タマキの冒険
宮瀬がBCOを始めて一週間。
冬夜は毎晩、タマキのレベル上げに付き合っていた。正確にはレベル上げではなく「チュートリアルの手伝い」だ。薬師は回復職なので一人では戦闘が厳しい。誰かが前衛をやる必要がある。
その前衛がトワだった。
始まりの町の近くの草原。初心者エリア。Lv3のスライム。
「久坂く──じゃなくて、トワさん! スライムが来ました!」
「見えている。落ち着いて回復を準備しろ。俺が前で受ける」
Lv3のスライムがトワに体当たりした。ダメージ──0。Lv3のスライムの攻撃なんて、蚊が刺すほども痛くない。
三連斬。スライムが消滅した。
「わぁ……一撃……」
「このレベルの敵だからな。さあ、お前は回復の練習をしてみろ」
「うん、分かった! えっと、それじゃあ──【ヒール】!」
タマキの手から緑色の光が出て、トワのHPが回復した。──もともと減っていなかったが。
「できた! 回復できたよ!」
「よくできた」
「えへへ。トワさんに褒められると嬉しい。──あ、でもHP減ってなかったですよね?」
「気にするな、できたことが一番重要だ」
セレスがトワの肩からタマキを見下ろしていた。あからさまに目が細い。
「トワ。そのひとに、やさしすぎ」
「教えているだけだぞ」
「ハルにおしえるときより、やさしい」
「そんなことはないと思うが……」
「ある。セレスのめ、ごまかせない」
タマキが申し訳なさそうな顔で手を振った。
「セレスちゃん、ごめんね。わたし、トワさんを取ったりしないから」
「とらないで」
「取らないよ。約束」
「やくそく? ──おやつは?」
「おやつ?」
「やくそくには、おやつ」
タマキが初期装備のアイテム──チュートリアルのパンを取り出して渡した。セレスが一口齧って、じっとタマキを見つめた。
「……まずくはない」
「合格?」
「ごーかく、じゃない。ほりゅー」
「保留!? パン一つで保留!?」
冬夜は笑っていた。セレスの審査は相変わらず厳しい。ハルはリンゴ一つで合格だったが、宮瀬──タマキは「現実側の女」ということでハードルが上がっているらしい。
◇
探索を続けた。初心者エリアの草原から、森に入る。Lv5の狼。Lv8のゴブリン。
タマキは回復職としてトワの後ろに立ち、ひたすら【ヒール】を唱え続けた。トワは一撃で倒すのでヒールは不要なのだが、練習として唱えさせ続けた。
「トワさん、全部一撃なので回復する暇がないです……」
「HPを微量だけ残す敵がいれば練習になるんだが、この辺りの敵じゃ──」
「あ! トワさん、わざとゆっくり戦えませんか?」
わざとゆっくり戦う。一撃で倒さず、被弾もしつつ、タマキに回復の機会を与える。
──なるほど。それは確かに練習になる。
Lv10のオーク。トワは剣を構えたが──三連斬を使わず、通常の一振りだけで攻撃した。最小限のダメージ。オークが反撃。トワのHPが3だけ減った。
「減った! 今だ、【ヒール】!」
緑色の光。HP3が回復した。
「やった! ちゃんと回復できました!」
「いいぞ、そのまま続けてみろ」
トワは、わざと弱く戦った。一撃で倒せる相手に、何度も何度も攻撃を許し、タマキに回復させる。
一方で、セレスが呆れた顔をしていた。
「トワ、よわくなった?」
「わざと弱くしている。タマキの練習のためだ」
「ふーん。──セレスのためには、そんなこと、しなかったのに」
「お前は弟子ではない。相棒だ」
セレスの角がぴょこっと立った。
「あいぼう? セレス、あいぼー?」
「ああ」
「……やった。あいぼー、でしよりいい」
セレスが上機嫌になると、タマキが横で「よかったねセレスちゃん」と微笑む。
その夜、タマキの薬師レベルが5になった。基本的な回復と状態異常治癒が使えるようになった。
「トワさん。わたし、もっと練習して、いつかトワさんの役に立てるようになりたいです」
「ゆっくりでいい。旅は、急ぐものじゃないからな」
「うん。──トワさんらしい答えだね」
始まりの町の夜。噴水広場のベンチに並んで座っている。トワとタマキとセレス。
セレスがトワの膝の上で丸くなっている。タマキがセレスの銀色の髪をそっと撫でた。セレスは……嫌がらなかった。寝ているふりをしているだけかもしれないが。
「ね、トワさん。この世界って、本当に綺麗だね」
「ああ」
「わたし、始めてよかった。──トワさんの世界を、自分の足で歩けるの、嬉しい」
「俺の世界じゃない。お前の世界でもある。今は」
タマキの頬が少しだけ赤くなった。ゲーム内のアバターでも、照れると頬に色がつく仕様だ。
「……うん。わたしの世界でもある。でも、トワさんの世界でもあるんだよね」
「まあ、そうだな」
「二人でこの世界にいるの……こういうの、何て言うんだっけ?」
「さあ……特に思い当たる言葉はないな」
「嘘だぁ!」
「ほんとだ」
「ふふっ……そういうことにしておいてあげるね」
タマキが肩にもたれかかると、トワは文句ひとつ言わず肩を貸した。
……セレスから、突き刺すような視線を感じたのは、また別の話だ。




