師匠と弟子
常夏の孤島、二日目。
朝──ゲーム内の日の出とともに起きた。焚き火の炭がまだ温かい。セレスがトワの胸元で丸くなっている。ハルが少し離れた砂浜で寝ていた。寝相が悪いらしく、横に転がったまま砂まみれになっている。
トワはセレスを起こさないようにそっと立ち上がり、海岸線を歩いた。朝の島は空気が澄んでいて、水平線が金色に輝いている。
十分ほどで戻ると、セレスが起きていた。目をこすりながらきょろきょろしている。
「トワ!? トワいない! どこ!?」
「ここにいるぞ、少し歩いてきただけだ」
「おいてかないで! セレス、おきたらトワいなくて、こわかった!」
「それは……悪いな」
セレスがトワの肩に飛び乗って、首元にぎゅっと抱きついた。しばらく離れなかった。
ハルも起きた。砂浜で目を開け、自分の身体に砂がびっしりついているのを見て悲鳴を上げた。
「うわあぁ……砂だらけだ……わたし、寝相悪いんですよね……」
「フルダイブVRで寝相が悪いのは珍しいな。リアルの身体が動いているのか」
「たぶん……現実でも、ベッドから落ちるタイプなので……」
セレスがハルを見下ろして言った。
「ハル、すなまみれ。おふろ、はいったら?」
「お風呂!? この島に、お風呂あるんですか!?」
「ない。海で洗え」
「海!? しょっぱくないですか!?」
「まあ、塩辛いだろうな」
「むー、かいすい、しょっぱい」
ハルが渋々海に入っていった。膝まで浸かって砂を落としている。セレスは水が苦手なのでトワの肩から動かない。
「ハル、うみ、つめたい?」
「つめたいです! でも、ひんやりしていて気持ちいいかも……」
「セレスはいかない。つめたいの、きらい」
「セレスちゃんは、特別だもんね」
「とくべつ。セレス、とくべつ」
セレスが得意げに胸を張った。トワは黙ってリンゴの皮を剥いていた。
誰のとは言わないが、朝食の用意だった。
◇
朝食後、島の探索を始めた。
今日の目的は二つ。島の踏破率を上げることと、ハルに実戦での【見聞録】の使い方を教えること。
密林エリアに入った。孤島の内陸部は熱帯雨林で、モンスターの密度が高い。
【常夏のカメレオン Lv87 ── ステルス型モンスター】
ステルス型。見えない敵。
「ハル。【見聞録】の温度センサーを起動しろ。視覚を切って、温度だけで敵を探す」
「は、はいっ! やってみます!」
ハルが目を閉じた。温度センサー起動。
「えっと……焚き火は消したから、周囲の温度は均一で……あ、右の方に、ちょっと温かいのがある! ほら、木の上!」
「正解だ。カメレオンは木の上にいる。温度で見つけた」
「やった! 見つけました!」
「だが、見つけただけでは足りないぞ。次は、攻撃パターンを読め」
「攻撃パターン……温度で?」
「カメレオンが攻撃する直前、舌を振る。舌は体温より高い。温度マップ上で一瞬だけ赤い点が伸びる。それが攻撃の予兆だ」
「舌の温度で、攻撃の予兆を……! そんなの、思いつきません!」
「思いつかなくていい。見て覚えろ。──行くぞ」
トワがカメレオンに接近した。カメレオンが舌を振る──温度マップに赤い線が一瞬走った。
回避。三連斬。一撃で倒す。
「すごい……温度だけで、全部見えてるんですね」
「お前もできるようになる。七千時間歩けばな」
「七千時間!?」
「近道はない。それでも、俺がコツを教えることはできる」
ハルは力強くうなずいた。目が真剣そのものだ。
「はい。教えてください、師匠!」
「師匠じゃないぞ」
「いいえ、師匠です!」
「ししょう!」
セレスも便乗してきた。
「お前もか?」
「セレスは、トワの、いちばんでし」
「弟子でもないと思うが……」
「いちばんでし!」
ハルがふふっと微笑ましげに笑った。
「セレスちゃんが一番弟子で、わたしが二番弟子ですね」
「そう! セレスがいちばん! ハルがにばん!」
「あいにくと、弟子を取った覚えはないんだが……」
「もうおそいもん!」
「これから、手取り足取り教えていただきましょう♪」
セレスとハルがハイタッチしている。
トワは肩を落としていたが、「しょうがないな」と、まんざらでもなさそうだった。
◇
島の探索を進めながら、ハルにカメレオンとの戦い方を実践で教えた。
最初は全く当たらなかった。ハルの【見聞録】の熟練度はまだ低く、温度センサーの精度が粗い。しかし、三十分もすると、カメレオンの位置を察知できるようになってきた。
「右上! 温度が動いた!」
