【広がる地図】
裏世界ソルシアの探索を続けて二週間。踏破率は32%になった。
表の世界の踏破率100%に要した二年間と比べると、驚くべきペースだ。理由は三つある。
一つ。セレスの【星渡り】が裏世界でも使えるようになった。ソルシアはセレスの故郷なので、セレスの力がよく馴染む。
二つ。仲間が手分けして探索している。トワだけでなく、ハル、ゼクス、レナたちがそれぞれ別エリアを探索し、情報を共有している。
三つ。過去のソルシアのNPCから地図情報を得られる。時間遡行で過去に行き、当時の地図を入手すれば、現在の裏世界のどこに何があるかの手がかりになる。
だが──全てが順調だったわけではない。
裏世界にはまだ不安定な領域がある。記憶断片を全て集めたはずだが、一部のエリアは復元が不完全で、地形が崩壊と再生を繰り返している。
そのエリアの一つに──巨大な図書館があった。
【ソルシア大図書館──復元率:64%】
不完全な復元。建物の半分が崩壊し、書架は軋んで、床が剥がれている。しかし、中にはまだ膨大な書物が残っている。
「トワ。ここ、むかし、セレスもきた。ほん、いっぱいあった」
「何の本だ?」
「たびのほん。たびびとが、たびのきろくを、のこした。ぜんぶ、ここに」
旅の記録。ソルシア王国の全旅人が書いた旅日記が、ここに保管されている。
冬夜は書架に近づいた。一冊手に取る。──読めない。古代語で書かれている。
【見聞録】が翻訳した。
【「北の氷原を歩いた。三日目に温泉を見つけた。温泉の中にヌシガメがいた。友好度を上げたら乗せてくれた」】
──昔の旅人も、同じことをしていたのか。温泉のヌシガメに乗った旅人。
もう一冊。
【「砂漠の遺跡で不思議なレンズを見つけた。過去が見える。これは使えそうだ」】
【砂時計のレンズ】と同じものだ。ソルシアの旅人も見つけていた。
さらにもう一冊。
【「料理人のマーサに新しいレシピを教わった。スープで霧が晴れるらしい」】
マーサ。──あの霧底の森のマーサは、ソルシアの料理人だったのか。
BCOの表の世界に散らばっている隠しNPC──グラン、マーサ、その他──は全員、ソルシア王国の生き残りだったのかもしれない。滅びた王国から表の世界に『逃げた』存在。セレスと同じように。
「セレス。グランやマーサは、ソルシアの人間か?」
「うん。セレスとおなじ、にげたひとたち。──せかいのあちこちに、ちらばった」
表世界の隠しNPCの謎が、全て繋がった。
始まりの町のグランも、霧底の森のマーサも、旅人にしか見えないNPCも──全員がソルシアの遺産だった。冬夜が二年間かけて築いてきた友好度の全てが、ソルシアとの繋がりだった。
ただ、一つだけ……気に掛かるものがある。始まりの町の白い神殿。あれだけは、ソルシアの温かみとは違う。冷たい白。どちらかと言えば──封印の光に似た白さだ。あの神殿だけは、ソルシアの遺産ではないのかもしれないが……。
「今は気にしなくてもいいだろう。それにしてもこの旅は、最初からソルシアに繋がっていたんだな」
「うん。セレスも、さいしょから、トワをまってた。ソルシアの──さいごのねがいとして」
冬夜は図書館の窓から、復元されたソルシアの街並みを見た。旅人たちが歩いている。NPCの旅人。過去の幻影じゃない、確かに生きていたNPCたちだ。
そして、プレイヤーの旅人たちもそうだ。【裏世界】の入口が解放されて以来、旅人の集いのメンバーが続々と裏世界に来ている。ソルシアの街を歩いて、NPCに話しかけて、図書館の本を読んでいる。
賑やかだ。ノクスが一人で守っていた世界が、旅人で溢れている。
壁画のノクスが、笑っている気がした。
「トワ。セレス、おもう」
「なんだ?」
「たび、おわらないね」
「ああ。終わらないよ、まだまだな」
「よかった」
裏世界踏破率、32%。まだ七割近くが未踏。表の世界と合わせれば、BCOの総面積の約半分がまだ灰色のままだ。
歩く場所は──まだまだある。




