現実の旅路
火曜日。大学。
冬夜は講義の後、ゼミ室で学期末レポートのテーマ相談をしていた。比較文化論のゼミ発表が来月に控えている。
「久坂くん。テーマはもう決まった?」
指導教授──四十代の物腰柔らかい男性、八坂が聞いた。
「……考えています」
「比較文化論のゼミだから、異文化比較が基本だけど。何か興味のある分野は?」
「──仮想空間内のコミュニティ形成と、現実社会のコミュニティの比較」
ハッと、教授が驚きの表情を浮かべた。
「まさか……VRゲームの?」
「はい。VRMMOの中で自然発生するコミュニティと、現実社会の地域コミュニティの構造比較をしたいと思っています」
「面白いな。実体験があるのかい?」
「……あります。二年間、VRMMOをプレイしています」
「二年間! それは貴重なフィールドワークだ。──いいテーマだと思うよ。進めてくれ」
ゼミ室を出て、食堂に向かった。宮瀬がいつもの席で待っている。
「ゼミ発表のテーマ、決まった?」
「BCOの中のコミュニティと現実のコミュニティの比較」
「すごい! 久坂くんの実体験が、全部使えるじゃん」
「ああ。旅人の集い、ギルド対抗戦、オフ会──全てが題材になれると思う」
「わたしもBCOやってるから、インタビュー対象にしてくれてもいいよ?」
「考えておく」
「また考えておくだ。──でも、今回は期待してるよ」
二人きりの昼食。少し時間が遅いからか、辺りに人はいない。
静かな時間で、お互いの箸の音、呼吸の音、食器の音が響く。
そうして間を置いてから、宮瀬が口を開いた。
「ねえ、久坂くん。最近、変わったよね」
「何がだ?」
「前より、表情が豊かになった。笑うし、怒るし、困るし。前は『ああ』と『そうか』しか言わなかったって……これは、前にも言ったっけ?」
「言葉は増えた自覚がある」
「それも、セレスちゃんのおかげ?」
「セレスだけじゃない。レナ、カイン、ゼクス、ハル──全員のおかげだ」
冬夜は箸を止めた。
「もちろん──宮瀬のおかげでもある」
「……わたしの?」
「鏡像の話をしてくれなければ、レヴナントに勝てなかった。BCOの画面を見たいと言ってくれなければ、誰にも見せなかっただろう。薬師を選んでくれなければ──裏世界で回復が足りなかった」
「そんな、わたしは全然──」
「宮瀬は、俺の旅の一部だ。……ゲームの外でも、そうなのかもしれない」
宮瀬の口は、少しの間開いたままだった。
嬉しいのか、驚いているのか、上手く返す言葉が思い浮かばないのか、それともその全部か。
「ねえ、久坂くん……」
「なんだ?」
「ううん、なんでもない」
食堂で二人がぎこちなく笑った。通りがかった学生が「あの二人、付き合ってるの?」とひそひそ話している。冬夜は気づかなかった。宮瀬は気づいていたが、否定しようとはしなかった。




