「オフ会」
水曜日。大学の帰り道。
スマホにミコトからメッセージが来ていた。
ミコト:「トワさん。一つ相談があるんですけど」
トワ:「なんだ」
ミコト:「旅人の集いのメンバーから、リアルのオフ会をやりたいって声が出てます。最終レイドボスのお祝いも兼ねて。──トワさんも、来てくれませんか?」
冬夜は立ち止まった。
オフ会。ゲームの仲間と、現実で会う。
トワ:「考えておく」
ミコト:「考えておくじゃなくて──」
トワ:「行く。考えた結果、行く」
ミコト:「早い!! 嬉しいです!!」
即答した自分に驚いた。一年前なら、絶対に断っていただろう。
直ぐに蓮に電話した。
「オフ会に行く」
『は? お前が? リアルの?』
「ゲームの仲間と、来週の土曜日」
『……お前、本当に変わったな。一年前は食堂で一人でうどん食ってた男が、オフ会に行くとか』
「お前も来ないか、俺の幼馴染として」
『行くよ。お前のゲーム仲間がどんなやつらか見てみたい。──あ、宮瀬さんも誘うのか?』
「誘う。宮瀬はもうBCOを始めた」
『マジかよ! 宮瀬さんが、BCO!? いつの間に!?』
「三日前。薬師を選んだ」
『薬師……回復職? お前のHP低いの知ってるからか。──健気だな。お前にはもったいない』
「余計なお世話だ」
◇
土曜日。都内のカフェダイニング。貸し切り。
ミコトが幹事を務め、旅人の集いの有志二十人、〈深紅の牙〉からレナ・カイン・リゼ・マルク・バルト、そしてゼクスが参加、総勢二十七人。
加えて冬夜の付き添いとして、蓮と宮瀬。
冬夜は会場に入る前に、入口で三十秒間立ち止まった。
「どうした」
蓮が聞いた。
「……大人数が苦手だ」
「ゲームでは三万人の前に立ってたくせに」
「あれはゲームだ、現実とは違うだろ」
宮瀬が冬夜の袖をちょいちょいと引いた。
「大丈夫。わたしがいるから」
「……ああ、そうだな」
入った。
会場にはすでに人が集まっていた。冬夜を見て、一瞬静かになった。
そして、
「トワさん!?」
「トワだ!!」
「本物!? リアルトワ!?」
「思ったより普通の大学生だ!」
「思ったより普通って、失礼だろ!」
「いやちが……これは、尊敬を込めてだな!」
騒がしい。ゲームの中と変わらない。
最初に近づいてきたのは、小柄な女の子だった。ショートカットに丸眼鏡。高校生くらいに見える。
「は、初めまして! み、みみみみみっ……ミコト、です!」
冬夜は素直に驚いた。
「ミコト──お前、高校生だったのか」
「高校二年です。配信は一年生の頃から始めました。──あの、トワさんって、大学生なんですよね?」
「二年だ」
「わ、近い……あの、普段は──あ、すみません緊張して、全然喋れなくて──」
配信では三百万人の前で喋る女の子が、現実では緊張で声が裏返っているのか。
トワがそう感心している中で、蓮が横から言った。
「ミコトさん、配信の時と全然違うな」
「えっ、あの、あなたは──」
「冬夜の幼馴染の岡野です。ゲームではオーレン」
「オーレンさん!? あのオーレンさん!?」
次に来たのは、長身の女性だった。明るい茶髪のポニーテール。
「トワさん! レナです!」
「レナか。──想像通りだな」
「え、どういう意味ですか?」
「明るそうだと思った。その通りだった」
レナが照れた。「えへへ」と笑う姿は、ゲームの中と同じだった。
カインは──無口な長身の男だった。黒い服に黒い眼鏡。
「カインだ。よろしく」
「ゲームの通りだな」
「ゲームでも現実でも、俺はこうだ」
リゼは眼鏡の大学生で、酒が入っていないのにテンションが高かった。
「トワさん! リアルでもかっこいいですね!」
「普通だと思うが」
「普通がかっこいいんですよ!」
マルクは穏やかな社会人。バルトは──恰幅のいいおじさんだった。
「トワ。お前、思ったより若いな」
「二十歳だ」
「ギルドマスターの俺が三十五だ。もっと年上だと思っていた。お前、話し方が年寄りくさいからな」
「年寄りくさいのか、俺?」
「ああ。だがそれがいい」
そして──ゼクスが来た。
銀髪の、痩せた青年。目の下の隈、殺気立った目つき。
