休息日
セレスが目を覚ましたのは、決勝戦の二日後だった。
冬夜がログインすると、銀月の草原のいつもの丘で、セレスが大きな鹿の姿で丸くなっていた。目を閉じて、すうすうと寝息を立てている。
近づくと、ぴくっと耳が動いた。
大きな瞳がぱちくりと開く。
──次の瞬間、光に包まれて小さな妖精の姿に戻って、トワの顔面に突っ込んできた。
「トワァァァ!!!」
「ぐあっ!?」
「おきた! セレスおきた! トワ! トワ!!」
小さな両手でトワの頬をぺちぺち叩いている。角がぴょこぴょこ揺れて、尻尾がちぎれそうなほどぶんぶん振れている。
「痛い。顔を叩くな」
「だって! セレス、ずっとねてた! トワ、さみしかった?」
「さみしくはない。心配はしていたが……」
「しんぱい! トワが! セレスのこと!」
セレスの全身がぱあっと光った。どうやら、嬉しさMAXの光り方らしい。
「やった! トワ、しんぱいしてくれた!」
「光るな。目が痛いだろ」
「だって、うれしい!」
セレスがトワの肩に着地し、首元にぎゅうっと抱きついた。銀色の髪がトワの首にかかる。小さな身体が温かい。
「トワ。セレス、おなかへった」
「……二日間寝ていたからな」
「なんか、たべたい。おいしいの」
冬夜はアイテムストレージを開いた。【マーサの霧底スープ】と、リンゴのかけらの残り。
「リンゴとスープ、どっちがいい」
「りょうほう」
「片方にしろ」
「りょうほう!」
「片方」
「りょうほう……」
セレスが上目遣いでトワを見る。大きな瞳がうるうるしている。角が寂しそうにしおれている。
冬夜は三秒で負けた。
「……両方だ」
「やったー!!」
セレスが両手でリンゴのかけらを抱え、スープに浸して食べ始めた。リンゴのスープ浸し。美味しいのかは不明だが(少なくともトワはやろうとは思わなかった)、セレスは満面の笑みだった。
食べ終わると、セレスは満足そうにお腹をぽんぽんと叩いた。お腹が出ている。手のひらサイズの妖精のお腹が丸くなっている。
「おなかいっぱい」
「食べすぎだ」
「トワがりょうほうくれたから」
「お前が欲張ったからだ」
「セレスはわるくない」
反論の余地がなかった。
◇
セレスが回復したので、今夜は軽く草原を散歩することにした。天蓋の遺跡の探索は明日から本格的に始めるとして、今日はゆっくり過ごそう。
草原を歩いていると、レナからメッセージが来た。
レナ:「トワさん! セレスちゃん起きた!?」
トワ:「起きた。元気だし、食べすぎている」
レナ:「よかったぁ!! みんな心配してたんだよ! フォーラムにもセレスちゃんの回復祈願スレッドが立ってた」
トワ:「回復祈願?」
レナ:「うん。『セレスちゃん早く元気になって』って書き込みが三千件超えてたよ」
トワ:「……NPCの回復を祈るプレイヤーが三千人もいるのか」
レナ:「セレスちゃんはもうNPCじゃないよ。みんなのアイドルだよ」
セレスがメッセージ画面を覗き込んだ。
「セレス、アイドル? アイドルってなに?」
「みんなに好かれる存在のことだ」
「セレス、トワにだけすかれればいい」
「……そうか」
「でも、みんながセレスのこと、しんぱいしてくれたの?」
「三千人がな」
セレスがぽつりと答えた。
「……ありがとう、って、つたえて」
冬夜は少し驚いた。セレスが自分以外の人間に感謝の言葉を言うのは、初めてだった。
レナに伝えた。
トワ:「セレスが『ありがとう、って伝えて』と言っている」
レナ:「うわああああ!!!! スクショした!!!! フォーラムに貼っていい!?」
トワ:「好きにしろ」
五分後、フォーラムに新しいスレッドが立った。
【朗報】セレスちゃん回復。トワ経由で「ありがとう」のメッセージ【涙】
──「泣いた」
──「よかった……本当によかった……」
──「セレスちゃんが他人に感謝するの初めてじゃない?」
──「トワ経由ってのがまたいい。伝書鳩かよ」
──「それを言うなら伝書鹿じゃね」
──「世界最強の伝書鹿」
──「Lv1の伝書鹿」
──「BCO史上最も愛されるNPC」
──「NPCじゃなくてアイドルな」
◇
草原を歩いていると、「旅人の集い」のメンバーたちに出くわした。前回は二十人だったが、今回は五十人ほどいる。全員Lv1の旅人だ。
「あ! トワさん!!」
また群がられそうになったが、セレスが肩の上から立ち上がった。
「まって! トワ、いまやすんでる! じゃまし、ちゃ、だめ!」
セレスが小さな両手を広げて、トワを守るように前に立った。手のひらサイズの妖精が五十人の旅人を威嚇している。角をぴょこぴょこ威嚇モードで振っている。迫力は全くないが。
「か、かわいい……」
「セレスちゃんがトワさんを守ってる……」
「俺たちが敵扱いされてる!?」
「あ、でも一つだけ聞いていいですか! トワさん、次はどこを歩くんですか!?」
セレスがトワの顔を見上げた。
「トワ、セレスがこたえてもいい?」
「……一つだけな」
セレスがぱっと笑って、旅人たちに向き直った。
「トワはね、そら! そらのうえ! あたらしいとこ、いくの!」
「空の上!? 【天蓋の遺跡】か!!」
「やっぱトワさん、あの先行解放エリアに行くんだ!」
セレスが自慢げに胸を張っている。トワの行き先を教えてあげた、という満足感があるらしい。
「トワ、まだまだやりたいこと、ある! トワ、いっぱい歩く!」
「……おい。答えるのは、一つだけと言ったはずだろ」
「だいじょーぶ。はやく答えたから、もんだいなし」
「早い遅いの問題じゃないぞ」
「トワ、おこった?」
「怒っていない」
「じゃあ、いいでしょ?」
セレスにだだをこねられては、反論する気も起きなかった。
ちなみに旅人の集いのメンバーは、もちろん爆笑していた。
「トワさん、セレスちゃんに完全に手綱握られてますね」
「Lv1の旅人が手のひらサイズの妖精に負けてるの面白すぎる」
冬夜はセレスを肩に乗せたまま、無言で歩き出した。後ろから「また会いに来てください!」という声が聞こえた。セレスが振り返って小さく手を振った。トワは絶対に振り返らなかった。




