密林の主
翌日。密林の最深部。
トワたちが首をもたげた先――
巨大な滝がある崖の上に、ボスがいた。
【翡翠の密林王・ジャガーノート Lv95 ── フィールドボス】
巨大な翡翠色の豹。全長十五メートル。身体の表面に翡翠の結晶が埋め込まれていて、動くたびに緑の光が反射している。
Lv95。HP──
【HP:520,000】
ここまでは想定通りだったが──問題はその先だった。
【見聞録】がジャガーノートの情報を解析する。攻撃パターン七種。弱点は翡翠の結晶の隙間。身体の表面の結晶が割れると、本体にダメージが通る。
そして──特殊能力。
【密林融合:ジャガーノートは密林と一体化しており、木々や地形を自在に操る。地形が変化する可能性あり】
この密林が、敵になるのだ。
「地形を操るってことは……」
レナが周囲を見回した。
「この木も、この蔦も、全部ジャガーノートの一部ってことか」
カインが顔をしかめた。
一同がどうしたものかと様子を窺っていた、その瞬間──大地が動き出した。
根が地面から飛び出し、七人を分断しようとする。蔦が上から降りてきて、絡みつこうとする。木の幹が軋みながら倒れてくる。
「トワ、あぶないっ!」
「全員避けろ!」
密林全体が攻撃してきている。ジャガーノート本体は滝の上で悠然と座ったまま──密林を操って、トワたちを排除しようとしている。
「散開するな! 全員、固まれ!」
トワの指示も虚しく、根と蔦が七人を分断していく。レナとカインが東に押され、リゼとマルクが西に追いやられ、ミコトは後方に下がらされた。ゼクスだけが影に潜って、根を回避している。
トワとセレスだけが中央に残された。
「セレス。この密林の構造を【月光の目】で読めるか」
「よんでる……トワ、この木、ぜんぶつながってる。ジャガーノートから、ねっこで」
「本体を叩けばいい、ということか?」
「ううん……根っこ、それぞれHPがある。低いけど、たぶん独立してる」
「厄介なギミックだな……」
トワはジャガーノートの攻略法について考えた。
おそらく本体を直接叩いても、密林の攻撃自体は止まらない。
だが、根にはそれぞれ独立したHPが存在するという。だったら、根を倒せば密林の脅威が弱まる。
トワ:「全員聞け。本体を直接狙うな、足元の根を攻撃しろ!」
カイン:「根っこを斬ればいいのか? 暗殺者向きだな」
レナ:「剣でも斬れる?」
トワ:「斬れる。HPは低いらしいが、数が多い。七人では足りないだろう」
これだけ密林全体に張り巡らされた根を、七人で全て断つのは不可能だ。
だから冬夜は、一つの可能性に賭けた。
トワ:「旅人の集い。全員、聞こえるか」
安全地帯にいる四十人の旅人から、即座に返信が来た。
ユキ:「聞こえます!」
トワ:「戦闘に参加してくれ」
ユキ:「え……私たち、Lv1ですよ? 戦闘力なんて……」
トワ:「必要なのは戦闘力じゃない。足元の根を斬ってくれ。旅立ちの剣でも倒せるほど根一本のHPは低い。Lv1でも倒せるはずだ」
ユキ:「根を……?」
トワ:「四十人が密林中に散らばって根を斬れば、ジャガーノートの力が弱まる。お前たちにしかできない仕事だ。──旅人は、歩いた場所の全てを知っている。この数日で密林を歩き回ったお前たちなら、地形を把握しているはずだ」
ユキ:「ええ──やります。いえ……やらせてください!」
四十人の旅人が安全地帯から飛び出した。全員Lv1。初期装備。旅立ちの剣を構えて、密林の中へと走り出していく。
蔦が襲いかかり、根が飛び出し、中には拘束されてままならない旅人もいた。それでも旅人たちは、数日間この密林を歩き回ってきた。地形を知っている。どこに根があり、どこに安全な足場があるか、覚えている。
「あそこの根、太いやつ! 三人で斬ろう!」
「こっちの蔦、避けて左から!」
「足元注意! 根が動いてるぞ!」
Lv1の旅人たちが、密林の根を斬り始めた。一本のHPは200程度──Lv1の旅立ちの剣でも、三連斬を二回繰り返せば断てる。
根が断たれるたびに、ジャガーノートの力が弱まっていく。
この光景に、すかさず配信モードで視聴者に状況を伝えるミコト。
『信じられません! 旅人の集いの皆さんが、密林中で根を斬っています! Lv1の旅人たちが──ボス戦に参加しています!!』
> うおおおおお
> Lv1の旅人四十人が密林の根を斬ってる!!
