【蘇った王国】
復元されたソルシアは、美しかった。
白い石造りの都市、噴水のある広場、色とりどりの花が咲く庭園。空は青く、太陽が暖かい。
表のBCOとは全く異なりつつも、同じくらい美しい世界。
地形変化が止まっていた。裏世界が安定したのだ。通常のエリアと同じように地図を塗れる。踏破率システムが──裏世界にも適用され始めた。
【裏世界「ソルシア王国」が正式にBCOのエリアとして登録されました】
【裏世界踏破率:0.0%】
ゼロからのスタート。新しい世界の、新しい地図。
「トワ。きれい。ソルシア、もとにもどった」
セレスが嬉しそうに、でもまだ少し泣いた跡が残っている目で、街を見回していた。
「ここ。セレスのおうち。むかしの」
「おかえり、セレス」
「……うん。ただいま」
セレスが角をぽわっと光らせた。穏やかな光だった。
◇
蘇ったソルシアの広場で、五人が座り込んでいた。戦闘はなかったが、精神的に疲れた。
タマキがトワのHPを何度もヒールしていた。もう全回復しているが、心配で止められないらしい。
「タマキ。もう回復は足りている」
「あ、ごめんなさい。つい……だって、トワさん落ちた時、すごく心配で……」
「助かった。お前が来なければ、HPが足りなかった」
「えへへ……。わたし、役に立てましたか?」
「立てた。──薬師を選んでくれてありがとう」
タマキの顔が桜色になった。ゲーム内のアバターでも、耳まで赤い。
セレスがトワの膝の上から、じとーっとタマキを見ていた。
「トワ。タマキに、やさしすぎ。ハルよりやさしい。セレスよりやさしい」
「そんなことは──」
「ある。セレスのめ、ごまかせない」
「セレスちゃん、わたしはそんな──」タマキがあわあわとしている。
「タマキ。おやつ」
「え、また?」
「さっきのパンは、ほりゅう。きょう、ちゃんとしたおやつ、くれたら、ごうかく」
「今、おやつ持ってないよ……」
ハルがアイテムストレージから干し肉を取り出して、タマキに渡した。
「これ使ってください。セレスちゃんの審査、早く通った方がいいですよ。保留のまま放置すると、不利になっちゃいます!」
「不利って何!? なんの審査なの!?」
「トワさんの周りの女性全員が受ける審査です。わたしはリンゴで通りました。ゼクスさんはポーションで通りました」
「ゼクスさんも受けたんですか……? 男性なのに……?」
ゼクスが無言で目を逸らした。
タマキが干し肉をセレスに差し出した。セレスがじっと見て、匂いを嗅いで、一口齧った。
「……おいしい」
「合格?」
「ごーかく。タマキ、なかま。──でも、トワはセレスの」
「はい。トワさんはセレスちゃんのです」
「よし。わかってる。タマキ、いいこ」
ハルが横で笑い転げていた。
「セレスちゃんの審査に合格したの、タマキさんが一番早いですよ。コツは『トワさんはセレスちゃんのもの』に同意することです」
「攻略法があったんだ……」
ゼクスが遠い目をしていた。自分は攻略法を知らないまま通過したらしい。
◇
蘇ったソルシアの探索を始めた。五人で街を歩く。
建物の中には、NPCがいた。ソルシアの住人たち。記憶が復元されたことで、かつての住人がNPCとして蘇ったのだ。
「おや、旅人さんかい? この街に来るのは久しぶりだねえ」
パン屋のNPC。マーサと同じタイプの隠しNPCだろう。裏世界でしか会えないNPC。
ハルが近づいてきた。
「師匠。──わたし、このNPCと友好度を上げてみてもいいですか」
「好きにしろ。だが、俺のやり方を真似する必要はない」
「え?」
「お前はお前のやり方で歩け。俺と同じ道を歩く必要はない。──半年前にそう言ったはずだ」
ハルが、少し考えた。
「……はい。わたし、自分の道を歩いてみます。師匠の隣じゃなくて──少し離れた場所から」
「いい判断だ」
「でも、たまに横に戻ってきてもいいですか?」
「ああ、いつでも待っている」
ハルが笑って──別の道に歩いていった。パン屋ではなく、図書館の方へ。ハルなりの直感で、気になる場所に向かったのだろう。
師匠離れの始まり。冬夜は少しだけ寂しいような、誇らしいような、不思議な気持ちだった。
タマキが隣に来た。
「ハルちゃん、一人で行っちゃいましたね」
「ああ、あいつは大丈夫だ。──もう、一人で歩ける」
「トワさん、お父さんみたいなこと言いますね」
「父親じゃないぞ」
「でも、横顔がお父さんです」
「ぶはっ!」
ゼクスが噴き出した。冬夜は初めてゼクスが吹き出すのを見た。
「……笑うな」
「いや、すまない。──でも、確かに今のお前は、完全に父親の顔だったぞ」
セレスがトワの肩で、うんうんと頷いていた。
「トワ、おとうさんがお」
「違う」
「おとうさん」
「違う」
「おとうさん!」
「──お前たちは、人をからかって楽しいか」
「「「楽しい」」」
三人の声が揃った。冬夜はため息をついた。
蘇ったソルシアの街を歩く。NPCが挨拶してくれる。花が咲いている。空が青い。
壁画にはノクスの姿がある。旅人の姿で、笑っている。
──よい旅を。
その言葉が──この世界全体に、染み渡っている気がした。




