騎士を挟み撃つ。トワが正面。ゼクスが背後。
聖騎士が聖剣を振る。光の斬撃──【光断】。
トワは──避けなかった。
影銀の剣で、光の斬撃を受け止めた。
光と影がぶつかり合う。二つの力がせめぎ合い、空間が歪む。白と黒の境界線がトワの剣の上で交錯する。
「──俺の影は、お前の光では消せない」
押し返した。光の斬撃を弾き、聖騎士の体勢を崩す。
ゼクスが背後から跳躍。短剣を聖騎士の首筋に突き立てる。
トワが正面から突進。影銀の剣を槍に変え、光の鎧の亀裂に突き刺す。0秒で弓に変え、至近距離から影の矢を三連射。0秒で剣に戻し、三連斬。
全ての攻撃が亀裂に集中する。光の鎧が──砕け始めた。
セレスの覚醒形態の声が響いた。
「トワ。月光を最大出力にする。──ゼクスの影を、さらに強化するわ」
セレスの角から放たれる銀月の光が倍増した。フィールド全体が月光に満たされ、影が濃く、深くなる。
ゼクスの全身が影に溶け込んだ。
「──これが、ソルシアの暗殺術の本来の姿か。月光の下で使う影の技……ああ、悪くない」
影のゼクスと、影銀のトワ。
聖騎士のHPが一気に削れていく。
400,000。300,000。200,000。
タマキが全員のHPを維持し続ける。聖騎士の反撃は苛烈だが、トワの【見聞録】がパターンを読み、影銀の剣が光の攻撃を弾く。
100,000。
聖騎士が──口を開いた。
「……旅人よ。なぜ──封印を解こうとする」
幻影の声はしゃがれて、男か女かも判別つかなかった。
「ソルシアの記憶は、危険だ。世界の全てを知る者は──世界を壊す者になりうる」
ルミナリアの考えはこうだ。知りすぎることは危険……だから封じる。
冬夜は、影の剣を振りながら答えた。
「知ることは危険じゃない。──知った上でどう歩くかが大事だ。俺は七千時間歩いて、世界の全てを見てきた。それでも俺は、壊していない。歩いた道は、全てそのままだ」
「……そうか」
聖騎士の動きが、鈍くなった。
そして、最後の一撃。
ゼクスが影から飛び出し、聖騎士の光の鎧の最後の欠片を砕いた。
本体が露出する。光の核。ルミナリアの封印の中枢。
トワが跳んだ。影銀の剣を──振り下ろす。
影の軌跡が、一直線に光を貫いた。
光の幻影が──砕け散った。
【封印の守護者・光の聖騎士 討伐】
散っていく光の粒子の中で──聖騎士の声が、最後に聞こえた。
「ふっ……あっはははっ……はは……よい……旅を……か」
聖騎士が倒れた後、楔が露出した。
白い光の柱のように見えるそれに、トワが手を伸ばした。握り、引き抜く。
だが、重くなかなか抜けない。
セレスが【覚醒形態】のまま、トワの横に並んだ。
「トワ──一緒に」
「ああ!」
二人で、楔を引き抜いた。
光の柱が地面から抜けた瞬間、黒い渓谷に、かつての色彩が戻り始めた。壁面の瘴気が消え、岩肌が灰色に戻り、底から清水が湧き出す。
【封印の楔(南)を除去しました:1/5】
【ソルシア南部の侵蝕が大幅に軽減されました】
一本目。残り四本。
トワの手の中で、【果ての道標】が白銀の色に戻った。影銀形態が解除されている。
でも、柄に刻まれた『よい旅を』の文字は、消えていなかった。影の力は、いつでも呼び出せる。
セレスが小さな姿に戻った。
ゼクスが楔が刺さっていた穴を見下ろしていた。
「あと四本か。──楽な旅にはならないだろうな」
「楽な旅なんて、最初から一度もなかったぞ」
「違いないな。──しかし、あの影銀の剣は良いものを見せてもらった。月光の下で影と戦う暗殺者のルーツが、あの武器の中にも眠っていたとはな」
「お前の影潜りと、俺の影の残滓。──同じソルシアの力だ」
「同じ根から出た枝、か」
渓谷を登る。タマキの浄化薬はもう不要だ。楔が抜けた南部は──浄化が始まっている。自然に、地形が回復していく。
道の途中で振り返った。黒かった渓谷が、緑に戻りつつある。
ソルシアが、一歩ずつ──蘇っていく。




