【太陽】
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タマキのソルシアでの活動は、独特だった。
裏世界の復元は進んでいるが、完全ではない。一部のエリアは【病んだ地形】と呼ばれる状態で、地面がひび割れ、植物が枯れ、NPCが体調不良を訴えている。
記憶断片では治らない。記憶は【過去を取り戻す】力であり、【現在を癒す】力ではない。
でも、タマキがとある方法を見つけた。
「トワさん。この地面、わたしの【浄化の調合薬】で治せるかもしれません」
「浄化の調合薬?」
「マーサさんに教わった新しいレシピです。状態異常を治す薬を、フィールドに使うんです」
「なにっ……フィールドに、だと?」
「薬師ギルドのNPCが言ってました。ソルシアの大地は『生きている』って。生きている地面が病んでいるなら──薬で治せるかもしれないって」
ソルシアの大地は生きている。ゲーム的な比喩ではなく、ソルシア王国の大地には精霊の力が宿っている。精霊の力が弱まると、大地が病むのだ。
タマキが調合した【浄化の調合薬】を、ひび割れた地面に振りかけた。
──地面が光った。
ヒビが修復されていく。枯れた草が緑に戻る。空気が清浄になる。NPCが「あれ、楽になった」と驚いている。
【地形回復:「病んだ地形」が「健全な地形」に変化しました】
「治った! わたしの薬で、大地が治りました!」
「これは……驚いたな」
二年間BCOをプレイしてきて、フィールドを回復させる経験は一度もなかった。でもタマキが、見事にそれをやってのけた。旅人が歩いて地図を作るのなら、薬師は歩いて世界を治すのかもしれない。
「タマキ。お前──すごいな」
「えっ、トワさんにすごいって言われた……えへへ。──でもこれ、マーサさんに教わったレシピと、薬師ギルドのNPCの情報を組み合わせただけなんです」
「組み合わせたのはお前だ。俺には思いつかなかった」
「トワ。タマキ、えらいね」
セレスがこそっと耳元で言った。
「ああ。えらい」
「セレスより、えらい?」
「比べるものじゃないだろ……」
「セレスもえらい、っていって」
「……セレスもえらい」
「やった」
セレスの頭を撫でてから、二人は【病んだ地形】の探索を進めた。
◇
タマキの「地形治療」は、裏世界の探索を一変させた。
これまで病んだ地形のエリアは通行困難で避けていた。しかしタマキの薬で治せるとわかれば、病んだエリアも探索対象になる。
タマキは旅人の集いのメンバーに調合法を教え始めた。薬師でなくても、素材さえあれば簡易版の浄化薬は作れるらしい。
「わたし一人じゃ、全部の地形は治せません。でも、みんなで作れば──ソルシア全体を治せます」
ハルが率いる旅人の集いが、浄化薬の素材を集め始めた。探索と地形治療を同時に行う。
これによって、裏世界踏破率が上がり始めた。病んだ地形が治るたびに新しい道が開け、新しい建物が復元され、新しいNPCが現れる。
48%。55%。
だが──踏破率が55%を超えた辺りで、異変が起きた。
◇
それは、軽度の病んだ地形とは明らかに違っていた。
ソルシアの南西部。街から離れた丘陵地帯に、【黒く染まったエリア】があった。
地面がひび割れているのではない。地面が黒い。植物は枯れているんじゃなく、黒い結晶に変わっている。空気に──瘴気が漂っている。
【警告:【重度の侵蝕地形】に接近しています。侵入するとHP持続減少の環境効果が発生します】
「トワさん、これ──ただの病んだ地形じゃないです」タマキが顔を強張らせた。
「ああ。浄化薬だけでは治らなさそうだな」
黒い地形の中に──ぬるりと、動く影が見えた。
【見聞録】が反応した。NPCの反応。だが──敵対状態。赤いネームプレート。
「NPC……なのに、敵!?」
影が姿を現した。ソルシアの旅人の装備を着た人型のNPC。でも──その目は黒く染まり、身体から黒い瘴気が漏れ出している。口から言葉にならない呻き声が漏れている。
【闇に侵蝕された旅人 Lv88 ── 敵対NPC】
「闇に侵蝕された……旅人、だと?」
「トワ。このひと──ソルシアのたびびと。むかしの。──くらい、ちからに、のまれてる」
「暗い力?」
「うん。ソルシアがほろんだとき──くらいちからが、きた。そとから。ソルシアのひとたちを──のみこんだ」
外から来た暗い力。ソルシアの崩壊は、自然崩壊ではなかったのか。
何者かが、意図的にソルシアを闇に堕とした。
闇に侵蝕された旅人が、黒い剣を振り上げて襲いかかってきた。
トワが迎え撃つ。【果ての道標】で黒い剣を弾く。三連斬──しかし、NPCのHPをゼロにはしたくない。
倒すんじゃなく、止める必要がある。
「タマキ! あのNPCを止めた後、浄化薬を使えるか!」
「やってみます! でも──浄化の調合薬だけじゃ足りないかも。もっと強い薬が必要です!」
「セレス、精霊の力を、タマキの薬に乗せられるか!?」
「やってみる。──タマキのくすりに、セレスのちから、のせる!」
三人の連携。トワがNPCの動きを止め、タマキが浄化薬を調合し、セレスが精霊の力を注ぐ。
トワは侵蝕された旅人の攻撃を全て回避しながら、【記憶干渉】を使った。NPCの行動パターンにノイズを入れ──2秒間の硬直を作る。
その隙にタマキが駆け寄り、浄化薬をNPCの胸元に押し当てた。セレスが角から銀色の光を放ち、薬に精霊のエネルギーを注ぎ込む。
NPCの身体から──【黒い瘴気】が抜けていった。
そうして旅人のNPCが、目を開けた。黒かった瞳に、光が戻っている。
「……ここは……。私は──いったい、何を……」
NPCが周囲を見回した。自分の手を見て、困惑している。
「あなた──大丈夫ですか?」タマキが声をかけた。
「あなたは──旅人? いや、薬師か。──私は……私は、ソルシアの──」
NPCの目に、人らしい光が戻り始めた。
「思い出した。──あの日。【光】が来たのだ。白い、眩しい【光】が。ソルシアの空を覆い──全てを飲み込んだんだ」
「光? 闇ではなく……光なのか?」
「光だ。眩しすぎて、何も見えなくなった。──そして気がついた時には、身体が動かなくなっていた。闇に……堕とされたんだ」
セレスは、いつになく真剣な顔で、
「トワ。このひとのいってること──セレスもおぼえてる。あのひ、しろいひかりがきて──ソルシアが、きえた」
白い光。ソルシアが滅んだのが──光?
