自分との戦い方
翌日。大学の食堂。
宮瀬と昼食を食べながら、冬夜はぼんやりと考え事をしていた。
「久坂くん。今日、三回目だよ」
「何が」
「お味噌汁に箸突っ込んでる」
見下ろすと、味噌汁に箸が突き刺さっていた。また考え事に集中しすぎた。
「すまない」
「ゲームのこと?」
「……ああ」
「大変なことあった?」
「自分のコピーと戦うことになった」
宮瀬が箸を止めた。
「……自分の、コピー?」
「俺の動きを全部真似する敵がいる。同じ技、同じ速度、同じ判断。しかも体力は俺の何百倍もある」
「それ、勝てるの?」
「正面からでは無理だろう。同じ動きをする相手に、同じ動きで挑んでも決着がつかない」
宮瀬がむーっと考え込んだ。
「ねえ、比較文化論で習ったんだけどさ。『鏡像問題』って知ってる?」
「鏡像?」
「鏡に映った自分は、自分と同じに見えるんだけど、左右が反転してる。つまり完全なコピーじゃない。必ずどこかが違うの」
「……なるほど」
「久坂くんの敵も、完全なコピーに見えて、どこかが違うんじゃない? だってその敵は、久坂くんの『これからやること』は知らないでしょ? 過去のデータしか、コピーできないなら」
──過去のデータ。
レヴナントがコピーしたのは、トワの「これまでの戦闘パターン」だ。全武器種の攻撃モーション、回避パターン、スキルの使い方。過去のトワの全て。
だが──「まだやったことのない戦い方」はコピーできない。
「宮瀬」
「なに?」
「お前、頭がいいな」
宮瀬の頬がぽっと桜色になった。
「えっ、急に何……」
「礼を言う。ヒントをもらった」
「ヒント? 今の話が?」
「ああ。──鏡像だ。鏡に映らないものが、勝機になる」
冬夜は定食を急いで食べ終えた。
「すまないが、今日は早く帰りたい」
「えっ、あ、うん。でも──ねえ、久坂くん」
「なんだ?」
「頑張ってね。その……応援してるから」
「ありがとう」
礼は、自然と言えた。もう考えなくても出る言葉になっていた。
◇
夜。ログイン。コロセウムの練習場。
レナ、カイン、リゼ、マルク、ミコトを呼んだ。さらにゼクスにも声をかけた。
全員が集まった。
「珍しいな、お前から招集とは」とゼクスが言った。
「天蓋の遺跡に、俺のコピーがいる」
そのトワの開口一番に、全員が押し黙った。
「コピーとは?」とバルトが聞いた。
「影踏みのレヴナント。Lv95のフィールドボス。俺の全戦闘データをコピーしている。ATK15,000、全スキル、全武器。CTゼロ。見聞録。旅路の極意。──俺と同じ動きをする」
「……お前と同じ?」カインが目を細めた。「つまり、お前と殴り合いをしても勝てないということか」
「ああ。だが、HPは480,000。俺の数百倍以上ある。正面からでは、絶対に勝てない」
「じゃあどうする?」レナが身を乗り出した。
「レヴナントがコピーしたのは、過去の俺だ。俺がこれまでやったことのある戦い方だけ。つまり──俺がこれまでやったことのない戦い方をすれば、レヴナントには対応できない」
「やったことのない戦い方って?」ミコトが首を傾げた。
「お前たちとの連携だ」
全員が顔を見合わせた。
「俺は二年間ソロで戦ってきた。レヴナントがコピーしたのは、ソロのトワだ。パーティ戦の連携──味方と息を合わせた立ち回りは、データに存在しない」
ゼクスがなるほどとうなずいた。
「お前が一人で仕掛けても鏡の戦いになる。しかし、仲間と連携すれば──コピーの想定外の角度から攻撃できる」
「ああ。だからお前たちの力を借りたい。──一緒に来てくれないか」
レナが即答した。
「当然!」
カインも「面白いな、参加する!」
リゼも「トワさんと一緒に戦えるなんて光栄です!」
マルクも「回復は任せてください」
ミコトも「行きます。──あと、配信もしていいですか?」
「好きにしろ」
ゼクスが腕を組んだ。
「俺も行く。お前のコピーと戦えるなら──実質、お前と戦えるということだからな」
「倒すのが目的で、お前と俺の対決がしたいわけではないんだが」
「わかっている。だが──楽しみだろう?」
冬夜は否定しなかった。
セレスが肩の上でぴょんと跳ねた。
「みんなでいく! たのしそう!」
「セレスちゃんも来るの?」レナが手を振った。
「セレスは、トワのとなり。いつも」
「可愛い……」
「あのさ、一個だけ聞いていい?」ミコトが手を挙げた。「そのレヴナント、セレスちゃんの能力もコピーしてるんですか?」
「していない。レヴナントの肩にはセレスはいない」
「じゃあ、セレスちゃんの能力は全部使えるんですね。月光の目も、星渡りも」
「ああ。それがこっちの最大のアドバンテージだ」
ゼクスが意味深笑みを浮かべた。
「ソロのトワは最強だが、仲間のいるトワには勝てない──そういう構図か。皮肉だな、BCO最強のソロプレイヤーが、パーティで自分のコピーを倒すとは」
「皮肉でもなんでもいい。勝てればいい」
「ああ、実にお前らしいな」
セレスがゼクスに向かって小さく手を振った。前回は顔面に体当たりした相手だが、今は味方だ。
「……その妖精、前に俺の顔面に突っ込んできたよな?」
「セレス、あのとき、トワをまもった」
「わかっている。恨んじゃいない」
「じゃあ、なかなおり。ゼクス、おやつ、くれる?」
「……なぜ、俺がお前におやつを?」
「なかなおりには、おやつ」
ゼクスが呆れた顔でアイテムストレージを開き、高級ポーションの瓶をセレスに渡した。セレスは嬉しそうにそれを抱えて、匂いを嗅いだ。
「おいしそう! ゼクス、いいひと!」
「いい人かどうかは置いておいてくれ」
レナとミコトが後ろで爆笑していた。
「PvPランキング一位がセレスちゃんにおやつ渡してるの面白すぎる」
「不敗の影が妖精に懐柔されてるな」
その二人の似つかない姿に、冬夜も口元を緩めた。