ゲームの中のアバターとほぼ同じ印象だった。
「よ」
「ゼクスか。──現実でも雰囲気が同じなんだな」
「お互いさまだろ」
「それは、どういう意味でだ?」
「お前も、直ぐにトワだと分かった」
「どうしてそう思う?」
「歩き方だ。……まったく、いちいち無駄がない。ミニマリストか、お前?」
「そういうわけじゃないが、最適化した方が効率的だろ」
「やれやれ……呆れた男だ」
ゼクスが冬夜の隣の宮瀬を見た。
「で、そちらは?」
「宮瀬環。俺の──」
何と言えばいいのかわからず、一瞬詰まった。
「大学の友人だ」
蓮が後ろで「友人て」と小声で呟いた。宮瀬は笑顔だったが、少しだけ目が寂しそうだった。
ハルは──来ていなかった。メッセージで「まだリアルで人に会うの緊張するので、次の機会に……」と辞退していた。
席について、料理が運ばれてきた。
ミコトが立ち上がって乾杯の音頭を取った。
「えっと、皆さん。BCOの最終レイドボスクリア、おめでとうございます! そして、トワさんの全エリア踏破100%達成、おめでとうございます! トワさんの旅が、わたしたちの旅でもありました。この栄誉ある機会を讃えて──乾杯!」
『かんぱーい!』
全員がグラスを掲げた。冬夜はウーロン茶。蓮もウーロン茶。宮瀬はジンジャーエール。
料理を食べながら、会話が弾む。ゲームの話、リアルの話、仕事や学校の話。
リゼが案の定、酒が入った途端にダル絡みを始めた。
「トワさーん、リアルでも彼女いないんですかー?」
「リゼ、ゲームでも現実でも同じなのか……」
カインがはあっと呆れている。
「だってー、気になるじゃないですかー」
宮瀬が隣で微妙な顔をしている。蓮が「あーあ」という顔をしている。
冬夜は……答えなかった。代わりに、ウーロン茶を飲んでいた。今夜はやけに茶が進む。
「あ、逃げた」
レナが笑った。
「逃げていない。喉が渇いただけだ」
「嘘だー」
ミコトが手を挙げた。
「あの──リアルのトワさんに、一つだけ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「セレスちゃんがいない今、寂しくないですか?」
それは心の中で、冬夜も思っていたことだった。
「まあ……寂しいな。少しだけ、肩が軽い」
みんな一瞬だけ黙って、それから「あはは」と笑った。
「肩が軽いって」
「セレスちゃんの重さが恋しいのかよ」
「手のひらサイズの妖精の重さってどのくらいだよ」
「でも、わかるよね、それ」
レナが言った。
「わたしも、ゲームの自分とリアルの自分って、ちょっと違う感じがする。ゲームだと剣を振ってるのに、現実じゃペンしか持ってないし」
「俺はゲームでも現実でも短剣だ」
カインが淡々と言った。
「現実で短剣持ってる人は通報されるぞ」
蓮がツッコんだ。
宮瀬が冬夜に小声で言った。
「久坂くん、楽しそうだね」
「……楽しいのか、これ」
「楽しんでるよ。口元が緩んでる」
「緩んでいない」
「緩んでるよ」
宮瀬が笑った。冬夜は否定しなかった。
◇
オフ会の帰り道、夜の街。
蓮が先に帰り、冬夜と宮瀬が二人で駅に向かっていた。
「楽しかった。みんな、いい人だったね」
「ああ、ゲームの中とあまり変わらなかった」
「そうだね。レナさんは明るかったし、カインさんは静かだったし、リゼさんは酔っ払いだったし」
「リゼは反省するべきだろう」
「あはは、それはまあちょっと分からなくもないけど──ねえ、久坂くん」
「なんだ」
「さっき、わたしのこと『大学の友人』って紹介したでしょ」
「……ああ」
「わたし、友人なの?」
友人。その言葉が、正確かどうか。宮瀬との関係は「友人」なのか。もっと別の何かなのか。
「……友人だ」
「そっか」
「……今のところは」
宮瀬がふと立ち止まった。
「今のところ?」
「……今のところは、友人だ。──だが、いつか違う言葉が見つかるかもしれない」
宮瀬がしばらく冬夜を見つめていた。
「──待ってるね。久坂くんが、言葉を見つけるまで」
「……ああ」
「約束ね」
「約束だ」
二人で駅まで歩いた。
手は繋がなかった。だけど距離は、今までで一番近かった。




