【書き換える力】
過去のソルシアで一日を過ごし、現在に戻った。『精霊の祝福』は持ち帰れるようだ。ただし時間制限があり、過去で受けた祝福は現在では一時間で消える。再度受けるには、過去に戻る必要がある。
でもそれ以上に、重要な発見があった。
時計塔に戻った時、塔の最上階に──一冊の本が置かれていた。
【ノクスの技法書を入手しました】
アイテム名:【ノクスの技法書】
種別:旅人専用消耗品(使い切り)。
公式説明文:忘れられた旅人が遺した、最後の技。
効果:使用すると、旅人スキル【見聞録】に新たな能力が追加される。
追加能力:「記憶干渉」──対象の行動パターンに一時的にノイズを挿入し、次の行動を誤作動させる。使用回数制限:1戦闘につき3回
【記憶干渉】
【見聞録】が『読む』能力なら──記憶干渉は『書き換える』能力。
敵の攻撃パターンに「ノイズ」を入れることで、次の行動を狂わせる。たとえば、「右からの斬撃」のパターンに干渉して「右を向いたまま硬直」させることができる。
1戦闘3回の制限がある。切り札としての使用。
冬夜は技法書を使った。
「セレス、新しい力を手に入れた」
「どんなの?」
「敵の動きを、狂わせる」
「こわい」
「怖いか?」
「トワがつかうなら、こわくない。でも、てきにつかわれたら、こわい」
「俺にしか使えない。旅人専用だ」
「じゃあ、だいじょうぶ。あ、でも──一応、ためしてみる?」
◇
試す場所はすぐに見つかった。
裏世界ソルシアの山岳エリアに、強力なフィールドボスがいるという情報を過去のNPCから聞いていた。
【凍結の古竜グラキエス Lv97 ── 裏世界フィールドボス】
Lv97。HP──650,000。表の世界の最強フィールドボスに匹敵する。
今回は少人数で挑む。
トワ、ゼクス、レナ、カイン、タマキの五人。ハルは別の場所で独自の探索をしている。
氷の山頂。吹雪の中に、巨大な氷の龍が鎮座していた。ルナティスの白銀とは異なる、青白い透明な身体。体内に青白い魂があるのが見える。
「でかい……」レナが呟いた。
「ルナティスよりでかいな」カインが目測する。
「わたし、回復頑張ります……!」タマキが拳を握っている。薬師Lv12。一週間で7レベル上がった。成長が早い。
トワは過去のソルシアで火の精霊の祝福を受けてきた。【果ての道標】が炎を纏っている。氷属性のボスに、火属性の武器。相性は抜群。
「行くぞ」
グラキエスがぎょろりと目を開いた。氷の咆哮。山頂が振動し、吹雪が激しくなる。
【グラキエスの咆哮:フィールド全体に氷属性ダメージ+移動速度50%低下】
全体攻撃──すかさずトワが火の祝福で炎の領域を作り、咆哮のダメージと効果を低減させている。
「トワさんの周り、暖かい! 火の祝福で!」
「タマキも、俺の近くにいろ。火の祝福の範囲内なら、氷ダメージが通らない」
五人がトワの周囲に集まった。この領域の中で戦う。
我慢ならず、グラキエスが突進してきた。振り翳すのは氷の爪。
【見聞録】が読む。右前脚の振り下ろし。1.3秒後。
回避。セレスの三倍速で横に跳ぶ。ゼクスが背後から短剣を突き立てる。
──通らない。氷の装甲が硬すぎる。
「硬い! 火の武器でも!?」
火属性が装甲を溶かしているが、追いつかない。グラキエスの氷の再生速度の方が速い。
しかし──ここで。
「記憶干渉!」
トワの【見聞録】が、グラキエスの行動パターンにノイズを入れた。
グラキエスの動きが止まる。
正確には『止まった』のではない。次の行動を『間違えた』。右前脚を振り下ろすはずが──右前脚を上げたまま硬直した。思うように身体が届いていない。
2秒間の硬直。
「今だ!」
