天蓋の探索
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天蓋の遺跡の探索を本格的に始めた。
空の上の世界。浮遊する岩盤の連なり。光の橋で繋がれた古代の建造物群。雲海の上にあるのは、忘れられた文明の遺跡だ。
踏破率は、まだ12%。先行解放期間の九十日間で、できるだけ歩いておきたい。
セレスの【覚醒形態】で岩盤から岩盤へ飛び移る。空中のエリアはセレスの騎乗なしでは移動が困難だった。旅人の機動力が活きるフィールドだ。
探索を進めていくと、ソルシア王国の壁画がいたるところにあった。王国の歴史が断片的に語られているようだが……。
【壁画の翻訳:「第四の旅人は空を駆け、東の果てに至った。だが果ては閉ざされていた。七つの鍵がなければ、果ての門は開かない」】
七つの鍵=世界地図の欠片。間違いない、そう確定していいだろう。
【壁画の翻訳:「果ての門の先には、試練がある。試練を超えた者だけが、世界の真実を見る」】
試練、旅人の最終試練、霧底の森の門。
つまり──七つの欠片で「世界の果て」の門を開き、その先で最終試練をクリアする。これがBCOの最終到達点。
セレスが壁画をじっと見ていた。
「トワ。セレス、これ、しってる」
「知っているのか」
「うん。セレスがうまれたとき、さいしょにみたのが、このかべ」
「お前、ここで生まれたのか?」
「うん。セレスは、そら。そらでうまれて、ぎんげつのくさはらに、おちた」
──セレスの出自。天蓋の遺跡で生まれ、銀月の草原に降りてきた。
ソルシア王国の守護精霊が、トワに出会うために地上に降りた。
「このくに、ほろびちゃった。でも、セレスはのこった。だれかが、あるいてくるのを、まってた」
「……長い間、一人だったんだな」
「うん。でも、トワがきた。だから、もうさみしくない」
セレスが笑った。冬夜は何も言わず、セレスの頭を指先で撫でた。角がぴょこぴょこ揺れた。
◇
遺跡の奥を探索していると、新しいタイプの敵に遭遇した。
【天蓋の守護兵 Lv92 ── ソルシア王国の遺跡兵】
砂漠の砂霊とは違う。白い鎧を纏った半透明の騎士。剣と盾を構えている。
通常通り【見聞録】を起動し、攻撃パターンを読んで──
異変に気づいた。
攻撃パターンが──おかしい。
この守護兵の動きが、どこか見覚えがある。剣の振り方、回避のステップ、間合いの取り方。
──自分の動きに似ている。
「セレス。この敵の動き、俺に似ていないか」
「うん。にてる。トワみたい」
【見聞録】が追加情報を表示した。
【天蓋の守護兵・特殊型:このモンスターは、対戦したプレイヤーの戦闘データを一部学習します】
プレイヤーの戦闘データを学習するAI型のモンスター。
──トワが剣で攻撃すれば、剣の対処法を覚える。弓で撃てば、弓への対応を学ぶ。
だがLv92の守護兵程度なら、学習速度よりトワの攻撃速度の方が速い。覚える前に倒せる。
三連斬。五秒で撃破。
でも、気になった。
「プレイヤーの戦闘データを学習する」。今は一体の守護兵が弱い学習能力を持っているだけだが、もしこの学習データが蓄積されていったら? もし、トワの全ての戦闘パターンを完全にコピーした敵が現れたら?
考えすぎだろうか。
先に進んだ。
遺跡の最深部に巨大な広間があり──そこに、一体の敵が立っていた。
人型。トワと同じ体格。手に剣を持っている。
だが、プレイヤーではない。NPCでもないようだが……。
【見聞録】が情報を読み取った。
【影踏みのレヴナント Lv95 ── 学習型AI・フィールドボス】
【特殊能力:「影写し」──対戦したプレイヤーの全戦闘データをコピーし、完全に再現する】
──完全コピー。
さっきの守護兵は一部学習だった。だがこいつは──全て。
レヴナントがこちらを向いた。
その瞬間、レヴナントの姿が──変わった。
黒い影だった身体に、色がついていく。旅人の初期装備。腰に旅立ちの剣。左手に万象の腕輪。肩には──セレスも何もいない。しかし、それ以外は、
──トワと同じ姿。
「トワ。あれ──トワだ」
セレスは怖いのか、トワの肩で縮こまったまま、
「トワとおなじかたち。トワとおなじうごき。でも──トワじゃない。こわい」
レヴナントが剣を抜いた。【旅立ちの剣】と同じモーション。三連斬の構え。
【影踏みのレヴナント:トワのデータをロード中──完了】
【コピー済みスキル:初心の心得、万象の構え、道具通、見聞録、旅路の極意】
【コピー済み武器:全武器種】
【コピー済みATK:15,000】
ATK15,000。トワと同じ。全スキルがコピーされている。CTゼロ。武器切り替え0.17秒。見聞録。旅路の極意。
自分自身の完全コピーが、目の前に立っている。
ただし、HP──
【レヴナントHP:480,000】
トワのHP360に対して、レヴナントは480,000。火力は同じ。耐久は数百倍以上。
──これは。
勝てるのか?
自分と同じ速度で、同じ技で、同じ判断をする敵。しかもHPが圧倒的に多い。正面から殴り合えば、先に倒れるのはトワだ。
レヴナントが動いた。
三連斬──トワの三連斬と全く同じモーション、全く同じ速度で。
反射的に横に飛んだ。紙一重。自分の攻撃パターンを知り尽くしている──当然だ。自分自身のコピーなのだから。
【見聞録】がレヴナントの攻撃パターンを解析しようとする。だが──
【解析結果:対象の行動パターンは自身のパターンと完全一致。予測精度100%──だが、相手も同じ予測を行っている】
互いに互いを完全に読んでいる。つまり──読み合いが永遠に続く。
「……これは、今までと全く違う戦いになる」
「トワ。にげる?」
「逃げはしないが……いや、今日は下がろう。こいつを倒すには、相当の準備がいるな」
レヴナントとの距離を取り、広間を離れた。レヴナントは広間の外には出てこなかった。フィールドボスの行動範囲制限だ。
安全な場所まで戻って、トワは考え込んだ。
自分のコピー。自分の全てを知っている敵。自分と全く同じ技を使い、自分と全く同じ速度で動く影。
これまで戦ってきた敵は、自分と「違う」相手だった。ゼクスは暗殺者。アストレアは聖騎士。ヴァルハラは戦術家。異なる武器、異なるスキル、異なる戦い方。だからこそ、違いの中に勝機を見出せた。
でも、レヴナントは【自分自身】だ。まるで違いなんてない。
いや──一つだけ違いがある。
セレスだ。
レヴナントはトワの戦闘データをコピーしたが、セレスはいない。守護精霊の能力はコピーされていない。
そして──仲間。レヴナントはソロだ。トワには仲間がいる。
「セレス。帰るぞ。明日、対策を考える」
「うん。──トワ、あいつ、たおせる?」
「わからない。一人じゃ無理かもしれない」
「じゃあ、みんなで」
「……ああ。そういう選択肢も、いまの俺にはある」
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