【迷子】
裏世界の探索を始めて五日目。
記憶断片は十二個集まった。地形変化のサイクルは二十分まで延びている。裏世界のあちこちで、色彩が戻り始めていた。
その日は十人パーティのうち五人──トワ、セレス、タマキ、ハル、ゼクスでより深いところを探索していた。レナたちは表の世界で、ギルドの仕事がある。
宮殿の回廊を進んでいた時──地形変化が起きた。
でも、いつもと違う。通常の地形変化は予測可能だった。【星図】があれば次のパターンが読める。だが今回は、星図の予測と全く違う変化が起きた。
宮殿の床が──割れた。
回廊の真ん中で、足元が崩壊した。トワだけが狙い澄まされていたかのように落下していく。
肩に乗っていたセレスも、トワと一緒に。
「師匠!!」ハルの声が上から聞こえる。
「トワ!」ゼクスが手を伸ばすが届かない。
「トワさん!!」タマキの悲鳴。
そして、落ちていった。
暗闇の中を落下し──水面に叩きつけられた。
◇
目が覚めると、暗い場所にいた。
地下水路のような空間だ。天井が低い、水が膝まで浸かっている。
HP──残り180。落下ダメージで半分削られた。
セレスは──いた。トワの胸元にしがみついている。翼がびしょ濡れで、ぶるぶる震えている。
「トワ……みず……つめたい……」
「すまない、大丈夫か」
「だいじょうぶ。でも、つめたい。みず、きらい」
セレスを胸ポケットの位置に移動させた。
周囲を確認した。【見聞録】を起動──
──反応がない。
【警告:裏世界の深層では、一部のスキルが不安定になります】
見聞録が使えない。温度センサーも、魔力感知も。
裏世界の深層はスキルが不安定になるエリアらしい。
つまり──目と耳と勘だけで動くしかない。最終試練の時と同じ状況だ。
でも最終試練とは違う点がある。──セレスがいる。そしてどこかに仲間がいる。ただし、はぐれた。
チャットを開いた。──繋がらない。チャットなどの機能も不安定になっているのか。
「セレス。【月光の目】は使えるか」
「やってみる。──……だめ。ここ、セレスのちからも、うまくうごかない」
【月光の目】も使えない。
完全に孤立した。
冬夜は水路を歩き始めた。方向はわからない。ただ、水の流れに沿って下流に行けば、どこかに出るはずだ。
「トワ。こわい?」
「怖くはない。暗い場所は慣れている」
「セレスは、ちょっとこわい。でも、トワがいるから、だいじょうぶ」
「ああ。大丈夫だ」
水路を歩く。暗闇の中、足元の水の音だけが響く。たまに壁にぶつかりながら、手探りで進む。
──こんな旅も、久しぶりだ。
BCOを始めたばかりの頃は、何もわからなかった。地図もなく、スキルも弱く、方角もわからない中をただ歩いた。あの頃と同じだ。
三十分歩いた。
水路が広い空間に出た。暗いが──遠くに微かな光が見える。
光に向かって歩いた。
光源は──壁に埋め込まれた記憶断片だった。
【ソルシアの記憶断片(特殊)を入手しました】
触れた瞬間、映像が流れた。
──ソルシア王国の地下水路。かつて旅人たちが使っていた秘密の通路。地上が崩壊した後も、この水路だけが残った。水路は──王国の中心、ノクスのいる場所に繋がっている。
「トワ。みえた。ここ、ノクスのとこに、つながってる」
「……偶然か。それとも──」
落ちたのは偶然だが、落ちた先がノクスへの最短ルートだった。
運がいいのか、悪いのか。
「行くか」
「いく? ふたりで? みんな、いないのに?」
「仲間と合流してからの方が安全だ。だが──この水路がいつまでもあるとは限らない。裏世界の地形は直ぐに変わってしまう」
「じゃあ──いま、いく」
「ああ、行こう」
二人で水路の奥へ進んだ。
◇
一方、地上。
ハル、ゼクス、タマキの三人が──崩壊した回廊の縁に立っていた。
「師匠! 返事してください!」
ハルが穴に向かって叫んでいる。返事はない。
「チャットも繋がらない。深層に落ちたようだな」
ゼクスがチャット欄を睨んでいる。
「ど、どうしよう……トワさんが……」
タマキはあわあわと動揺している。
そんな時、ハルが立ち上がった。
「わたしが行きます」
「行く? どこに」と、ゼクスが聞いた。
「下に。師匠を探しに」
「この穴は深いぞ。お前のレベルでは──」
「大丈夫です。わたし、温度センサーが使えます。暗い場所でも、師匠を見つけられます」
ゼクスが、ハルを見つめた。
「……お前、度胸があるな。だが……ふむ。そうだな、俺も行こう」
「ゼクスさん……」
「トワが落ちた場所に、あいつを放っておけるわけがない。──だが」
ゼクスがタマキを見た。
「お前はどうする。ここで待つか、一緒に来るか」
タマキが──唇を噛んだ。怖い。暗い穴の底に飛び込むのは怖い。BCOを始めて十日目。レベルは5。戦闘力は皆無。
それでも、
「行きます。トワさんの回復は、わたしにしかできないので」
薬師の回復。Lv5の基本ヒール。大した性能ではないが、この三人の中で、回復ができるのはタマキだけだ。
「よく言った。行くぞ」
ゼクスの合図で、三人は穴に飛び込んだ。