> 戦闘力ゼロでも、役割があるんだな!
> これぞ旅人。歩いた土地を知っているから動けるんだ
> トワが「お前たちにしかできない」って言ったの泣ける
> 鳥肌立った
密林の脅威だいぶ落ちてきた。七人への攻撃回数が目に見えて減っている。
トワ:「今だ。本体に行く」
セレスの【覚醒形態】に乗り、滝を駆け上がる。
この時、ジャガーノートが初めて動いた。
巨体が空中で回転し、翡翠の結晶を纏った尾が扇状に振られる。
【見聞録】が──読めない。
【警告:密林融合状態のジャガーノートの行動パターンは、地形操作と連動しています。根の切断状況によりパターンが変動──予測精度42%】
パターンが固定されていない。残った根の状態で行動が変わる、常に攻撃パターンが変化する敵だ。
──見聞録が読めないなら、別の方法で読む。
トワは目を閉じた。
視覚を断ち、温度と魔力感知に切り替える。ゼクス戦で培った技術だ。
密林の温度マップが浮かぶ。ジャガーノートの巨体は──高温ではない。むしろ冷たい。翡翠の結晶が体温を下げているんだ。
しかし、この密林の根は温度を持っていた。生きている根は『魔力』を通して温度が高い。断たれた根は冷たい。
根の温度分布を読めば──ジャガーノートがどの根を使って次の攻撃を繰り出すか、予測できる。
「セレス、残ってる根の位置を味方に伝えてくれ!」
「うん!」
セレスの【月光の目】で温度分布を共有。
温かい根が光って表示される。次にジャガーノートが使う根がどれかがわかる。
「北だ! 北から来るぞ!」
カインが声を大にして報せる。
「南も! 二方向同時だ!」
レナが盾を構える。
北からの根の攻撃をゼクスが短剣で断ち、南からの蔦をリゼの魔法が焼き払う。
道が開めた。トワがセレスに乗って突進──ジャガーノートの胸元の結晶に、槍の突進を叩き込む。
結晶が砕けた。本体が露出する。
ゼクスが跳躍。ジャガーノートの首筋に短剣を突き立てる。
「──お前の弱点は、個では弱いことだ。密林という『仲間』がいなければ、ただの雑魚に過ぎない」
レナの剣が前脚の結晶を砕く。カインが背中の結晶を割る。リゼの魔法が残った結晶を一掃する。
全ての結晶が砕けた。
――その時、ジャガーノートが声を上げた。
「──旅人よ」
「……!?」
全員がぴたりと動きを止めた。ボスが、喋ったんだ。
「この密林を、歩いた者よ。お前は──仲間を連れてきたのか」
トワはボイスチャットで答えた。
「ああ。これまでの旅の途中で出会った仲間たちだ」
「かつてこの密林を歩いた旅人は……一人だった。一人で来て、一人で去ったが……お前は違うのだな」
「いいや、俺も最初は一人だったよ。歩いていたら、隣に人がいた」
ジャガーノートが目を閉じた。
「よい旅人だな。いいだろう──受け取れ。この密林の【記憶】を」
ジャガーノートの身体が、翡翠の光に包まれていく。攻撃スキルじゃない……消えていっている。
レヴナントの「いい旅だった」と同じだ。BCOのボスは──旅人に何かを託して消えていく。
【フィールドボス「翡翠の密林王・ジャガーノート」討伐】
【初討伐ボーナス:称号「密林の旅人」を獲得しました】