ハルが旅立ちの剣で斬りかかる。カメレオンのHPは低い。Lv1の旅人の三連斬でも──三回繰り返せば倒せる。
【ハルが常夏のカメレオンを討伐しました】
「倒した! わたし一人で倒しました!」
「よくやったな」
「えへへ……! トワさんに褒められちゃいました!」
セレスがトワの肩で頬を膨らませた。
「セレスも、ほめて」
「お前は何もしていないだろう」
「おうえんした」
「……よく応援したな」
「やった、セレスうれしい!」
ハルが小さく拳を握った。自分でモンスターを倒した経験が、ほとんどなかったのだろう。旅人の集いのメンバーは大半が非戦闘系の探索プレイヤーで、モンスターはトワやレナたちに任せていた。
しかし今、ハルは自分の力で倒した。
「トワさん。わたし、もっと強くなりたいです。トワさんみたいに、一人でも歩ける旅人に」
「一人で歩く必要はない。だが、自分の身を守れるくらいには強くなるべきだろうな」
「はい、頑張ります!」
ハルの目がきらきらしている。トワの背中を追いかける小さな旅人。
──こういう存在がいると、背筋が伸びる。手本を見せなければ、と自然に思える。
その時──【見聞録】が反応した。
大型反応。複数。
【常夏の猛蜥蜴 Lv93 ×5体 ── 群れで行動する上位モンスター】
五体同時。Lv93の群れ。──カメレオンとは格が違う。
ハルの顔色が真っ青になった。
「ご、五体……!? Lv93……!?」
地面が震えて、木々の間から、巨大な蜥蜴が五体、一斉に飛び出してきた。全長三メートル。鋭い牙。硬い鱗。一体でもLv85以上のパーティが推奨される相手だ。
「トワさん、逃げましょう! こんな相手、とてもわたしじゃ──」
「いや、逃げなくていい。――前だけ見ていろ」
トワが一歩前に出た。
セレスが肩から飛び上がり、ハルの頭の上に移動した。
「ハル。みてて。これが、トワ」
一体目が突進してくる。正面から。
トワは動かなかった。突進が届く直前──半歩だけ横にずれた。蜥蜴の巨体がすぐ横を通過する。すれ違いざまに、剣で首筋を一閃。
14,800。
一撃で致命傷。蜥蜴がバタリと倒れる。
0.17秒。弓に切り替え。二体目と三体目が左右から同時に来る。二射。二本の矢が同時に放たれ、二体の目を正確に射貫いた。
13,200。13,200。
二体が悲鳴を上げて視界を失う。
0.17秒。槍に切り替え。四体目に向かって突進モーション。蜥蜴の開いた口の中に、槍が突き刺さった。
18,600──クリティカル。急所への直撃。即死。
0.17秒。杖に切り替え。氷魔法。五体目の足元を凍らせて動きを止める。
0.17秒。剣に戻す。凍った五体目に三連斬。
14,800──14,800──14,800。
五体目を粉砕した。
残った二体目と三体目──目を潰されてよろめいているところに、弓に切り替えて二射。急所の喉を貫通。
十二秒。
Lv93の上位モンスター五体を──十二秒で全滅させた。
ハルはまだ、口を開けたまま固まっていた。
「……じゅう、に、びょう……?」
セレスがハルの頭の上で、どや顔をしていた。小さな胸を張って、角をえっへんと立てている。
「ね? これが、トワ」
「すごい……すごいすごいすごい! 全部違う武器で、全部急所に当てて──五体同時に!?」
「数は多かったが、パターンは単純だ。群れは統率が取れていないから、個別に対処すればいい」
「個別って言いますけど、十二秒で五体を個別に対処できる人はいませんよ!?」
「慣れの問題だ」
「慣れって言いますけど!」
セレスがハルの頭の上からトワに向かって叫んだ。
「トワ! ハルがびっくりしてかたまってる! ちゃんとフォローして!」
「何のフォローだ?」
「すごいってみとめてあげて。ハル、トワのこと、あこがれてるんだから」
冬夜はハルを見た。確かに──目が潤んでいる。感動で泣きそうになっている。
「……いつか、お前もできるようになる」
「ほんとですか……? わたしも、十二秒で……?」
「十二秒は無理かもしれないが。二十秒くらいなら」
「二十秒でも十分すごいです!」
「トワ、フォローへた」
セレスがぼそっと言った。
「これ以上何を言えと」
「もっとやさしく。『ハルならできるよ』とか」
「……ハルならできる」
棒読みだった。それでもハルの顔色は明るくなった。
「はい! 頑張ります、師匠!」
「師匠じゃないぞ」
「師匠です!」
「ししょー!」
なんだか合いの手が増えてやりづらくなった気がするが、トワは文句一つ言わずに歩き出した。