ゼクスが駆け込んだ。硬直したグラキエスの装甲の隙間──右前脚の付け根に短剣を叩き込む。
42,000──クリティカル。
レナが続く。装甲が開いた部分に剣を突き刺す。
28,000。
カインが毒を塗った短剣で急所を突く。
35,000。
トワが【果ての道標】を炎の槍に変え、突進。溶けた装甲の奥──本体に直撃。
58,000──超クリティカル。火属性ボーナス込み。
タマキが全員のHPを回復。吹雪のダメージを相殺する。
「すごい! 一回の硬直で十六万以上削れました!」タマキが報告する。薬師は回復だけでなく、バトルログの管理もしていた。
記憶干渉は1戦闘3回。残り2回。
「トワ。あの硬直、なにしたんだ?」ゼクスが聞いた。
「敵の次の行動に干渉した。パターンを狂わせて、硬直を作った」
「見聞録が読む能力だとすると──それは『書き換える』能力か」
「そうだ。……あのノクスが遺した技だ」
「……あいつの技なら、使ってやらないとな」
「ああ、あいつも俺たちの【旅】に連れて行く」
戦闘が続いた。記憶干渉の二回目、三回目を使いながら、五人でグラキエスのHPを削っていく。
残りHP200,000。記憶干渉は使い切った。ここからは通常の戦闘。
しかし、悪い報せがあった。──火の祝福の制限時間が迫っている。残り五分で祝福が消える。消えれば氷の装甲を溶かせなくなる。
「祝福が切れる前に決着をつけないと、まずいぞ!」
カインが時間を確認した。
「切れてもいい。火がなくても──別の方法がある」
「別の方法?」
トワはアイテムストレージを開いた。
──【マーサの霧底スープ】。
「スープ? ここでスープ?」レナが目を丸くした。
スープを──グラキエスの装甲に直接かけた。熱いスープが氷に触れて蒸発する。蒸気が上がる。
だが、スープの目的は温度ではない。スープには『環境効果を無効化する』効果がある。霧底の森の霧を消す効果を、ここで『氷の装甲の再生環境を無効化』するために使った。
氷の再生が止まった。グラキエスの装甲は、この吹雪の中でなければ再生しないのだ。
五分間だけ──装甲が回復しない。
「スープで装甲再生を止めた!?」
「料理でボスの再生を封じるの、トワさんの十八番だ!」
「ちがうよ。これ、スープじゃなくて、せんじゅつ」セレスが訂正した。
「戦術でも、スープでも同じだよ!」レナが笑った。
五人が一斉に叩き込む。装甲なし、再生なし、記憶干渉なし。純粋な火力勝負。
五分間の全力攻撃。
グラキエスのHPが──ゼロになった。
【裏世界フィールドボス「凍結の古竜グラキエス」討伐】
【初討伐ボーナス:称号「氷を溶かす旅人」を獲得しました】
激戦が終わり、みんなが地面に座り込む中、タマキが嬉しそうに駆けつけてきた。
「トワさん、わたし今日一度も倒れませんでした! みんなのHP、ずっと維持できました!」
「よくやった。お前の回復がなければ、吹雪のダメージで全滅していた」
「えへへ……。薬師、楽しいです。みんなを守れるのが」
セレスがタマキに向かって小さく手を振った。
「タマキ、がんばった。ごーかく」
「え、合格? さっき、干し肉で合格もらいましたけど……」
「これは、べつのごーかく。なかまとしての、ごーかく」
「セレスちゃん……ありがとう」
「なかないで。おやつ、あげる?」
「いらないよ……ありがとうだけで、十分だよ……」
冬夜は五人を見回した。全員が汗と雪にまみれ、疲れ切っている。が、全員が笑顔だ。
裏世界の山頂で、吹雪が晴れて、この景色の中で。
「帰るか。始まりの町で、飯を食おう」
「賛成!」
「肉が食いたい」
「わたしはスープがいいです」
「セレスは、おにく!」
五人と一人の妖精が、山を降り始めた。