【ドロップ:世界地図の欠片(5/7)を入手しました】
五つ目の欠片。残り──二つ。
◇
「トワ! かった!」
セレスが小さな姿に戻って、トワの顔にぺたっと張り付いた。
「でも、きょうは、あんまりあぶなくなかった!」
「手伝ってくれた、旅人たちのおかげだな」
「うん。みんな、がんばってた」
安全地帯に戻ると、四十人の旅人たちが待っていた。全員、泥だらけで、蔦に擦られた傷があちこちについている。でも、みんな満面の笑みだった。
「やりました! 根、全部斬りました!」
「私たち、ボス戦に参加したんだ……!」
「Lv1でも、役に立てたんだな……!」
ユキは目元を赤くしながら、
「トワさん。私たちにしかできない仕事だって言ってくれて……本当に、ありがとうございます」
「いいや、礼を言うのは俺の方だ。お前たちがいなければ、勝てなかっただろう」
「また……言ってくれますよね、そういうの……!」
「泣くなユキ。俺も泣きそうだ」
多くの旅人たちが鼻を啜って笑っている。
彼らと話していると、レナが駆け寄ってきた。
「トワさん! 旅人の集いのみんなに、料理を振る舞おうよ! 祝勝会!」
「いいアイデアだな。今回は、俺が作ろう」
「え、トワさんが料理するの!?」
「するのかよ」
カインまで驚いている。
「トワが料理を……!」
ミコトが目を煌めかせている。
冬夜はマーサから教わった【旅人の祝宴料理】の素材を取り出した。密林の果物、星草、砂漠の赤塩、清水。セレスが覚醒形態になって【星渡り】で砂漠まで赤塩を取りに行き、三十秒で戻ってきた。
焚き火を起こし、鍋を出し、料理を始めた。
四十七人が、トワの料理を見守っていた。Lv1の旅人がフィールドボスを倒した後に、手料理を振る舞う。なんとも不思議な光景だ。
セレスが鍋の縁にちょこんと座って、味見係をしている。
「もうちょっと、しお」
「入れすぎると塩辛くなるだろ」
「んーん、セレスのしたがただしい」
「お前の舌は甘いものに偏っていると思うが……」
「へんじゃない。あまいのがいちばん。でもこんかいは、しお」
レナが横から覗き込んだ。
「トワさんとセレスちゃんの料理バトル、もう定番芸だよね」
「いい夫婦みたいだな」
カインが呟いた。
セレスがぱっと振り向いた。
「ふうふ!? トワとセレス、ふうふ!?」
「違う」
トワが即答した。
「ふうふって、なに?」
「二人で暮らすことだ」
「じゃあ、ふうふ。セレスとトワ、いっしょにくらしてる」
「……」
「ちがうの?」
「……違わないが、ニュアンスが違う」
「にゅあんす、わかんない。でも、いっしょ」
レナとミコトが顔を見合わせて笑っていた。ゼクスだけが真顔で茶を飲んでいた。
料理が完成した。全員に配る。
密林の夜。焚き火と星空。数十人のプレイヤーが集まって、料理を食べて、笑っている。
セレスが料理の山に突撃した。
「たべる! ぜんぶたべる!」
「全部食べるな。みんなの分だ」
「ちょっとだけ!」
「お前の『ちょっとだけ』は──」
「信用できない、でしょ? でも、ちょっとだけ!」
トワがやれやれと首を振って、自分の皿をセレスに差し出した。
世界地図の欠片、5/7。
残り二つ。東方の海。地下深く。