「あの光は──『聖なる封印』と呼ばれていた」NPCが言った。「遠い国から来た者たちが使った術だ。彼らは言った。『ソルシアの旅人は危険だ。【世界の記憶】を集めすぎた。封じなければならない』と」
「遠い国──名前は」
「──ルミナリアだ」
ルミナリア。それがソルシアを滅ぼした、国の名前。
「待て……だということは、なるほど」
「トワ、どうしたの?」
「あの星砂の廃都で見た石碑は……そういうことだったのか」
かつてトワが星砂の廃都を訪れた時、石碑には「太陽に焼かれて滅びた」とあった。
太陽とは、おそらくゲーム内の何らかの災害だと考察していたが……。
彼らが言っていた太陽とは、ルミナリアの【光】だったのだ。
いったいセレスやノクスたちが何に逃げ、何故この世界を封印したのか。
その全貌が、ようやく露わになりつつある。
「ルミナリア。【光の王国】を名乗る国。彼らの聖なる封印が──ソルシアを裏世界に閉じ込めた。大地を病ませ、住人を闇に堕とし、記憶を消した。──全ては、『光の秩序』のためだと」
冬夜の中で、全てが繋がりつつある。
BCOの表の世界にある【光の神殿】。聖騎士アストレアの「聖」スキル。聖属性──光の力。
それらのルーツが──ソルシアを滅ぼした国、ルミナリアにあるのだとしたら。
「ルミナリアは──今も存在しているのか」
「知らぬ。──だが、封印が今も続いているということは、術者はまだ生きているか、あるいは──」
「じゅつが、じどーでうごいてる」セレスが口を挟んだ。「ソルシアのやんだちけいは──いまも、ルミナリアのふういんが、つづいてるから」
病んだ地形の正体。原因は──ルミナリアの封印術。
それが今も裏世界に残り、大地を蝕み続けている。薬師のポーションでその侵蝕を払えるのは、マーサがソルシアの出身だからか、それとももっと特別な何かが隠されているのか。
「タマキの薬は症状を抑えているが……根本治療にはなっていない、ということか」
「でも──症状を抑えれば、NPCは正気に戻れます。少なくとも、この人みたいに」タマキが侵蝕から解放されたNPCを支えながら言った。
「ああ、治療を続ける意味はある。──だが、根本的な解決には、ルミナリアの封印を解く必要がある」
ノクスが一人で裏世界を「閉じていた」理由が、やっとわかった。ノクスは封印に抵抗していたのだ。ルミナリアの封印が裏世界を蝕むのを、一人で食い止めていた。
ノクスが言った「この世界を外に開けば、表の世界が不安定になる」の真意も見えた。裏世界を開放すれば、ルミナリアの封印が表の世界にも影響を及ぼす可能性がある。
──だが、もう開けてしまった。後戻りはできない。
「セレス」
「うん」
「ルミナリアについて、何か知っているか」
「すこしだけ。──ルミナリアは、ひかりのくに。ソルシアとは──むかし、ともだちだった。でも、ある日──ルミナリアが、かわった。『せかいのきおくを、あつめすぎるな』って。それが、はじまり」
世界の記憶を集めすぎるな。──旅人が知りすぎることを、ルミナリアは恐れた。
「ルミナリアの王は──聖王カレンっていう」
聖王カレン。
「カレンは、『ひかりのちつじょ』をまもるって、いってた。でも──セレスからみると、それは──」
「記憶の消去だ。都合の悪い歴史を封じて、自分たちの秩序を守る」
「うん。──トワ。ルミナリア、こわい?」
「怖くはない。──だが、慎重にいく必要がある。表の世界に存在する国が相手だ。ゲーム全体に関わる話になる」
裏世界ソルシアの病んだ地形。その根源がルミナリアの封印にある。封印を解くには──ルミナリアと対峙しなければならない。
新しい旅の輪郭が──見え始めた。
◇
侵蝕から解放されたNPCは、回復した後にトワたちに情報を提供してくれた。
「ルミナリアの封印は、ソルシア各地に『封印の楔』として打ち込まれている。楔を全て抜けば、封印は解ける。──しかし、楔は重度の侵蝕地形の最深部にある。近づくだけでも危険だ」
「楔は何本ある」
「五本。ソルシアの東西南北と──中央に一本。中央の楔が最も強い」
五本の封印の楔を抜く。それが──裏世界を完全に解放する条件。
「トワさん。わたし──もっと強い浄化薬を作れるように、修行します。重度の侵蝕地形に入れるくらいの」タマキが拳を握った。
「頼む。──お前の薬がなければ、楔には近づけない」
「はい。これが、わたしの旅ですから」
裏世界踏破率は62%。残りの中に──五本の封印の楔がある。
そしてその先に、【聖王国ルミナリア】が待っている。
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